第十二話 決戦

 

「ふーん。で?」


 わたしの人間発言を聞き、最初に勇者が放った言葉がそれだった。気にもとめていない。そんな心情がありありと伝わってくる。


「あっれ~☆勇者ちゃん、ソーユーの気にしないんだ☆少しは動揺すると思ったんだけどな~☆」

「神官の一族として言うならば、人間なら確かに救いの手を差し伸べる必要があるかもしれない。私の信仰するカーメライツ教人類最大の宗教は、人類の救済を謳っているからね。勇者としての立場で言うならば、人類の希望として、救うべきなのかもしれない。

 でも、あなたは違う。神官としてだろうと、勇者としてであろうと、キフトムやエクトで大虐殺を行ったあなたを救うことはない」


 わたしを見つめる決意に固まった瞳を見て、わたしは失策を悟る。動揺を誘うつもりが、余計に士気を高めてしまったようだ。


「『神よ。従順なるしもべたる我に、降り続く救いを与えたまえ』『自動回復オートヒール』」


 勇者の詠唱が終わると、勇者の体がひかりに包まれる。


加速アップテンポ30サーティー。、、、『断罪の時』」


 勇者の天啓発動に続く詠唱。その一節を聞き、わたしは全霊で眷族から魔力を集める。もともと集め出してはいたけれど、それ以上に全力で、限界値まで。そして、集めた魔力を次から次へと魔法として勇者に放っていく。その詠唱が、終われば、ほぼ確実に殺されてしまうだろうから。


「『いつから変わったのだろう。いつから染まっていったのだろう』」


 止まらない。勇者の足も、詠唱も。速すぎるその速度をもって、わたしの魔法は全てが避けられていく。


「『黒く、黒く、黒く。淡々と煤のように積もり続け、純白を汚す』」


 範囲魔法を撃っても無駄。一瞬で範囲外へと離脱し、そのまま走り続ける。


「『罪悪の心は、いつしか何処やも知れぬところへと』」


 撃つ。撃つ。撃つ。その動きを止めようと。紡がれる詠唱を止めようと。


「『染まって行ったは貴様あなたの心。積もって行ったは罪の数』」


「『黒無の亡壁』!!!!!!」


 わたしは魔法を撃つのをやめ、ありったけの徴収した魔力で防御魔法を纏う。


「『なあ、汝はいかなる罪を重ねりや?』」


 負けられない。こんなところで。まだ始めたばかりじゃないか。人間共の国を5、6個滅ぼして、いくつもの作戦を立てて翻弄して、追い詰めて。

 わたしには叶えなきゃいけない未来があるんだ。眷族共と、、、エルバスや妹達と、一緒に暮らすための楽園を創るんーーーーーーーーーーー


「『断裁の天秤』」









「かはっ、、、」


 いつのまにやら、わたしの心臓に勇者の持つ剣が突き刺さっている。

 心臓、私たち吸血鬼の弱点。首なら斬られようと潰されようと構わないけれど、心臓は死んでしまう。そんな弱点。そこに、深々と、背中まで貫いて剣が刺さっていた。


「、、、悩んだんだろうね、辛かったんだろうね。救えなくて、ごめんなさい」


 その言葉を最後に、わたしの意識はプツンと途絶えた。





「あっ、ヤバ。魔力切れーーーー」


 ドサッ










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 半刻程前、エクト、教会にてーーー


「いつまで着けてくるつもりですの?」


 ひっそりと静まり返った、薄暗い教会に、ヘーネの声が響く。


「ばれているとはな。いつから気付いていた?」


 ズズズッと、ヘーネの背後の暗がりから一人の男が現れる。


「最初から、ですわ。ヴァンパイアが私をつけて来ているんですもの、住民の避難よりも優先してこちらに来るのは当然でしょう?お互い、周りに人がいなければ、遠慮なく戦えますし」


 ヘーネは、両手で一本の質素なメイスを構える。メイスにはなんの装飾もされておらず、魔法的なものも見受けられない。ただの鈍器を吸血鬼に構えるその姿は、完全に素人のそれで、たのもしさの欠片もなかった。


「く、くははは!!ド素人ではないか!そんな棒きれで我輩を殺せるとでも!?まさしく滑稽だ!」


 男は腹を抱えて笑う。ロウソクに照らされ、ぼんやりと見える男の姿。マントを羽織り、牙を灯りに輝かせるその姿は、まさしく吸血鬼のそれだった。


「貴方のような蚊はこれメイスで充分だということがわかりませんの?さすがの低能ですわね」

「ん?なんだ?強がりか?それとも、我輩、上級吸血鬼アークヴァンパイアのコールベールを相手に、本気でその棒きれで勝てると思っているのか?それはそれで滑稽だなぁ!くははは!」

