四話 自分の気持ち

 学校に到着したが、なんだが緊張してしまってうまく話すことができなかった。それでも彼と一緒にいるのが、心地よくて幸せな感情に浸っていた。


 お昼休みに先生に、呼ばれて職員室に行ってきた。彼のことを考えてながら、ウキウキ気分で教室に戻っていた。


 その時に一階の階段のところに彼の姿を見つけて、声をかけようとすると衝撃的な瞬間を見てしまった。


「たぐ」


 彼が九条さんに対して、近い距離で壁ドンをしていたから。あんなに楽しい気持ちで満ち溢れていたのに、僕は自分でも驚くくらいに気分が落ち込んでいた。


 九条さんが顔を赤らめているのを見て、僕は考えたくないような結論に至ってしまった。


 もしかしたら、九条さんは彼のことが好きなのかもしれない。考えてみたら思い当たる節はたくさんあったのだ。


 妙に親密で二人で、コソコソと話し込んでいたりする。それに嬉しそうに笑い合っていたり、距離が近いように感じることが多かった。


 少し前まではなんとも思ってなかったのに……もしかしたら、考えたくもなかった。目を背けたいが、田口くんは九条さんのことが好きなのかもしれない。


 それと同時に僕が、彼を好きだと言うことにも気がついてしまった。この感情はただの友達や、幼なじみの好きじゃない。


 付き合いたいとか、キスをしたいとかの好きだ。でもお似合いの二人を見て、僕には九条さんのように彼の隣にいるのはできないと思ってしまった。


 僕はそう思って一人で、落ち込みながら廊下を歩いていた。すると、前から歩いてきた人にぶつかってしまった


「ちっ……お前か……って、何泣いてんだ」


「新田くん……なんでも」


「俺には、なんでもないような表情には見えないんだが」


 そう言って、明らかにめんどくさそうにため息をついていた。僕は何も話したくないし、放っていて欲しいと思った。


 そのため僕は、それ以上は何も言わずに新田くんの横を通り過ぎようとした。しかし、新田くんは構わずに僕の腕を引っ張っていく。


 正直、僕は全てのことがどうでもよくなっていた。彼が引っ張っていくままに、何も抵抗もせずに屋上へと続く扉の前に連れて行かれた。


「何があったか知らないが……泣くな」


「僕にこれ以上、構わないで」


「なっ……俺が悪いのか」


「えっ……」


 僕が今出せる精一杯の声で呟くと、新田くんは本当に申し訳ないように呟いた。僕は驚いてしまって、つい見てしまった。


 すると見たこともないような真剣な表情で、僕のことを見つめていた。突然のことで僕は、どうすればいいのか分からずにいた。


「俺はその……俊幸とお前が話しているのを見て、ヤキモチを焼いていたんだ」


「えっ……それって」


「――――俺はお前が、す」


「それ以上は言うな」


 新田くんが、意を決したように何を言いかけた時。息を切らした田口くんが、言葉を遮った。


 彼はそう言って僕のことを、自分の腕の中に包み込むように抱きしめた。僕は何があったのか、認識できずに固まってしまった。


 それに何か知らないが、二人は睨み合っている。そういえば、この二人喧嘩しているって言っていたな。


 幸せなことと不幸なことが、入り混じっていて忘れていたけど。僕はどうすればいいのか分からずにいた。


 そんな時に、お昼休み終了のチャイムが鳴り響く。声をかけるべきか、どうしようかと考えていると意外な人物に沈黙が破られた。


「おーい、不良ども。チャイム鳴ってんぞ」


「ちっ……」


「おーい、教師に向かって舌打ちはやめろ」


 五十嵐先生が声をかけてくれたおかげで、少しはピリついた雰囲気が和らいで……。むしろ、悪化しているように感じた。


 しかし、何かを察してくれたらしい五十嵐先生が気だるそうに言ってきた。少し、違う意味で胃が痛くなりそうだったが。


「青春もいいが、授業には出ろ。田口はいいが、他二人はギリギリで進級できたんだからな」


「うぐっ……」


