第十六話 喪失


 私が戦場に来てから一週間。未だに戦闘は続いている。戦闘中も、続々と援軍は来ていて、そのお陰でこの戦線を維持できてる訳なんだけど、終わる気配は一向にない。

 ただ、莫大な兵を支えるための食料が足らず、そのせいで両軍共に焦燥感が募っていっている。

 援軍の中には、私でも名前を聞いたことのあるような、共和国の死神とかも居たんだけど、一向に戦場に立つ気配はない。多分、砦に援軍として形だけ来たってことなんだと思う。

 さらに、圧倒的なまでの名声と実力を持ち合わせている死神が動かないせいで、他の軍も兵を実力者を出し渋るような動きになっている。、、、これは死神の実態のお陰で解消されつつあるけど。

 小動物みたいにおどおどキョロキョロしている姿は可愛いけれど、戦場では指揮が下がるだけだ。


「ヘーネ、後方は任せたよ?」

「わかりましたけれど、、、本当にやるんですの?」


 ヘーネが心配そうな表情を浮かべる。けれど、兵の疲労などを考えたら、もう少しこれ以上は待てないのだ。


「大丈夫だよ。リリアだってついてきてくれるし。それに、、、私は勇者だから」


 敵陣への強襲作戦。回りが動かない以上、勇者として私にできることはそれくらいしかない。誰かがやらなくちゃいけないなら、先頭に立って行う。

 それが私の理想の勇者の姿だから。だから、私はヘーネの視線を振り切り、戦場へと向かった。






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 前線にてーーー


 門を開き、私とリリアは他多数の騎士と共に走り出した。

 襲い掛かってくる魔族は、騎士たちに任せ、私とリリアは四天王、ゼルブへと駆けていく。大型種の魔族は力強い代わりに小回りが利きにくい。私とリリアなら、攻撃を避けながら進むことができる。


 しばらく進むと、突如、魔族たちが騒がしくなり、道が開けた。


「ゼ、ゼルブ様が自ら出る必要は、、、」

「勇者がきているのだろう?ならば、儂が直接相手どったほうが手っ取り早い」


 空いた道を通り、戦斧を背負う、片角の欠けたいかにも歴戦といった風体のミノタウロスが出てきた。


「そうだろう?勇者よ」


 ぎろりと、鋭い双眸が私を睨み付けた。


「リリア、いくよ!加速アップテンポ20トゥエンティ!」

「ああ!」


 私とリリアは同時に走り出す。私は右横から、リリアは左横から、ゼルブへと駆けていく。


「ふんっ」


 ゼルブの振り下ろした戦斧がリリアの剣撃を弾き、返しで私の双剣を凪払う。

 地力で負けているなんて元からわかっていたこと。私は体勢を整えると、すぐさまゼルブへと斬りかかる。

 より速く、より確実に。私とリリアはゼルブへと攻撃を加えていく。かすり傷だろうと傷は傷。少しずつ溜まっていくダメージは、少しずつであろうとゼルブの動きを鈍らせていった。


 私は回復魔法が使える。リリアも聖騎士だから、苦手でも一応は回復魔法が使える。相手には回復手段がなく、自分たちは少しずつとはいえ戦闘中に回復を行える。この精神的余裕は、戦闘を私たちに有利に進めさせた。


 それでも、攻めきれない。大型種のミノタウロス。身長はだいたい4メートル。その圧倒的な体型から繰り出される攻撃は、かするだけでもダメージを与えてくる。こちらの攻撃はその分厚い筋肉によりことごとく防がれる。有利であるのは事実。でも、時間をかければかける程私たちが不利になるのも事実だった。


「ふむ、、、成る程。力の程は理解した。」


 唐突に膨れ上がったゼルブの殺気に、私とリリアはとっさに後ろへと引き下がる。


「『身体強化魔法フィジカルアップⅢ』」


 えっ魔法、、、?


 大型種が魔法をとする。その常識が、私の思考に一瞬の隙をつくり、ゼルブの接近を許してしまった。


 振り下ろされる戦斧。鋭く、分厚い刃が私へと迫ってくる光景は、やけにゆっくりと見えた。ああ、これが走馬灯なのかな。


「エルカッ!」


 ドンッと押される衝撃と共に、体が横へ飛ぶ。

 どさっと、体が地面に落ちる衝撃で、私ははっと我に返った。


「リリアッ!!」


 横を見ると、丁度戦斧によりリリアの首と腕がはね飛ばされ、空に舞っているのが目に映る。

 切り離された腕から漏れる血。胴体から吹きすさぶ血飛沫。そして、空に舞うリリアの双眸が、徐々に濁っていく過程。全てがリリアの死を示していた。


「あ、ああ、リリア、、、リリアァーー!!!」


 戦場である。そんなことはとうに頭から抜け落ちていた。私は無我夢中でリリアの骸へと駆け寄る。


「リリア、、、リリアリリアリリア!!!」


 私は必死にリリアの死体へと回復魔法をかけた。それがどんなに無駄なことかなんて知っていた。それでも、やらずにはいられなかった。


 だから、気付かなかった。自分の真上に、戦斧の刃が迫っていたことに。目を上に向けたときにはもう手遅れだった。僅か3センチあるかないか。あと数瞬で死ぬだろうことは目に見えていた。






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 ゼルブ視点ーーー


「『虚断うつろだち』」


 漆黒の残撃が空を埋めつくし、辺り一帯の魔族ごと我が戦斧の刃を切り飛ばす。


 儂の戦斧が勇者を斬り殺す直前にその少女は現れた。淡黄色の髪。体の大きさに似合わぬ漆黒の大鎌。

共和国の死神。

噂には聞いておったが、これ程か。いつの間にか切り離され、ブシュブシュと血を吹き出す右手首を見下ろす。手と握っていた戦斧は地面へと転がっておった。


「、、、、、、、、、、、、、、、ひ、退いてくだっ、、、くだひゃい、、、、、、、、、」


 目に涙を浮かべ、撤退を呼び掛ける少女死神。殺意すら宿さず、場違いなまでにキョロキョロと瞳を動かす死神は、不気味であった。

 儂はちらりと防壁の上を見る。どこぞの魔法師どもが大規模術式を展開しているのが目に入る。

 、、、潮時だな。


「撤退!!!」


 背を向け、堂々と撤退する。勇者に戦わせ、使い潰すわけでもなく、死ぬ直前に救助してみせたところから、おそらく人間どもはあくまでもにこだわっておるのだろう。

 ならば、利用させてもらうだけだ。

 儂は、残った左の手でスレイプニル魔馬を呼ぶと、颯爽と陣地へと駆けた。



━━━

グレーテルさん、一撃で数百人位魔族殺してます。

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