第五話 舞い降りた希望
少し前、リリアがヘーネを探し、医療棟内を歩き回っていた頃、ミルド砦では、いつものように魔王軍による侵略を受けていた。
「手を休めるな!魔族どもを砦に近付けさせるんじゃないぞ!」
「「「はい!」」」
戦場には、指揮官であるホーブの鼓舞が響き渡っていた。
ある者は弓を放ち、ある者は追加の矢を運ぶ。またある者は投石を行い、ある者は魔法士の準備を手伝う。ここ、ミルド砦において誰一人として手を休める兵士はいなかった。
すべては人類の為?いいや違う。ここに居る兵士にそんな殊勝な心掛けがある者などは居ない。ただ、家族の為。自らを待つ妻や子供。その為に戦うのだ。
その姿をホーブは悲痛な目で見つめる。平和な町から連れてこられた者たちを。
己の手で家族を救う。そんなプロパガンダでこの兵士たちを鼓舞したのはホーブ自身だった。だからこそ、必死に戦う兵士たちを哀れに思い、それと同時に、そうでもしなければ魔王軍と対等に戦えない自ら等騎士たちを憎んだ。
ちらりと城壁の下を見る。そこでは、陣形を組んだ騎士たちが魔族と斬りあっていた。ホーブに同じく、騎士たちも必死なのだ。連れてきた平民をまるで洗脳するかのようにして兵士へと育て上げ、戦わせる自身らを情けなく思い。
「魔法、行きます!」
兵士の声に騎士たちが一斉に退き、そこに魔法士たちが強力な儀式魔法を打ち込む。騎士に同じく、魔法士も全霊を尽くしていた。
ここ、戦場に、兵士を見下し、手を抜く者など居ない。そんな者たちは早々に死んでいったのだから。
ポンっと、誰かがホーブの肩を叩いた。ホーブはとっさに振り向く。
「凄いね。熱気が伝わってくる。騎士も兵士も魔法士も。皆が全力なのが伝わってくる」
振り向いたホーブの横を過ぎ、前に進む少女。双剣を佩き、長い金色の髪を後ろで一つにまとめた、黒いコートを着た少女。その凛々しい横顔に、ホーブは見とれた。
「だからこそ邪魔。下がらせて?私が出るから」
その少女こそ、一年前に神託を受けた勇者、エルカであった。
凛と、自信に満ち溢れた少女の声に、ホーブはとっさに反応する。
「は、はい。おい、お前ら!前線から退け!真打ちの登場だ!!!」
実はこの時、ホーブは少女が何者か知らなかった。無理もない。この時、エルカは公式に残る初陣であったから。それでもなお、何故ホーブがエルカの願いを聞き、全軍を下がらせたのか。文献に残っていないその心情は、後世の者が知ることはないだろう。
そう、ホーブが、エルカが魔族に捕らわれ、エッチなことをされるのを期待していた。なんて事は、誰も知らなくて良いのだから。
「じゃあ、行こうか。
人類側が撤退し、魔族が砦に攻めいる状況下で、エルカの声は静かに響く。そして次の瞬間、エルカは城壁の上から姿を消した。
音もなく蹂躙されて行く魔族。兵士たちは歓声を上げた。勇者が現れた、と。
何かが通り過ぎさり、血飛沫が飛び散る。己の動体視力でも捉えられないその動きに、騎士たちは息をのんだ。
目の前で起きる光景に、一部の高位魔法士は目を見張った。あり得ない速度で動く魔力の正体が、人間であると理解出来なかった。いや、したくなかったから。
ただ一人、むふふな想像をしていた変態指揮官だけは、その顔つきを変えていた。そして、思考を切り替え、現状を把握しようと努めていた。彼には、一つの疑問がよぎっていたからだ。
「勝てるのか?」
と。
現れた少女の動きは確かに素晴らしい。歴戦の騎士であるホーブですら残像しか見えない。ただ、
今はまだいい。前線に出ている魔族は雑魚ばかりだ。急所を切り裂けば容易く殺せるだろう。だが、高位の魔族であれば?一撃では厳しいだろう。ともすれば避けられるかもしれない。ホーブには恐らく不可能だが、いまだ姿を現して居ない魔族側の指揮官。そいつはあの攻撃を避けられる程の実力を有しているかもしれない。
興奮し、盛り上がる人類側。ただ一人、彼だけが現実を見ていた。
突如現れた"希望"。それが敗北する可能性があると。
バタバタと斬り倒されていく魔族。見えない程の高速で舞い踊るように斬り刻むエルカ。双方の動きは、ドスンと、何かが落ちてきた音により止まった。
「おいおい、仮にも俺の部下だろぉ?軽々しく死んでるんじゃねぇよ」
舞い上がった砂ぼこりが晴れると、首をゴキゴキと鳴らす、魔族の巨漢が現れた。
「ん?まさかお前らこんなちっこいのに殺られてたのかよwwwwぶっはっ!!だっせーwww」
エルカに指を指し、爆笑する巨漢。身長はエルカの二、三倍程だろうか。正体に立つと、二人の身長差がよくわかる。
「ゴ、ゴブゼン様!」
魔族が、自ら等の指揮官の登場に驚く。
「んじゃあ俺が手本を見せてやるよっと!」
風をきり、ゴブゼンから拳が繰り出される。巨体であるというのはそれだけで凶器だ。地面にはクレーターができ、辺りには破片が飛び散る。
「ん?」
ブシャーッと、ゴブゼンの全身から血が吹き出す。十数ヵ所、瞬き一回にも満たない時間で、ゴブゼンはそれだけの傷を負った。
「硬いなぁ。めんどくさいから、さっさと決めちゃおっかな。
無傷で、ゴブゼンの背後に立っていたエルカ。
自分の力が通用しない。その事にゴブゼンが恐怖を感じる・・・時間すらもなく、ドンッと、一突き。心臓への一撃を受け、ゴブゼンは倒れた。
「硬った」
どさりと倒れ伏す自ら等の指揮官。そんな凶行を行っておきながらプラプラと手を振っている少女。魔族たちは、これまでにない恐怖を覚えた。
「さて。続き、始めよっか」
笑顔で魔族たちの方を見る少女。魔族にとって、それは絶望でしかなかった。
「うひゃぁぁぁぁ!!!!!」
「うぁぁぁぁ!!!」
「嫌だ嫌だ嫌だ!!!、死にたくないぃ!!!」
一目散に逃げ出す魔族。エルカはそれを追いかけなかった。もう害はないと感じたから。
「っ!全軍!突撃ぃ!!!」
人類側で、最も早く状況を飲み込み、そして行動を起こしたのはホーブだった。魔族をせん滅するのに、これ以上ない機会だと、そう判断したから。
「うわぁ。そこまでやるの?ま、人間も似たようなことされてるしなぁ」
これでは人間も魔族と変わらない。そんな思いを胸の片隅に追いやり、エルカは砦へと向かっていった。1年ぶりの
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ゴブゼン
筋力 B 耐久 B 俊敏 D 器用 E 精神 E 魔力 F
エルカ・ノール・リレート
筋力 F 耐久 E 俊敏 S 器用 C 精神 A 魔力 A
天啓『
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