「実際に戦ってみなければ、何事も真実はわかりませ

 んわよ?さて、時間も惜しいことですし、そろそろ参らせて頂きますわ」


 そう言うとヘーネは、メイスを


 ゴンッ

 頭を強打した音が鳴り響く。


「んあ?なにをやっているのだ?」

。当代の依り代に、多大なる身体ダメージを確認。これより、わたくし継承統合意識が第一操作権を保有致します」


 頭からダラダラと血を垂れ流しながら、ふらふらと立つヘーネ。だが、メイスを持つ姿は、先程と異なり、


「なんなのだ!?なんなのだ貴様はぁ!!!!どうなっているその魔力は!先程までとはまるで別人ではないか!!!」


 今のヘーネから溢れる魔力、あまりに濃密かつ膨大なそれは、熟練の魔法師ですら気絶しそうなものであった。


「答える必要はないと判断。それよりも、貴殿の追跡に使用されたであろうスキル、闇夜に忍ぶ者ダークネスウォーカーであると判断致しました。それは、。故、貴殿には死んで頂きます」


 言葉と同時にヘーネの体がかき消え、男、コールベールにの背中に強い衝撃が走った。


「かっは!!ペッ畜生が!んなもん使えるとか聞いてねぇぞ!『闇夜に忍ぶ者ダークネスウォーカー』!!!」


 コールベールは血を吐き捨てると、トプンと、地面に溶け込んだ。


「逃亡ですか。追跡は可能と判断。『空間接続』」


 闇夜に忍ぶ者ダークネスウォーカーは、暗がりを起点に、作られた異空間に入り、他からの干渉を受けずに移動を可能とするスキルだ。劣化版としては、魔法の影に忍ぶ者シャドーウォーカー等があげられる。

 その異空間に、ヘーネが入ってきた。


「なぜここにこれる!!!おかしいだろう!!」

「?、理解不能。わたくしは『欲しい』と申したのみ。決して他の異空間に潜るすべがないとは述べておりません。ですが、逃げられるのは厄介だと判断致しました。故、『大聖域』。二番目の勇者、ハイン・リレイグが時代、俗にいう《黎明の時代》の英傑。大聖女アルゥカ・レーメの使用していた術式です」


 異空間内一面に張られた『大聖域』。簡略化して使用されたにも関わらず、放たれる聖気や強度は、エルカが使用していた聖魔法とは比べ物にならないレベルで強い。


「さあ、戦闘の続きと参りましょう」








 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜明け前、領主館ーーー


 夜空に舞っていたコウモリの渦の内、二対が地面へと降り立ち、二つのヒトガタを成した。夜明け前の薄暗がりの内、やけに鮮明に見える牙から、二人が吸血鬼であることがわかる。


「おうおうおーう。お姉ちゃん、ぶっ殺されてんねー。これ、心臓に一発でズドン?こっわー。ねぇ、もそう思うでしょ?」

「・・・」


 片方の吸血鬼、銀髪を振り乱した幼い少女の問いかけに、もう片方の男、エルバスは無言で返す。


「ねーさー、少しぐらい反応してくれても良いんじゃないの?あたしつまんなぁーい」

「強いて言うならば、俺の名前は3だ。犬二号、俺をその名で呼ぶんじゃない」


 無表情で、キャロルの胸に刺さった剣を引き抜きながら答える。


「ぶー。ノリが悪いなぁ。あと、エルバスがどう名乗ろうと自由だけどさぁ、あたしをその名前で呼ばないでよ。ださいじゃん?エルバスってさぁ、そこんところ治した方がいいよー。今どき堅物はモテないって」

「・・・少しは黙れないのか?シャロン。今、我々は喪に服しているんだ。何もしないなら黙って待っていろ」


 少女、シャロンを諭しつつもエルバスの視線はキャロルに向いており、その肢体の汚れを払う動きが淀むことはない。


「へーい。で、話し変わるんだけど、あっこで倒れてる勇者ちゃんは殺さなくて良いの?」


 こう、シュッと、殺っとくよ?

 魔力切れで倒れているエルカを指し、視線とジェスチャーでシャロンが語りかけるも、エルバスは視線すら向けない。


「捨て置け。関わりを持つ必要はない。我々の優先事項はキャロルの回収だ」

「へーい」



 リリアとヘーネが倒れて眠り込んでいるエルカのもとへ駆けつけるのは、少しあとのことである。




━━━

『断罪の天秤』

聖属性最強にして最弱の魔法などと揶揄されることがある魔法。対象の重ねた罪の数や重さに比例して、発動者の攻撃力を引き上げ、ダメージを軽減する。

ただし、その罪に対し、対象が罪悪感を覚えていない、もしくは罪の自覚がない場合には発動しない。もちろん罪を行っていない者にも。この場合、無駄に魔力を消耗するだけとなる。


シャロン 種族吸血姫

筋力 A 耐久 D 俊敏 S 器用 SS 精神 C 魔力 SSS


姉は四天王昇格時に魔貴族となり爵位を得、名字を名乗るようになったが、妹であるシャロンは魔貴族ではないため、名字がない。


エルバス 種族|吸血皇帝《ヴァンパイアロード

筋力 ??? 耐久 ??? 俊敏 ??? 器用 ??? 精神 ??? 魔力 ???

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