二話 もう一度

「変わってしまったのは、僕の方か……」


「そんなことねーよ」


 声のした方を見ると、そこには息を切らしてぼろぼろになっている田口くんがいた。僕は咄嗟に彼の元に駆け寄ってハンカチで怪我を拭こうとした。


「だい」


「避けるんなら、優しくすんなよな」


 そう言って何故だか、少し悲しそうにしている田口くんを見ていると変な感じがする。この表情……何処かで……。


「もしかして、としくん?」


「……そうだよ。陸君。やっと会えたのに、忘れてるから悲しかった」


 まさか、田口くんがとしくんだったなんて……思いもしなかった。としくん、としか呼んでなかったから本名なんて気にしていなかった。


 あーでも、俊幸だからとしくんと呼んでいたのかと妙に納得してしまった。改めて、としくんこと田口俊幸くんを見る。


 僕なんかよりも、背が高くカッコよくて誰に対しても優しい。自信があって、いつも誰かに囲まれていて眩しく光り輝いている。


 僕がそう思っていると、田口くんが突然しゃがんで泣き始めてしまった。いきなりのことで、僕はオロオロしてばかりで戸惑りながらしゃがんで彼の頭を優しく撫でてみた。


 昔もよくこうやって、撫でたっけ。相変わらず、癖っ毛みたいで懐かしく感じた。すると、田口くんが今度は笑いながら僕の手の上に重ねてきた。


「ガキの頃もよくこうやって、慰めてくれたよな」


「そうだったね」


 昔は僕がとしくんを、引っ張って遊んでいたっけ。引っ込み思案なとしくんは、いつも僕の後ろをついて来てたっけ。


 それなのに、何年も会わないうちに変わってしまった。としくんではなく、いつも凛としてかっこいい田口俊幸に。


 僕は何もできなくて、カッコ悪くて……そんな自分自身が嫌いで仕方ないから、彼の近くにいる資格なんてないのだ。


 僕はそう思って、離れようと立ち上がり踵を返すといきなり後ろから抱き締められた。僕は驚きと恥ずかしさのあまり硬直してしまった。


「へやあ!」


 驚きのあまりに変な言葉が出てしまったが、依然として何も言わずに抱きしめて少し笑っていた。


 彼の息が僕の耳にかかって、くすぐったくてどうすればいいのか分からなかった。ここで彼の腕を剥がすのは、きっとできなくはないと思う……多分。


 でも隠キャな僕には、そんなこと出来るはずもなく悶々と考えていると田口くんが今度は泣き始めた。


「えっ! 田口君!?」


「としくんって、呼んでほしい。昔みたいに」


「えっと……」

 