 僕と新田くんはなり痛いとこを突かれて、何も言えずに黙るしかなかった。その言葉を聞いた、ものすごく不機嫌な田口くんは僕を解放してくれた。


「放課後、話がある」


「分かった……」


「ちょっ、俺も」


「お前はダメ。俺が直々に、勉強教えてやるよ」


 新田くんは抵抗していたが、にこやかで怖い表情を浮かべた先生に連れて行かれた。無言のまま、教室に向かう彼の背中を見て仕方なく僕も教室に向かった。


 赤点ギリギリな僕は、黒板の字をノートに書いていく。しかし、例の如く全くと言っていいほど頭には入らなかった。


 放課後、少し機嫌の悪い田口くんに声をかけられて一緒に蹴ることになった。よく分からずに歩いていく彼の背中を見ながら思っていた。


 お昼の時から変わらずに怒っているのに、僕と歩幅をできるだけ一緒にして歩いてくれている。


 本当に優しくて、温かい人だな。それなのに僕は、怒らせてばかりで本当に自分が情けなくて悲しくなってしまう。


 僕がそう思っていると、突然に彼は振り向いて優しい笑みを浮かべて聞いてきた。いつの間にか、よく遊んでいた桜公園に着いていたようだった。


「ここ、覚えているか?」


「うん、よくここで遊んだよね」


 出会った頃は泣き虫だったとしくんは、いつの間にか僕よりも身長が大きくなりガタイも良くなりかっこいい田口俊幸になったのだ。


優しく人懐っこくて、頭も良くて、スポーツ万能でなんでも器用にこなす。彼と一生にいると、劣等感で押しつぶされそうになってしまう。


 それだけでなくて、僕は彼が好きになってしまった。こんなに魅力溢れる人を、好きにならなはずがない。


 今も彼が、何を考えているのか分からなくて怖い。それでも、さっきから胸がずっと高鳴っている。


「陸、俺はこれからもお前と一緒にいたい」


「ぼ、僕も」


 僕が全てを言い切る前に、遮られてしまった。そう、僕の唇に何やら温かいものだ触れたのだ。


 全てを理解するまでに、相当な時間を要したと思う。彼の綺麗な顔が間近にあって、まつ毛が長くて意外と肌白いなとか。


一瞬だったと思うが、永遠にも感じてしまった。そんなことを考えていたが、周りから聞こえる喧騒で一気に我に帰ってしまった。


「えっ、えっ! 何を!」


「幼稚園のときに言ってくれたよな。僕がいつまでも、としくんを引っ張って行くって」


「うん……」


「でも俺はあの時から、決めていた。陸じゃない。俺が引っ張るのは」


 そこまで言われて僕は、気がついたら全力で走っていた。その後の言葉を聞くのが怖かったからだ。


 後ろから、彼の叫ぶ声が聞こえたが止まることなく全速力でかけていった。彼を支えるのは僕じゃくて、きっと……九条さんの顔が脳裏によぎってしまった。


 幼稚園の時に確かに、そう言ったのは覚えている。あの頃は、僕の後を追いかけてくるとしくんが可愛くて守ってやらなくちゃって思ってた。


 でも、今は違う。僕なんかがいなくても、田口俊幸はちっとも問題ないのだ、現に、僕みたいなもやしっこに追いつかないはずがない。


 それなのに、追いかけても来てくれない。それが答えだ……彼はきっと、僕なんかを必要としてしない。


 その日は、悲しくて悲しくてずっと涙を家に帰ってから流していた。それでも、なくならない涙。


 ずっと僕の瞳から、流れ続けているのを感じていた。気がつくと朝になっていて、行きたくはなかったが学校へと向かう。


 今日は迎えに来なかった。当たり前だ、僕が拒否したんだから。今度こそ嫌われてしまったに違いない。


「はあ……」


 どうしよう。気まずくて、連絡もできなかったが怒っているだろうか。とか、考えていたが杞憂に終わってしまった。


 なぜなら、いつも通りだったから。唯一違ったのは、話しかけてくれたが一切目を合わせてくれなかったことだ。


 やっぱ、思っていた通り……彼に、僕は必要なかった。ただ、それだけなのだ。それだけのはずなのに、僕は涙を必死に抑えるのが限界になってしまった。

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