幕間 王女の独白1

 私と姉の仲は、そう良いものではありませんでした。

 なんでも出来て、誰よりも強くて、悪い所といえば性格くらい。そんな姉のことを私は好きではありませんでした。正直に話してしまうと、疎ましく思うことの方が多かったくらいです。


 しかし、それでも身内の死というのは中々に堪えるものらしく、姉の訃報を私が受け入れることが出来たのは知らせがあって一月も経ってからのことでした。


「エリザ。彼の者は私の思惑に沿って動いてくれると思いますか?」


「……お言葉ながら。やはり男性に任せるというのは無理があるように思えます」


「ですよねぇ。はぁ……ですが、今更彼は勇者ではありませんと知らしめる訳にもいきません。国が勇者の身分を偽ったという事実が公になれば、王家の威信が揺らいでしまいます。私の首一つでは責任が負えませんね」


「その割には、楽し気に見えますが」


「あら、そう見えましたか? 私も為政者としてまだまだですね」


 傍仕えのエリザ――エリザベスにそう言われ、自分の頬を撫ででみる。なるほど、確かに緩んでいたかもしれない。


「……やはり、復讐なのですか?」


「なんのことでしょうか」


「…………」


「あぁ、責めている訳ではありませんよ。先代勇者は旅の途中で力尽きた、女神セリシア様はそれを知って、新たな勇者に加護を与えてくださった。『そういうこと』になっているのですから、私が誰かに復讐しようだなんて可笑しくって。相手がいませんもの」


「お戯れを」


「正直な所感ですよ。勿論、アナタにも話していない私の思惑……悪だくみと言ってもいいかもしれませんね? そういうモノはありますけれど」


 姉は天性の支配者だった。他人の弱さ――特に心の隙間を察する能力に長けていた。自身に併合する者は貪欲に食らい、そうでない者は徹底的に弾圧する。それも、囲いを作ってそこに追い立てるように、決して自分が悪とならないように、相手に罪を押し付ける形で。


「……思い出しますね。姉様が勇者を献上されたあの日を」


 自室にて、ふとため息を吐いてしまう。

 疎ましく、しかし決して嫌いではなかったあの暴君が立場を手放して旅に出たあの日。私が王位継承権の第一候補へと変わったあの日。


「そうでしょうか。姉君はあそこまで頭をやられたお方ではなかったかと」


「誰が彼を姉様と同一視したと言いましたか」


 私の目的の一つ。表向きであり、建前であり、そして同時に本心の一部であるそれは、この歪んだ性差別の広がる人類社会内での男性の社会的地位の向上です。


 男性は、弱い。魔法が使えるものがほとんどいない、いても才能の時点で女性に遥かに劣っていることがその根本的な原因です。

 男性が女性よりも優れているのは純粋な身体能力だけで、はっきり言ってその他あらゆる面で劣っています。その身体能力に関しても少し魔法が使える女性が身体強化にそれを使えば容易く上回れてしまう程度。


 それに種の繁栄においても女性ほど重要ではありません。簡単な算数の話です。女性が百人で男性が一人の村と、その人数が逆の村。次の世代、その次の世代と生き残っていけるのは前者です。産まれる子どもの数がまるで違います。

 勿論これは極端な話ですし倫理的にも色々危ない前提です。それに男性が全くいない世界というのも困ってしまうのですが。


 それでも、確かな事実として男性は女性に劣っています。

 いなければならないけれどそんなに必要ではない存在。少なくとも我がシルクフィンでの男性の立場というのはその程度のものに過ぎません。


 そしてその認識は、男性の社会的身分を常識という形で貶めています。

 男性は何もできない。男性は邪魔。男性はなにもしない方が良い。そんな偏見が無意識化で、ともすれば男性自身すらそう思っている程度にこの国には根付いています。


 良くて力仕事の労働者や娼夫、悪ければ浮浪者。男性の一般的な社会的地位は底辺労働者かそれ以下なのです。


 これは良くありません。えぇ、良くないことでしょう。

 シルクフィンも国としてはセーフティネットを構築していますが、肝心の男性達が教育をまともに受けていないこともありその存在を認知していないため、事実上ほとんど意味を成していないというのが現実です。


