三話 距離

 一人考えていた……なんで九条さんと話している田口くんを見ると、胸が苦しくなってしまったんだろう。


 そんなことを考えていると、気がつくとお昼時間になってしまっていた。僕がため息をついていると、不意に田口くんに声をかけられた。


「陸、ご飯食べようぜ」


「あー、うん。あっ、お弁当持ってくるの。忘れた」


「大丈夫だ、おばさんから二人分もらってきたから」


 自分の鞄を見てみると、お弁当を持ってくるのを忘れたことに気がついた。そうしたら、すかさず田口くんは二人分のお弁当を持って教室を出ようとした。


「ここで、食べないの?」


「ゆっくり話したいしさ。違うとこ行こうぜ」


「う、うん」


 彼に促されるままに、屋上の扉の前が人目につきにくいとのこと。そこで、弁当を食べようと言われて着いて行った。


 二人で仲良く座って、お弁当を広げるといつもよりも凝ったお弁当だった。多分、としくん……田口くんが食べるから、凝ったのだろう。


 母さんは昔から田口くんのこと、好きだったからな。今思い返せば、我が子のように可愛がっていたっけ。


 あの時は楽しかったなあと、僕は昔を懐かしんでいた。すると、不意に名前を呼ばれて振り向くと口に卵焼きを放り込まれていた。


「美味いか」


「うん、美味しい」


「ほら、次はどれにする?」


「んーとね、って……自分で食べれるよ」


「そうか……残念」


 本当に残念そうにしている彼を見て、僕に食べさせてそんなに嬉しいものかねと疑問に思ってしまった。


「おばさんの卵焼きって、ほんとに絶品だよな」


「うん、僕は甘口が好きだからちょうどいいんだよね」


 そんな感じで平和に食事が進むが、僕は九条さんといつから仲がいいのかを聞きたくなった。


 あくまでも、ただの雑談風に……なんの気無し風に心臓をバクバクしながら九条さんのことを聞くことにした。


「その九条さんとは、いつから仲がいいの」


「――――去年、同じクラスだったから」


「そうなんだ。えっと、一緒に遊びに行ったりするの」


「まあ、人並みには。で、なんでそんなこと聞くんだ」


 そう言ってあからさまに不機嫌になる彼に、僕は何も言えなかった。そのまま、沈黙したままお弁当を食べる。


 なぜだが、あんなに美味しくて楽しかったはずなのに。途端に味がしなくなり、変な緊張感が漂っていた。


 僕らはそれから、一言も話さずに気がつくとお昼休み終了のチャイムが鳴った。僕は田口くんの分のお弁当箱を持とうとした。


 しかし、彼は無言でそれを拒み僕のお弁当箱を持って立ち上がった。そのまま、終始無音のまま、教室に戻ることになった。


 僕……何か怒らさせるようなこと言ったかな。はあ、僕ってダメだな……。こんなにも優しい人を怒らさせてしまうなんて。


 そう思ったがそれでも怒りつつ、僕のことを置いていかない彼を見て少し頬が緩んでしまいそうになる。


 それと同時にこんなに優しくて、かっこよくてなんでもできるのだから彼女の一人いるだろう。


 やっぱ、胸が苦しいや……自分のこの感情の意味を理解できなかった。


 そのまま、教室へと到着すると、またもや機嫌の悪い新田くんが遅れて学校へと来たところだった。そんな機嫌がとてつもなく悪い、新田くんと目が合ってしまう。


「ちっ……」


 あからさまに僕を見て、舌打ちする彼に怯えながら目を逸らす。いつも田口くんは、遅れてやってきた彼に憎まれ口叩く。そして楽しそうに談笑する、今日もそうだろうと思っていた。


