第二十六話 終幕と『英霊』と


「師匠、これに勝てる気でいたとか、、、頭、、、可笑し、、、ぃ」

「戦闘終了。周囲に敵対生命反応無し。『継承』統合意識より当代の依り代へと主導権を移します」


 南軍総指揮官であったモノが地面に転がる。彼女が死んだことによって、この地に生きる命はヘーネのみとなった。


「っ!また意識が!、、、いえ、それよりも今はエルカですわ。多少しか力になれなくとも加勢に行きませんと!」


 ヘーネは走る。エルカの元へと。










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「見当違いだ。ポポリアスも耄碌したのかな?まだ若かったってのに」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、、、!」


 可笑しいな?と頭を捻る魔王に対し、エルカは膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。


 回復速度上昇アップテンポによってじわじわと全身を回復させるエルカを見下ろし、魔王が声をかける。


「そろそろ治った?次の攻撃行くけど良い?」

「っ!」


 魔王が眩しい笑顔を浮かべた直後に握られていた金棒が投げられ、避けようとしていたエルカを掠めて地面に突き刺さる。


 投げる。呼び戻す。投げる。呼び戻す。魔王の行っていた攻撃は非常にシンプルなものだった。単純な動作を繰り返すだけ。たったそれだけに、エルカは翻弄されていた。

 エルカが今まで会ってきたどんな人物よりも圧倒的な膂力。それによって投げられる金棒は、加速アップテンポ50フィフティを使っているエルカよりも早かった。


「『召喚コール』そのくらい避けなよ。君ならオレを倒せると思っていたポポリアスに申し訳ないと思わないの?」


 ブンブンと金棒を振り回し、魔王は思案する。どうすればエルカにもっと本気を出させられるかを。


 エルカに攻撃されるとは考えていない。傷が深いのも理由の一つだが、何より先程わざと攻撃を受けた際にあまり痛いと感じなかった。

 さらに、痛みといってもかすり傷程度のもの。攻撃を受けた魔王の表情を見ていたエルカにも、そのことはありありと伝わっていたであろう。

 万全の状態でその程度しかダメージを与えられなかったのに、負傷中に攻撃を仕掛けるか?という考えに至った。

 それにもし攻撃されたとしても、接近されている以上金棒でいかようにでも仕留められるという自信もある。


「あっそうだ。思い出した。ポポリアスに教えられた魔法の言葉」


 ニヤリと、魔王はエルカに嫌らしい笑みを向ける。


「エルカちゃんが理想とした勇者は、魔王にぼこぼこにされて膝をつく、そんな間抜けな存在なんだ?」

「っ!!!!!」


 エルカの信条である『自分の理想の勇者になる』ということを貶す。そうすればエルカは否が応でも全身全霊を出す。ポポリアスの言葉だ。


加速アップテンポ100ハンドレット!!!!!」


 体への負担が凄まじい50。それを越えた100。この常時使用を、エルカは同時に回復速度上昇アップテンポを使うことによって解決してみせた。疲労は凄まじいものだが。


 エルカが魔王の視界から消える。否、消えたかと錯覚する速度で死角に回ったのだ。


「背後」


 しかし、奇襲は失敗に終わる。一瞬にして魔王の背後に回ったエルカの斬撃は、魔王の金棒によって防がれた。


「てっきり心臓に刺突を仕掛けてくると思ってたんだけど、足の腱か。その速度仕留められるか怪しいとでも思ったのかい?それとも、ひよった?」

「がっ!!」


 魔王が金棒を振り払い、エルカが地面に叩きつけられる。

 全身に衝撃が走りつつも、エルカは即座に飛び起き、そのまま走り出す。その背後を追撃の金棒が掠める。

 例えどれだけ痛かろうと、エルカは止まる訳にはいかない。止まった瞬間、金棒に押し潰されて死ぬのだから。


「『断罪の時』」


 エルカが詠唱を始める。場合によっては聖属性最強とも言われる魔法だ。


「『いつから変わったのだろう。いつから染まっていったのだろう。隙を狙っては染みこんで』」

「力押しで駄目なら魔法か。良い判断だと思う。ただ、その魔法はね?」


 詠唱を続けるエルカに対し、魔王はどこか気まずげな表情を浮かべる。更には、心なしか飛んでくる金棒の速度も落ちているように感じられた。


「『黒く、黒く、黒く。淡々と煤のように積もり続け、純白を汚す。甘い、心地好い罪の味。一片残さず教え込み、罪悪の心は、いつしか何処やも知れぬところへと。

 染まって行ったは貴様の心。積もって行ったは罪の数』」


 詠唱最後の一節を残し、エルカは方向を曲げ、魔王のもとへと加速する。


「『なあ、汝はいかなる罪を重ねりや?』『断裁の天秤』!!!!!!」

「残念」


 エルカの渾身の一撃を魔王は自身の首で受け止め、反撃で大きく振り上げていた金棒をエルカへとぶち当てた。


「~~~っっっ!!!!」


 声にならない叫びを上げ、エルカは数十メートルは先へと弾き飛ばされる。

 金棒のめり込み具合からして、骨は砕け、筋肉は引き裂け、内臓は大半が破裂している。普通の人間であれば、地面に激突さる前に死んでいることだろう。


 そんなエルカに対して、魔王はどことなく哀れみを帯びた視線を向ける。


「勇者ちゃん、オレは魔王だよ?たった少し人間よりも魔力と身体能力が高いというだけで虐げられる魔族のために、勇猛果敢にも立ち上がった魔王。そんなオレが、人間を殺すことに罪悪感を覚えるとでも?」

