第三話 天啓『加速』

 力強く、リリアが剣を振り下ろしています。

 訓練所に着くと、リリアがいました。彼女をつたう汗の量を見ると、恐らくお茶会のあと、すぐにここへ来て素振りを始めたのでしょう。

 他の聖騎士は居ません。まだ昼の休憩時間だからです。それなのに彼女がここに居るのは、私と同じく、『勇者誕生』という出来事に、何かを感じたからでしょう。


「エルカ?何故こんなところにいる!?」


 私に気付いたリリアが、つかつかと足早に私の方へと向かってきます。


「勿論、勇者としてふさわしい実力を得るためです」


 私は堂々と答えました。


「先程までと打って変わった自信に、、、まあ良い。エルカ、お前は戦場へ立つ決心した、ということか?」

「ええ。それでなのですが」

「ああ、皆まで言わなくていい。私に稽古をつけて欲しい。そういうことだろう?」


 そう、私が聖女候補であったように、リリアは聖騎士として勇者パーティーに所属する候補生でした。必然、その実力は国内でも最高峰。何せ勇者についていける実力があると判断された程ですから。


「あー、早速だがエルカ、お前は剣を振るった、、、どころか持ったこともなさそうだな」


 なっ、失礼な。私だって剣を持ったことぐらいありますよ!、、、礼式用のやつですが。


「それは剣を持ったとは言えんだろう。まあ良い。エルカ、取り敢えずこれを持ってみろ」


 リリアは今まで自分が振るっていた剣を私に差し出しました。


「それは実際の剣と同じ重量の模造剣だ。これを持てばだいたいの剣の重さがわかるだろう」


 差し出された剣を私は両手で受け取りました。


「重っ!?」


 ガクッと膝から崩れ落ちそうになります。重い。儀式などで使ったものとは別格です。


「まあ、そうなるだろうな。想定の範疇だ。取り敢えず、戦場に立つためには最低限これを振るえるようにならなければならないわけだ」

「ま、魔法ではだめなのでしょうか」


 正直、これを振るえるようになる気がしません。


「、、、それでもいいが、それでは訓練所ここへ来た意味がなくないか?、、、まあ良い。そういえば、なんだが、最も大切なことを忘れていた」


 何でしょうか?リリアが私を真剣な目で見つめてきます。


「エルカ、お前の天啓はなんだ?それも聞かずに剣を持たせた私も私だな。そもそもの話、エルカの天啓にあわせた戦法を取るのが一番魔王討伐に近い」


 それもそうですね。というか、そういえば私、自分の天啓が何かしら知りませんでしたね。

 ん?そうですよ、私天啓が使えるんですよ!おおおおお!!あの勇者にしか使えない天啓が私にも!勇者だから!うわぁ気分がふわふわしますね。むふふふ。


「天啓」


 口にすると、自然と使うために何を言えば良いのか、それが頭へとスッとはいってきました。


加速アップテンポ10テン


 言葉にすると、何か変な違和感を感じました。なんだか、遅い?

 ぼんやりとしながら、私は一歩、前に足を踏み出しました。


 直後、いきなりリリアの胸のなかに飛び込んでいました。いえ、嘘です。。ただ、全く反応をすることができなかったのです。


「エルカ!?」


 リリアの声を聞きながら、とっさに離れようとします。それがいけなかったのでしょう。まだ慣れてもいない癖に、天啓を発動させたまま行動してしまったことが。


 またも私はぶっ飛びました。今度は正しく全てが見えました。ゆっくりと表情を歪めながら、ゆっくりと私に手を伸ばすリリアの姿も、ゆっくりと私に近づいてくる地面も。


 私はとっさに顔を両腕で覆いました。しかし、とてつもない勢いがついていたのでしょう。顔ごと地面へと落ちていき、おもいっきり擦りました。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」


 擦った勢いで顔の皮がめくれたのでしょうか?すごく痛い。とても痛い。思わず転がってしまいました。また、天啓を発動させたまま。


 端からみれば、私は左右に高速で転がっていたことでしょう。当事者の自分としては周囲の状況など気にする暇もない程の痛みに襲われていましたが。

 私はそのまま、リリアが抱き起こしてくれるまで痛みに襲われていました。


「エルカ!エルカ!?大丈夫か!?しっかりしろ!くそっ私が悪かった!こんな、こんなことになるなら、天啓を使えだなんて、、、」


 リリアが私を見つめ、両の瞳を潤ませています。ああ、それはいけません。私はリリアに泣いて欲しくて天啓を使ったわけではないのです。

 私はリリアの頬に右手を添えました。


「だい、じょ、うぶ、だから。リ、リア。泣かな、いで?」


 実際、冷静になってみれば本当に大丈夫なのです。だって私、のですよ?


回、復ヒール


 私が魔法名を唱えると、傷が癒えていきます。この程度のかすり傷、跡も残らず治せるのです。


「エルカ?本当に大丈夫か?痛くはないか?」


 私の傷が癒えていく最中も、リリアは涙をポロポロとこぼしながらも心配していました。もう、本当に大丈夫なのに。


「エルカ、もう、今日は辞めにしよう。天啓もどのような能力か知れただろう?傷だって着いたんだ。もう今日は休めばーーーー」


 リリア、そこまで言うと言葉をつまらせ、顔色がすぅっと青くなっていきました。そして、私の顔を見ると天を仰ぎました。


 というか、そんなことはどうでも良いのです。今日はもう辞める?つまりは、逃げると?勇者が?訓練から?たかだかかすり傷で?たかだか剣が持てなかったからで?

 そんなわけがないでしょう!?




 !?




 怒りにまかせていると、頭に閃光が走りました。そうです、と。

 剣が持てず、振れば筋肉を痛めると?天啓を扱えず、多量の傷を負うと?全て。そう、全て治してしまえば良いのです!!!


「は、はははははは!!!!さあ!リリア、立って下さい。始めましょうよ。訓練を!!!」


 青を通り越して顔色が白くなってきたリリアを引き連れ、私は訓練を始めました。





















 そして、一年がたったーーーーーーーーーーーーーー






━━━

これでプロローグは終わりです


ステータス


リリア・セトワール

筋力 A 耐久 B 俊敏 B 器用 C 精神 D 魔力 D


ーーー


天啓『加速アップテンポ

自身の速度と動体視力であれば、加速アップテンポ|10《テンの数字部分ぶん等倍する。つまり、加速アップテンポ|10《テンであればエルカは普段の10倍の速度で動けることとなる。但し、動けるだけであって、肉体的強度が上昇したわけではないため、あまりにも速くすると肉体が自壊する恐れがある。

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