 しかし、今日はどちらも目を合わすことなくお互いを無視しあっていた。何かあったのかを考えていた。そのため、僕は午前中に引き続き午後の授業も全く聞いてなかった。


 六時限目が終わって僕は、彼から逃げるようにそそくさと教室を後にした。このまま離れるのもありなのかもしれない。


 やっぱり僕なんかでは、彼と仲良くなることはできないのかもしれない。正直嫌だけど、このままだと迷惑がかかってしまうから。


 僕はそんなことを、考えながら歩いていた。その後を機嫌悪そうにした、新田くんが下駄箱まで追いかけてきて声をかけてきた。


「おい、俺……言ったよな。これ以上、俊幸に関わるなって」


「……うん、分かってる」


「な、んで。泣いて」


 僕は自分の涙を拭って、頑張って絞り出した声で返した。驚いている新田くんに構わずに、僕は靴を履き替えて重い足取りで家に向かって歩き出した。


 僕は家に着くなり、着替えもせずにベッドに寝転んだ。そこで声を押し殺しながら、泣きじゃくってしまった。


 すると突然、頭を撫でられた感触がした。多分……この手の感覚は、田口くんだと思う。きっと、心配になって来てくれたんだろう。


 だけど、僕は彼に何もできない。昔の自分だったら、すぐに謝って仲直りしていた。でも今は、拒絶されるのが怖くて何もできない。


 僕がそう自分を責めていると、優しい声色で田口くんがこう告げてきた。


「悪い、その怒ってしまったのは。陸に対してじゃなくて、自分の余裕のなさにイラっとしたからで」


「悪いのは僕だよ……僕はいつも、何もできないくせに。誰かに迷惑を」


「迷惑なんて思ってない。むしろ、もっと陸はわがままになって良いと思う」


 僕は少し悲しそうに呟く彼に驚いて、反射的に体を起こした。すると、優しく抱きしめてくれた。


 僕は久しぶりに、誰かの腕の中で思いっきり泣いてしまった。泣いたらスッキリして、彼の顔を見ることができるようになった。


 そしてなぜかベッドの上で、彼に後ろから抱きしめられていた。


「えっと、なんで抱きしめられているのかな」


「俺がしたいから、ダメか?」


「……ダメじゃないです」


 まるで子犬のような純粋な目でそう言われて、僕は何もできずに抱きしめられていた。それよりも、後ろから彼の息が耳にかかってくすぐったくて恥ずかしかった。


 僕がそう思っていると、彼は意を決したように話をしてくれた。


「昨日さ、怪我してた理由なんだけど」


 公園で田口くんが怪我をした状態で来たのは、新田くんと喧嘩したからであったことを聞かされる。


 理由は陸と仲良くするのはやめろと言われる。それが皮切りで喧嘩になって殴り合いになった。


 そして不意に公園にいきたくなって、行ったら僕がいて話をしてくれたようだ。それを聞いて、僕は単純な疑問が湧いてそのまま口に出していた。


「なんで、僕と仲良くしたいと思ったの」


「好きだから。それ以外にないだろ」


 その時の彼の表情が今まで見た何よりも、綺麗で美しいと思ってしまった。

一瞬告白でもされたのかと思ったが、勘違いをするな。彼にとってきっと、深い意味はない。


「僕も友達……として好きだよ」


 僕がそう言うと、彼は少し不服そうだった。でも笑っていて、その笑顔が嬉しいのと同時に少し胸が痛くなったのを感じた。


「今はそれでもいいよ。俺は陸とこうして放課後、ゆっくり過ごすのが楽しいからさ」


 顔が近づいてきて、鼓動が聞こえてくる。まつ毛が長くて、黒い瞳が綺麗で離れられずにいた。


 もう少しで唇がくっつきそうな距離。その瞬間、突然にドアがノックされて母親に言葉をかけられた。


「おやつよ」


 あまりの突然のことで、僕たちは恥ずかしさのあまり不自然に距離をとった。田口くんは、とても恥ずかしそうに帰って行った。


 それから僕は、彼のことを考えていた。もしあのまま、母さんが来なかったら……自分の唇を触りながら、触れていたらどうなったのだろうと。


 その思考をしているのが恥ずかしくなって、僕はベッドに寝転んだ。気がつくと眠っていたようで、朝日が昇っていた。


 学校に行こうと玄関から出ると、田口くんが僕のことを待っていた。お互いになんだが、気まずくて変な空気が流れてしまう。


 でも昨日とは違って、この空気はとても幸せな気持ちにさせてくれるものに感じた。彼の隣で、素直に笑えるように頑張って生きたい。

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