 私も王女、出来得る限りの改善の手は打ってきたつもりです。しかし、問題が民の意識であること、その根本が男性という存在の弱さにあるために、女性である私にはどうにもできない部分というのも大きくありました。


「彼に期待しているのは『勇者』として神輿になってくださることだけです。その他の障害は今代の勇者がどうにかしてくださることでしょう」


 人々の意識を根底から変えるには、それ相応の旗印と成果が必要です。

 それが、彼。勇者ヒロシ様。


「……姫。自分には彼が責務を全う出来るとはとても思えないのですが」


「そうですか? 少なくともこの国の適当な男性に代わられるよりは上手くいくと、私はそう思いますけれど」


「それは……そうですが……」


「それに言うではありませんか。神輿は軽い方が良いって」


「限度があります。きっとハリボテ未満の神輿ですよ、彼は」


 異世界から来た彼について私が知っていることは少ないです。

 私達とほとんど同種の人間であること。能力は成長分を入れて平均以上であること。『勇者』であろうとすること。

 それと、女性に対し劣等感を抱いていないこと。


 これらは彼を召喚する際に設定した最低限度の条件です。尤も、最低限といえど次元を隔てなければ見つからなかった程度に貴重な人材ですが。

 ……最低限過ぎて、ほとんど彼に関しては何も分かっていません。どのような文明文化で育ち、どのような価値観や感性を持つのか、彼が元々住んでいた世界はどういう場所であるのか。それらを私は知りません。


 ですが。


「問題ありません、きっと。この世界にはセリシア様の祝福で満ちているのですから。なんと言ってもヒロシ様は勇者、ですからね」


「呪いの間違いでは?」


「あら、罰当たりな。別世界からの客人であるヒロシ様と当たり前のように会話が出来たのもセリシア様のおかげですよ?」


「人格を持った法則を神格化する感性は自分には分かりかねます」


「正直なのですね、エリザ」


 守護女神セリシア様は、人々を団結させるために世界に祝福を下さった。

 言葉に意味を持たせ、その意味が相手に伝わるようになさったのです。神の祝福を受けた言葉は、その加護によって必ず相手に理解される、らしいです。

 あまり信心深くないものはこれをただの自然現象、普遍的な理としていますが、『勇者』の存在を思えばきっと祝福は本当にあるんでしょうね。


 当人にとっては呪いでしょうけれど。


「ふふ。ふふふ」


「ルミエル様。本性が出ています」


「本性とはなんですか。愛らしい笑顔に随分とご挨拶ですね。いいではないですか、私的な時間に少しくらい自分を出してみても」


「姫は為政者でしょう。それで国が傾いて一番困るのは御母堂ですよ」


「あら、私自身ではないのですね」


 『勇者』は呪われている。

 そういう意味では早くに死ぬことができた姉は幸運だったのかもしれません。


 そして、呪いは勇者本人だけではなく周囲にも伝播していく。

 特に、自分から『勇者』と名乗ってしまう者に。


「知っていますかエリザ。ギャンブルで必ず勝つ方法を」


「胴元になることでしょう」


「そういうのではなく。それに娯楽という意味でのギャンブルではありませんよ。運要素がどう転ぼうと、自分のプラスになる舞台を整える――そうすれば、絶対に負けません」


「それはもはやギャンブルではありませんよね」


 表向きの建前も本心の一部。ですが、それが上手くいかずとも私の計画に支障はありません。

 男性の勇者を用意した。この時点で、舞台は整っているのです。


 たとえその過程でこのシルクフィンが滅びようと、私の目的は完遂されます。


「ところでですが、姫」


「なんでしょうか」


「男性の地位向上のために、その、何も知らない男性を犠牲にするのはやはり……」


「そのことですか。気にする必要はありませんよ」


「ですが――」


 エリザに対し、私は首を傾げた。


「どうして私が男性などを気にする必要があるのですか?」

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