 田口君の優しさは分かったけど、一つ気になることがある。それは、小学生の時何も言わずに居なくなってしまったのか。


 過去のことが、僕が素直になれない理由の一つだけである。そう思っていると、田口くんはゆっくりと話してくれた。


「小学生の時に、両親が離婚して父親にひき取られて……陸に会いに行こうとしたらすぐに行かなければいけないと言われたんだ。

 仕方なく何も言えずに、いなくなることしかできなかったんだ。ごめんな」


「とし……田口君は悪くないよ……子供の僕たちには、何もできない」


「そんなことない。話そうと思えば、いくらでも話せたのに高校生になってこっちに戻ってきた時に陸に気がついたけど。話しかけることができなくて」


 田口くんは何も悪くない、僕が田口君に気がつかなかったからいけなかったのだろう。こんな僕でも彼は僕と仲良くしてくれて嬉しかった。


 どうするべきか……。僕なんかみたいな弱虫で何もできないようなダメ人間には、彼みたいな優しくて頭も良くて何でもできる人と仲良くできるわけがない。


 僕なんかと一緒にいると、彼の評判が落ちてしまう。それは、本当に嫌だから……怖いけど嫌われてもいいから拒否しないと。


 僕は震える手を必死に抑えて、彼に向き直り目を見ることはできなかったか気持ちを伝えた。


「離れた方がいいと思う。僕なんかといると、田口君が嫌な想いをすると思う。だから」


 僕がそう言うと田口君は静かに、僕から離れてしまった。これで良かったんだ、これで……胸がとても痛いけど離れてしまうのがそれが正解なんだ。


 そう思ったのだがその瞬間田口君に、肩をコツンと叩かれたから何事かと思ったら今度は悲しそうに笑っていた。


「そんな悲しいこと言うなよな。俺は、お前と一緒にいたい。これまでもこれからも、俺の一番は陸以外にはありえない」


「本当に? 僕なんかでいいの?」


 彼は僕が欲しくてたまらない言葉を、僕の目を見て本気で伝えてくれる。彼は本当に優しくて、このまま一緒にいたいと思ってしまう。


「今は無理かもしれない。でも、少し待ってて。時間はかかってしまうかもしれないけれど……」


「わかった、でも……辛いなら辛いって言えよ」


「うん。ありがと」


 これからは少しでも、前を向いていけるように頑張っていこうと思う。胸を張って、彼の隣に立てるように。


 次の日の朝。眠たい目を擦りながらリビングに行くと、そこには母さんと楽しそうに談笑している田口くんがいた。


「おはよう」


「おはよう、陸」


 僕は自分の所定の位置である椅子に座って、欠伸をしながら朝食を食べ始める。目の前には、優しく微笑む田口くんが……。


 って! 僕は驚きのあまり、勢いよく立ち上がって大きな声を出してしまった。


「な! なんで!」


「今更かよ! 朝から元気だな。早くしないと、学校遅れるぞ」


「あ、うん……って、そうじゃなくて!」


 驚いている僕を横目に母さんも、田口くんも全く気にせずにお茶を啜っていた。とりあえず、今はさっさとご飯を食べようと思い急いで食べたらむせた。


「ゴホッ」


「ほら何やってんの、布巾っと」


「陸、落ち着いて食べて」


 やはり驚いている僕に気が付かずに、平然としている二人に疑問を抱いてしまった。それでも、今は急ぐことが先決だと思い急いで食べ終えた。


 そして平然といつものように、田口くんと僕は学校へと向かった。その最中、彼の楽しそうな表情がなんだが嬉しくてツッコむことができなかった。


「おばさん、変わってなかったな」


「そう? というか、来るなら来るって言ってよ」


「あ、ごめん。迷惑だったか」


「そんなことないよ。母さんも、田口くんに会えて嬉しそうだったし」


 僕は彼の目を真っ直ぐに見て、微笑みながらそう言った。すると彼は、顔を真っ赤にして何やら呟いていた。


「ほんと、天然って……無自覚すぎる」


「なんの話?」


「いや、なんでもねーよ」


 そう言って、ますます顔を茹でたこのようにしている彼を見て思い出した。そういえば、昔もよく顔を赤くしていたっけ。


 原因ってなんだったのかなと、彼の顔をしばらく見つめてるとさらに赤くなっていた。昔も今も顔を赤らめるのは変わらないな。


 僕がそう思っていると、咳払いをして少し恥ずかしそうに告げてきた。


「えっと、明日からも一緒に学校行こうぜ」


「うん、いいよ」


「本当にいいのか!」


「行かないの?」


「行きます! 是非、行かせてください!」


 本当に嬉しそうにしている彼を見て、まるで昔に戻ったみたいで嬉しかった。でも僕は失念していた。例え、幼なじみでも今の僕たちは違うのだ。


 田口くんと談笑しながら学校に行くと、案の定クラスや学校の人からヒソヒソ話をされていた。


 やっぱり僕が彼と話していると、変に思われてしまうのかな。そう思いつつ、自分の席に座った。


 そうしたら彼は前の席に座って、僕に楽しそうに話かけてきていた。その最中も、クラスの連中からは好奇な目で見られていた。


 彼の話に適当に相槌をうちつつ、僕じゃ彼に釣り合わないのかもしれない。僕が一人で落ち込んでいると、不意に彼におでこを同士をくっつけられた。


「う〜ん。熱はないな。元気ないのか」


「……」


「おーい! 陸、聞こえてるか」


 いきなりすぎて僕は自分の置かれている状況に、理解できずに頭がフリーズしてしまった。


 僕の目の前で手を振っている彼を見て、我に返り僕は慌てて机に突っ伏した。彼は驚いたような声を出したが、心配してくれているようで頭を撫でてくれた。


 その手が当たり前だけど、昔と違って大きくて暖かくてほんの少しドキドキとした。


「やっぱ、具合悪いなら保健室行こうか」


「だ、大丈夫……」


 僕は今出せる精一杯の声量で、彼に告げたが彼は笑っていた。そうしたら、不意に声をかけられていた。


「あら、イチャつくのは後にしてくれるかしら」


「あー、なんだ。美雪か」


「あら、なんだとは何よ。ご挨拶ね」


 今話しているのは、同じクラスの九条美雪さん。長い黒髪に、整った顔立ちで校内でも人気があるらしい。


 学力もいつもトップクラスで、写真部に所属している。いつも無表情だから、少し怖く感じていた。


 そういえば気にも止めてなかったけど、この二人って仲良いよな。二人が仲良さそうに、談笑しているのを見てなぜだが少し悲しくなってしまった。


 僕がそう思っていると、僕の方を見て何かを言おうとしていた。しかし、僕の前の席の人が来たから自分の席に向かった。


 どうしたんだろうと思っていると、担任の先生の五十嵐秋也先生がいつものように気だるそうに教室に入ってきた。


 背が高くスラッとしているが、だらしなくしているためイケメンみたく見えない瞬間が多い。


「おはようさん。いないやつはいないか、いたら教えてくれ」


 先生がそう言うと、いつものようにツッコミがされていた。居なかったら返事ができないでしょ! とか、それぐらいめんどくさがらずにしてよ! とか。


 先生は優しくて生徒思いなとこはあるが、ご覧の通り欠伸をしながらなため締まりがない。


 いつものことながらめんどくさそうに、出席をとっていた。僕は大久保のため早く出席をとられた。

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