第三章 魔女と参謀

第十九話 林立するフラグ


「ゼルブ、あいつが死んでから早1ヶ月か」


 魔王軍の陣営内、椅子に座った妙齢の女性が、ほう、とため息をつく。


「シュペレッタ様」

「勇者の到来。先々代の魔王討伐。夫との出会い。先代魔王の討伐。四天王就任。娘の誕生。新たなる勇者の到来。私の人生、思えばいろいろなことがあったね」


 女性、四天王シュペレッタ・パルサーネは、ボソリと呟く。黒髪から覗く、薄い青色の瞳には、懐古の念が映っていた。


「シュペレッタ様!」

「夫と出会えた時、嬉しかったなぁ。あれは運命だった。娘、ナティが産まれた時はもっと。私長命種だからさ、滅多に産まれないもん。それでさ、今も元気に育ってる。辺鄙な村の生まれの私。それが、こんなにも恵まれた。だからさ、私、今がとっても幸せなんだよね」


 ぼんやりと、シュペレッタは回想を続ける。


「シュ、ペ、レッ、タ、様!!!」

「でもねーゼルブ、ゼルブがなぁ。あいつが死ぬとは思わなかった。単体戦力なら四天王最強だったんだよ?あいつ。マジかぁって、おもったよね」


 側近である、レドフィレの声を無視し、回想を続けるシュペレッタに、レドフィレはついにキレた。


「いい加減にしてくださいませ!!」

「ちょっ!?レドフィレ!ギブギブギブ!!!首!首絞まってる。絞まってるから!!」


 レドフィレが絞め技を繰り出す。軽くとはいえ、軍人による絞め技。しっかりと頸動脈を捉えたそれは、シュペレッタを正気に戻すのに充分だった。


「あ"ー死ぬかと思った」


 カチッ、シュボッ


 絞め技から解放されたシュペレッタは、当たり前のように懐から出した葉巻タバコを吸い始めた。


「ふー、、、」


 一度吸い、息を吐き出したところでシュペレッタはあることに気付く。


「あっ、私禁煙中じゃん。いっけね」

「シュペレッタ様」

「お?レドフィレ、欲しい?私の吸いかけだけど。いやーたまには部下への孝行も必要だよね。ほい、吸っとけ吸っとけ」


 シュペレッタは、吸いかけだった葉巻をレドフィレに渡した。


「、、、勇者さ、もう近くまで来てるんだよね。うわーいやだなぁ。勝てるかなぁ。まあ、勝つけどさぁ」


 ぼやく上司シュペレッタを、周りの側近たちは心配そうな目で見ている。


「私、この戦争が終わったら、パルツペトスに逢いに行くんだ。あいつもあいつで権力争いに巻き込まれて大変そうだけど、それくらい許してくれるよね」


 シュペレッタの夫、パルツペトスは、現在魔王国内での権力争いに巻き込まれていた。労働の改革を目指すトップであった彼は、身の回りの危険も多かった。勇者が現れる以前は、それこそだと言われる程には。


「ナティ、後方に送くらないとなぁ」


 そう、安全だったが故にシュペレッタの娘、ナタルティーナは今、母親のもと、戦場にいた。


「伝令です!勇者が、勇者がが軍を伴って現れました!!」


 一人の兵がシュペレッタの執務室にやってきたことで、辺りは騒然となった。


「落ち着いて。いくら現勇者が速いと言っても、しばらくは時間ぎある。慌てていては何もできない。一つずつ、冷静に対処していくよ!」


「「「「はっ!!!」」」」


 先ほどと切り替わり、シュペレッタは四天王にふさわしい堂々たる風格をまとう。


「マルティアス、状況の確認。ファルコ、軍をまとめてきて。モルネーも。ウィルノート、軍備の再確認。武器の在庫、食料、以前と変わりないか調べてきて」


「「「はっ!!!」」」


 シュペレッタは、次々と指示を出していき、その度に部屋から人が出ていく。


「レドフィレはナティを後方へ送っ、、、ん?」


 最後、残ったレドフィレに自身の娘の避難を命令する途中、シュペレッタはあることに気がついた。


「おおぉ!マジで!?この近くにいるの?この魔力反応、懐かしい、、、ははっ相変わらず膨大な魔力量だなぁ」


 そこまで言い終えたあと、シュペレッタは思案顔に変わった。


「そっか、そっかそっか。あの人なら安全だね」

「シュ、シュペレッタ様?」


 シュペレッタは、笑顔でレドフィレに向き直った。


「レドフィレ、ここから北西の方向に白い修道服を着て、左頬に火傷を負った人がいる。私の恩人?みたいな人だね。予定変更。ナティをその人に渡してきて。彼女なら信用できるから」

「了解いたしました。して、提案なのですが」


「レドフィレ、ここに残るとか言わないでね。確かにあなたが残ってくれたら心強い。でも、私はナティのことのほうが大切なの。あなたの部下に送り届けさせるよりも、あなたが連れて行ってくれたほうが、私は安心して戦える。だからね、お願い」


 レドフィレを、シュペレッタの淡青色の瞳が見つめる。

 その瞳には、覚悟の念が映っていた。


「はっ!!!了解いたしました」


 今度のレドフィレの返事には、迷いがなかった。シュペレッタの覚悟を見たのだから。


「さ、レドフィレ。ここは私に任せて先に行って。だぁいじょうぶ。私が死ぬわけないでしょ?」


 レドフィレの心に、わずかばかりの不安が生まれた。しかし、命令を授かった以上、達成せねばならない。レドフィレは、ナタルティーナの寝ている部屋へと走り出した。


 レドフィレが最後に聞いたシュペレッタの言葉は、陣営を脱出する際に聞こえた、『待っててね、ナティ。お母さん、今勝って帰ってくるから』だった。



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 side修道服の少女


 血だらけの魔族の騎士?将軍?に、魔族の女の子を託された。可愛い。聞けば私の昔立ちよった村の娘さんの娘らしい。

 しょーぐんが血だかけだったのは、会敵した人族との戦闘で傷を負ったから。確かに周りにはそれらしい気配が沢山ある。

 女の子、ナタルティーナちゃんは、無傷。しょーぐんが頑張った。


 そんなしょーぐんも、死んじゃった。手渡して、少し話したらすぐに。

 エルカちゃんみたいに、すぐ治そうとすれば死ななかったのかも。


 今、どうしてるのかな。

 そう思って振り返った。怒気の籠った、気配がしたから。


 エルカちゃんを見て思う。

 そっか、君は今、そんな風になっちゃったんだ。


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