「嘘を、、、つかないで」


 口から血反吐を吐きながらも、エルカは即答した。


「あなた、、、鬼人族だよね。魔族でもない、、、、そもそも、人類と、、、魔族の因縁に、、、なにも、関係の、、、ない!」

「知ってたんだ。それじゃ、なんでまたあんな魔法断罪の天秤を使ったんだろう?」


 自身の種族を当てられ、非常に愉快げにエルカを見下ろす魔王を、何とか回復魔法によって動ける程度に回復したエルカは強く睨め付ける。


「あなたが罪悪感なんて感じない存在だなんて思いたくなかったから」


 鬼人族。

 エルカたちの住まう遥か東に住まう種族。

 種族的特徴として怪力を持ち、他者を殺すことに忌避感がない。その圧倒的な膂力を活かして男女問わず傭兵として戦場にて活動する者が多く居ることから、戦闘狂として知られている。


「それで、君の願いとは反して僕は残酷で非道な無慈悲な奴だった訳だけれど、、、どうするつもりだい?知ってどうにかなる問題じゃないだろ?」

「私の放てる全力で、今ここであなたを殺す」

「へぇ」

「正直、断罪の天秤が効いていたらどうしようもなかったよ。避けられるだろうし、2発目は絶対に放たせてくれない。だがら、あなたがあなたで良かった。だって、、、避けないよね?」


 魔王の背筋にゾクゾクと鳥肌がたつ。エルカはある意味信頼しているのだ。彼女が聞く鬼人族の特性を。その上で言っている勇者の全力から逃げるような臆病者なのか?と。

 魔王は断れない。勇者を仇なす存在として、強者を望む挑む存在として。


(なぁんてオレの思考をポポリアスは読んでいた訳だ)


 そして、死ぬ前に助言して逝った参謀を思い出して。


「ああ、もちろんさ。オレという存在を以て、エルカ・ノール・リレートという存在のを全霊を賭して迎え撃つと誓おうじゃないか」


 エルカが姿勢を整え、深呼吸をする。


「『回復速度上昇アップテンポ100ハンドレット』。そして、、、」

二重詠唱ダブルスペル・略式。『我は逃れん。束縛の鎖秘奥より呼び寄せるは我は砕かん。隷属の楔大いなる覇棍。其が力』」

加速アップテンポ1000サウザン!!!!!」

「『我は示さん。克上の証にて此が敵を討てり。』」


(ごめんね、ヘーネ。ごめんね、エノラ。ごめんね、お父様、お母様)


 エルカが身を以て感じた加速アップテンポの上限。負荷が極端に上昇する境目。それを、高出力の天啓アップテンポの並列によって実現する。

 刻々と莫大な疲労が体に溜まり続けるのを意志で押さえつけ、魔王の首筋へと剣の先端を向けて突進する。


「はぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 あまりにも高速で放たれたエルカの突きは、


「『隷属召喚・───


 あらゆるものを置き去りにして爆散した。


「エルカァァァァァァ!!!!!!!」


 やっと追い付いたヘーネも、詠唱途中で途絶えた魔王の魔法も、何もかも。


 残ったものは、泣き崩れるヘーネと前面を失った魔王の死体。そして、飛散したエルカだったものだけだった。































 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(なんだろう?この感覚。水の中?眠たい。動きにくい、、、)


 暖かい水に包まれているような不思議な感覚に苛まれつつ、エルカの意識はぼんやりしたものから徐々にはっきりとしていく。

 何が起きているのかも定かではないままそうして揺蕩っていると、突如として引き寄せられるような感覚と共に、急激に意識が覚醒する。


「んんっ、、、ここ、は?」


 まだ正確には頭が働かないものの、視界が開ける。空を見上げて寝転がる姿勢を取っていたことからエルカがまるで深い眠りから覚めた時みたいだなと考えていた時、薄れていた記憶が甦り、とっさに立ち上がる。


(そうだ。私はさっきまで魔王と!、、、視界に広がるのは夕暮れの空?なんで?私が負けたとしてあの速度。負傷じゃすまないはずだよね?なのに体は、、、痛くない?回復速度上昇アップテンポの影響?でも私は無意識に天啓を使用し続けられたことは今までないし)


 先程までと現状の差違によって混乱するエルカは、ふと自分を見つめる三人の人物に気がつく。


「ずいぶんと混乱している。咄嗟に周囲を警戒できたのは評価しても良い。ただしそれにしては私たちの姿勢に気がつくのが遅い。

 ねぇルイル。ほんとにこいつは役にたつの?」

「私の時もそうだったが、リアは他人を貶す傾向にある。何度も注意するが、冒険を共にする仲間なんだ。そう嫌味を口にするんじゃない」

「初代勇者とかいう骨董品の行き遅れの癖して(ボソッ」

「何 か 言 っ た か ?」


 エルカはまたも混乱する。目の前で言い争う二人の女性。その片方に、エルカはとてつもなく見覚えがあったからだ。教会に伝わる肖像画。何度も何度も見返して惚れ惚れとしてきた顔が、そこにあったから。

 もう片方の少女の発言も混乱を助長させた。え?まさか?本当に?エルカの脳内はその三語で埋め尽くされている。


「そこまでだ二人とも。何度も言っているが、この旅は消化試合。僕は楽しく旅をしたいんだ」


 耳にするりと入り込む優しい声。透き通るような声色にエルカが三人の最後の一人の方を向くと、そこには天上の存在を思わせる美貌があった。深淵を見通すかのような深い瞳。優しく微笑んだ柔らかな表情。細く長い耳を持つ男性。エルフだ。エルカは直感的に思う。

 あまりの美しさにぼんやりと眺めていると、いつの間にかエルカは片腕のないそのエルフに手を握られていた。


「はじめまして。僕は十五番目の勇者、ルイル・ヘーペイム。エルカ・ノール・リレート、どうか僕の聖女になってくれないかい?」








    エルカは惚れた。






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