第二話 決意

その後、私は中枢卿である父の部屋へと駆け込みました。

 コンコンコンッと手早くノックを済ませ、名乗りも終わらせます。


「失礼します。突然ですが、お父様。私が勇者であるというのは本当ですか?何かの間違いでは?」


 執務室の椅子に座る父の顔色は真っ青です。


「・・・本当のことだ。六番目の勇者の死後、国と教会との癒着が別たれ、初めて下された神託。まさか教会側が疑うわけにはいかないだろう?

 ・・・私だってな、本当は信じたくない気持ちもある。だが、これが現実である以上、それを受け入れていくしかない。我が一族に勇者が現れた、とな」

「そ、そんな、、、ですが、私には聖痕などありません!」


 そうだ、私には聖痕がない。勇者である証となる聖痕が。あれがなければ、勇者とは認められないのです。


「エルカ、最後に確認したのはいつだ?」

「えっと、、、朝の祈りの、ま、え」


 そうでした。神託が降りたのは私が祈りを行っていた後の事です。では、その後に?いえ、そんなはずは、、、

 私はとっさに自身の体を見渡します。修道服により露出は控えめ。その中で見える範囲には確認できませんでした。

 次に、袖をめくります。右腕、ない。一安心です。続いて、左腕。前腕にはいつも通りの白い肌が広がっています。そして、二の腕。ひじの少し上に、それはありました。そう、聖痕。勇者の証です。

 私は顔から血の気が引いていくのを感じました。自分が勇者であると確信してしまったから。また、それによる影響がどれ程のものなのかを理解しているから。


 女性の勇者。それは過去に前例がないわけではありません。何せ、初代勇者様が女性なのですから。

 しかし、ここ約1000年の間、五代に渡り、女性の勇者の記録は一切残っておりません。これがどういうことを意味するのか。人類の魔王討伐へのありとあらゆる準備の一切が無駄になった。つまりはそういうことです。

 勇者の子孫を残すため、プロパガンダとして利用するために育てあげられてきた各職の女性、その一切が、完全にとはいわないまでも無駄となったわけです。

 多大なる不利益を被った、そんな上級階級の人々の不満は、どこにぶつけられるのか、そう、我が家、リレート家です。

 これも、私が騎士としての実績とはいわないまでも、多少の心得があれば違ったのでしょう。『まあ、やってくれるだろう』そんな期待を抱かれ、不満も抑えられたはずです。しかし、我が一族はバリバリの神官です。私には剣の心得どころか武術の武の字もありません。完全に役違いです。嗚呼、一体、私はどうすれば、、、







「少しは、落ち着いたか?」


 父に声をかけられ、意識が戻ってきました。時計の針が、前見たときよりもかなり進んでいます。私がどれだけ呆然としていたかがわかります。


「はい。少し。ですが、、、」

「皆まで言わなくても良い。父としてお前の立場はわかっているつもりだ。幸い、我が一族は圧力を受けたとて簡単に潰される程やわではない。しばらく自室にて今後について考えるといいだろう」

「、、、ありがとうございます。お父様、、、」


 父の優しさが、身に染みます。私はこの先どうなるのでしょうか。今まで共に歩んできた仲間。互いに切磋琢磨し高めあってきたライバル。それら全員との関係が全て崩れさるのです。

 私は女性の身。今までは聖女候補として、婚約者などがいませんでしたが、それも今後どうなるのかわかりません。貴重な女性の勇者として、王族などに嫁がされるのでしょうか。

 嗚呼、その前に、まず、私は魔王を討伐できるのでしょうか。私は運動神経において自分が優れているとは思っておりません。むしろ、平均よりも下なのではないでしょうか?それで、魔王軍に立ち向かう?何かの冗談としか思えません。

 そもそも、私は動物を"殺す"という経験がありません。先ずを持って、魔王どころか、魔物すら殺せるのか怪しいのです。


「なあ、エルカ」


 ふらふらと、父の執務室を出ようとする私を、父が止めました。


「逃げても、良いのだぞ?」


 ???ちちは、なにをいっているのでしょう?

 ガタンと音を立て、勢い良く椅子から立ち上がった父を見上げます。


「私は、世界なんぞよりもお前の方が大切だ。お前は、私の可愛い娘なんだ。死なせたくないのだ。幸い、お前一人。いや、妹のエノラの二人なら逃がせる。なあ、エルカ。逃げると言ってくれ。私に、父に、死地に立つことなどないと言ってくれ。お願いだ。お願いなんだ、、、」


 ああ、私は、そこで初めて気が付きました。父にとって、家への圧力などどうでも良かったのだと。今後の教会における立場など、どうでも良かったのだと。ただ、父にとって、大切なことは、娘である私とエノラの二人だけなのだと。最初に顔が青かったのは、私が帰らぬ人となるのではないのかという恐怖だったのでしょう。

 泣き崩れる父を見て、心に一つの感情が浮かんできます。


「お父様、、、」

「エルカ、、、!」


 涙を湛えた父の瞳は、娘が自分の思いを受け取ってくれた。そんな幸福に溢れています。











 ですが、そんなことはどうでも良いのです。そんなものは今は関係ありません。大切なのは、重要なのは、父は、です。

 はあ?あり得ないでしょう?勇者が?逃げる?英雄が?人類の希望が?逃げる?はぁぁぁ!?




 あ、り、え、な、いのです。そんなことは。


「お父様、一つ訂正してください」

「エルカ?どうしたんだ?」


 私はつかつかと父に近寄り、その胸ぐらを掴みます。


「勇者が、逃げる?そんなわけ、ないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」


 私はおもいっきり叫びました。後から聞いた話では、教会一帯に響き渡っていたそうです。

 さて、叫んだことからもわかるように、私の中である種の踏ん切りがつきました。

 思えば、先程の私の悩みは、現実逃避の一種でしょう。それは、いけませんよね?勇者が逃げるなど、あり得ないのですから。

 ああ、そうです。私は、勇者というものを勘違いしていたのでしょう。最初は『理想とする勇者』ではなかった。では理想とする勇者になれば良いのです。こんなところでくよくよくよくよと悩むのが勇者ですか?否!断じて否です。であれば悩むべきではないでしょう?

 父を手から離し、聖騎士の訓練所へと向かいます。さあ、ここからが勇者の物語の始まりです!








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