一章 夜の女王

第四話 一年後

「包帯っ!誰か持ってない?」

「こっち、消毒早く!」

回復ヒール回復ヒール!出血が止まらない!」

「あーもう、ポーションまだ!?」

「だから、在庫ないんだって!そんぐらい分かれ!」


 広さは体育館2つ分程だろうか。様々な怒声や奇声が飛び交うこの部屋では、床に多くの負傷者が横たわり、また、その負傷者を治療するための回復魔法士で賑わっていた。

 ここはキテルティア王国ミルド砦。人類と魔王軍との最前線。その砦の医療棟である。

 魔王軍と人類との戦争が始まってはや16年。度重なる猛攻により、人類は徐々にその活動範囲を狭めていった。

 ただ、人々の瞳は死んでいなかった。人類が佳境にたたされてなお。何故か?皆信じているからだ。1年前、神託により現れた勇者が、過去の勇者よろしく、魔王を葬り去ってくれると。


 さて、ミルド砦の医療棟。大部屋以外にもいくつかの個室がある。医療従事者のための休憩所だ。その一室に、薄汚れた修道服を来た少女が倒れるように眠っていた。

 そこに、一人の聖騎士が近付いてきた。


「リリア、ですの?久しぶりですわね」


 少女が声を発したことに驚き、聖騎士は足を止めた。


「なんだ、ヘーネ。起きていたのか」

「今起きたとこですわ。たくっ。私は寝不足だというのに、鎧をカチャカチャカチャカチャと。うるさいったらありゃしません。あなたには労りという言葉がないんですの?」

「あー、それはすまなかった。懐かしい顔がいると聞いてな。会いたくなったんだ」

「はあ、相も変わらず可愛らしい名前に似つかわしくない喋り方をする方だこと。戦場ここではそんな風に甘い言葉を吐ける人間よりも良く働く方のほうがモテますわよ?」

「そっちこそ相変わらずの毒舌だな。教会にいた頃から変わっていない。患者は怪我をしているんだ。毒を吐く回復術士よりも優しく労ってくれる回復術士の方が癒されるだろうな」


 聖騎士、リリアがそう言ったあと、二人はどちらともなく見つめあった。


「ぷっくくく」

「くすっ、ははは」

「「あはははは!!!」」


 そして、どちらともなく笑い始めた。


「あー、良く笑った。久々に笑いましたわ。まるで昔に戻ったみたいに」


 ヘーネは、昔を思い出すように、しばらく遠くを見つめると、リリアに向き直った。


「で、貴女がいるってことは、来ているのでしょう?エルカも」

「ああ」


 ヘーネの問いに、リリアは短く返す。


「あの子、ちゃんとやれてます?あの子に勇者なんて重荷でしょう?」

「ああ勿論だ。元気にやっているよ」

「そうですの。なら、良かったですわ。私、あの子の元とはいえでしょう?少し、気になっていたんですのよね」


 ヘーネ・フランペチカ。

 7歳より教会に入り、当時6歳だったエルカと共に10年間共に修行した、元聖女候補である。

 毒舌の多く、気の強い性格であったため、為政者などには嫌われることも多かった彼女であったが、決して患者を見捨てず、自らをかえりみずに治療を行うその姿は、多くの民衆にとって憧れの存在でもあった。


「なら、見てくれば良い。あいつなら今頃前線で踊ってるさ。すぐそこなんだ。一緒に行くか?」

「あら。ずいぶんと野蛮な踊りですこと。私には刺激が強すぎますわ。それに、私は疲れを癒し次第患者の治療に移らなければならないので」

「そうやって言ってまた無茶をしているのだろう?」

「あら。ばれました?実は今も同僚に『いい加減休めー!』と言われまして。無理矢理ここに押し込められてるんですの」


 クスクスと笑っているが、笑い事ではない。

 ヘーネ・フランペチカ。ただいま二徹明けである。


「何かと理由をつけて無理矢理強行するのはお前の悪い癖だ。いい加減治せ。それに、しばらくは患者の追加はない。安心して休めるんだ。たまには息抜きも良いんじゃないか?」

「おや。大層な自信ですこと。ですが、私は昔っからエルカを知っているのですよ?あの子が、そんな強くなったとは思えませんわ」

「そうか?では先に言っておこう。をなめない方が良い、と。」

「それは、、、」


 バタンッ

 ヘーネがそこまで言ったとき、勢い良く部屋の扉が開かれた。そして、


「ヘーネ!ここにいたんだ。久しぶり。私は元気だったよ」


 満面の笑みを浮かべたが入ってきた。


「エ、ルカ、ですの?久しぶり、ですわね?」

「うん。久しぶりだね。ていうか、ヘーネ汚れ過ぎだよ。教会に居た頃からだけど、回復術士はキレイにしとかないと患者さんに病気やら菌やらを移すかも知れないよ?身だしなみはしっかりしとかないと」

「そ、そうですわね?」

「あ、リリア。魔族はから。次、いつ攻勢に出るか、ここの参謀さんらと計画たてといて」

「わかった。エルカ、お前はどうする?」

「私はまだ魔力に余裕があるから、負傷者の治療を手伝ってくるよ」

「そうか。頼んだ」

「うん。じゃ、行ってくるよ」


 エルカは、大部屋の方へと走って行った。


「、、、あれが、エルカ、ですの?」


呆然とした様子で、ヘーネが呟く。


「ああ」

「ああ、じゃないでしょう!?」


 リリアの返答に、ヘーネは顔を怒りに染め、リリアに掴みかかった。


「何故ああなる前に止めなかったのです!?背負い過ぎるなと!っつ、ああ!あの子の性格ならその方が余計気負いますか。ですが、ですが貴女ならやりようがあったでしょう!?」


 溢れ出る言葉の数々。そこには、リリアへの信頼と失望が溢れていた。


「あの口調はエルカ自身が『勇者に相応しくないから』と変えたものだ」

「今は口調の話しなど!」

「それだけ!それだけエルカは本気なんだ」


 ヘーネはそこで言葉につまった。吐き捨てるような、リリアの叫びに、どう返せば良いか、わからなかったから。ヘーネは今までにこれ程悲痛なリリアの叫びを聞いた事がなかったから。


「私だって何度も止めようとしたさ。友人が、親友が変わって行くところなんて見たくなかった。ただ、止められなかったんだ。口調を変え、自分を押し込め、そうしてでもエルカは人類を救おうとした。人類の希望になろうとしたんだ。そんなあいつを、私は止められなかった。できなかったんだ」

「・・・」


 部屋には、ヘーネの沈黙と、リリアのすすり泣くような声だけが響いていた。









━━━

ヘーネ・フランペチカ


筋力 G 耐久 F 俊敏 H 器用 B 精神 A 魔力 A


元聖女候補。主人公の幼馴染みの一人。リリアとも旧知の仲。

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