第二十話 圧倒


 魔族が占領していた砦で四天王を討ったあと、私は兵士の証言をもとに逃げた魔族を追って走った。魔族を一人残さず殺すために。


 しばらく進むと、倒れ伏した魔族の男と、その近くに子供を抱えてたたずむ修道服の少女がいた。

 どこかでみたことがある少女だった。見慣れない修道服。左頬にある火傷痕。

 でも、そんなことは今はどうでもいい。私にとって重要なことは、少女が抱える子供に、ことだ。


 角。獣との混血である穢らわしい獣人族に生えるそれとは違う、黒く艶のある角。それは間違いなく魔族の証だった。


「ごめんね、そこの修道女さん。突然で悪いんだけど、その腕に抱えてる魔族、降ろしてくれないかな?殺せないでしょ?」

「エルカ・ノール・リレート。貴女はそのような方でしたか?貴女の求めていた勇者とは、魔族を見つけたら必ず殲滅する。そのような存在でしたか?」


 、、、?

 頭にかすかに靄がかかる。修道服の少女。彼女が何を伝えたいのかがわからない。でも、それよりも、さっさと魔族を殺さないと。


「降ろしては、くれないみたいだね。じゃあ仕方ない。動かないでね?危ないから。加速アップテンポ10テン


 私は剣を引き抜き魔族の首を切り落と、、、せなかった。真っ白い、光るなにかによって弾かれたから。

 私は驚いた。加速した私に反応されると思わなかったから。

 そして、もう一つ驚いたことがある。先ほどまで、修道服の少女は、なにも持っていなかった。でも、弾かれている。無詠唱魔法にせよ他のなにかにせよ、少女はことになる。


「弱いですね。信念もなにも感じられない。まるで操り人形の様。もとは剣でも使って確かめようと思っていたのですが、、、これならば糸で十分ですね」


 糸?糸で私の攻撃は弾かれたの?見れば、確かに少女の魔族を抱えていない方の右手には、幾筋かの糸が光っている。

 糸で弾かれた。その事実も、その前の発言も、私には到底看過できるものじゃなかった。


「『神よ。従順なるしもべたる我に、降り続く救いを与えたまえ』『自動回復オートヒール』」


 20じゃダメ。この少女はその程度なら追い付いてくると思う。

 残党退治で体を痛めるのは不満だけど、魔族を殺すためだもの。仕方ないよね。


加速アップテンポ30サーティ


 加速して、近づく。少女の目線は私を追いきれてない。このまま魔族の首を掻っ切って終わらせてしまおう。


 そんな私の考えは、少女の糸によっていとも容易く防がれてしまった。


「!? なんで!」


 あり得ない。少女は私の動きを追いきれていなかった。それでいて斬撃を防げるはずがない。


「貴女が自分の剣を忘れているからですよ。自分を見失った者が、どうして本領を発揮できましょうか」


 少女が腕を振るい、糸が私に迫ってくる。防げはするものの、重い。糸を防ぐ度に腕がじんじんと痛む。


 気がつけば、私は少女からかなりの距離が離されていた。私が攻めていたはずなのに。彼女は片手が塞がっているはずなのに。


「『加速アップテンポ50フィフティ』!!!!」


 私の出せる最高速度。これ以上は体が壊れる程の高速。30で駄目だと言うのなら使うしかない。


「はぁぁぁぁ!!!!!」


 一気に駆け出す。迫る糸は剣で切り裂く。さっきまでとは違う。50ならできる!



 少女の目前。あと一歩で魔族の首筋に剣が届くといった距離で、私の体は止まった。


「!?」

「注意散漫です」


 周辺のいくつかの木々を迂回するようにして、少女から伸びる糸の束が私を拘束していた。動こうにも糸が切れない。

 やられた。


 でも、私には聖魔法がある。


「『我らが主よーーーー

「言い忘れましたが、私の衣服と糸はセイントホエールの髭で作られています」


 自分に絡まる糸に視線を移す。、、、良く見れば、確かに聖属性の気配がする。同じ属性相手だと、魔法の威力は激減する。いくら私の魔法でも、略式詠唱で撃った魔法じゃ確実に防がれてしまう。


「目隠ししますね?少々記憶を見させて貰います。闇属性の魔法は苦手なのですが、、、仕方ありません」


 なおも拘束をとこうと暴れる私にの目を、そっと糸の束が覆った。


「『魔法によって其の者を覗く』『追憶の瞳』」


 修道女の唱えた記憶を調べる魔法。でたらめで、本来の十分の一にも満たない詠唱で使われた筈のその魔法は、あろうことか私の魔法耐性をあっさりと貫通した。


「ほうほうほう。これは、、、またあそこですか。いったい何がしたいのやら。

 エルカ・ノール・リレート。洗脳されているようなので少し強引に解除させて貰いますね。聖属性の魔法は苦手なのですが、、、私、苦手な魔法しかありませんね」
















「ふがぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!」

「勇者様!今ほどきますので今しばらくのお待ちを!!」

「ふがぁぁぁぁーーーーー!!!!!」


 修道服の少女が去った後、私は拘束をとこうと必死にもがいていた。騎士の人がほどこうとしてくれているときももがいていたら、邪魔ですって怒られるくらいもがいていた。


 洗脳されていた。修道服の少女のお陰で洗脳がとけてその事実に気がつけた。それはいい。そんなことはどうでもいい。

 何が魔族を見つけたら即座に殺すだ。それが私の理想の勇者の姿?違う。全然違う。そんなのは勇者じゃないただの虐殺者だ。

 勇者というのは人々の希望で、手本で、人類を守る至高の存在。それが勇者だし、そうでなくては勇者じゃない。それなのに、それなのに私はぁぁぁぁ、、、!!!


 すっごい恥ずかしい。こんなんじゃリリアにもヘーネにも顔向け出来ないッ!!!















 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ピタリと、少女、マハータ・ハーレーの紅茶を飲む手が止まった。


「ハーレー卿。どうかなさいましたか?」

「いえ。いえいえ、いえ。フランネール卿が、気になさることでは、ございませんよ」

「そうとは伺えませんが」


 とある教会の中庭にて、三人の女性が一つのテーブルを囲んでいた。テーブルの上に置かれたスコーンや紅茶、ジャムなどを見るに、茶会を開いていたのだろう。


「ぷーくすくすくす。しっぶい顔しちゃってぇ。誤魔化さずに言っちゃいなよ~"洗脳解かれちゃいました~"ってさ」

「もう、でございますか?まだ"訪問"から二月ふたつきと経っておりませんでしょうに」


 三人の内一人、アリスティア・フランネールはその糸のような細目を薄く見開いた。彼女からして、今回の勇者は外れ。精神的にも弱く、実力が能力に伴っていないと感じていたからだ。


「ま、腐っても私のだし?むしろ順当経路?的な?」


 それに対し、どきつい蛍光ピンクの髪を持つ少女、アーサー・ヴエル・リレートはケラケラと愉しげに笑う。


「、、、私の、洗脳の、本領は、短期。一月ひとつき程度しか、持たなかったのも、致し方のない、ことなのでしょう」


「にしてはめっちゃ悔しそう~」


 中庭に、アーサーの笑い声がこだました。


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