1-2 冒険の始まりと勇者の意味-2

「お、重い……」


「でしょうね」


 武器屋の中の試着室。店員さんに手伝ってもらいながら銀に輝く重厚な鎧を身に纏ったボクは、それだけで一歩も動けなくなってしまった。


「ど、どうして……ボクは勇者なんだ、こういう重装備も装備できるはずなんだ……うぐぐ」


「アンタの中の勇者っていったいなんなのよ」


 必死になって全身に力を込めるボクを見ながらメリィは呆れ顔だ。武器屋のお姉さんもそんなボクらに苦笑い。


「どんな装備を選ぶかと思ったらバカじゃないの? こういういかにも頑丈ですよって顔してる鎧は見た目通り頑丈だし頼りになるけど、その分バカみたいに重いわよ、当たり前でしょ。そういうのはゴリゴリに体格の良い戦士か身体強化の魔法に長けたヤツ用なのよ。ましてや男のアンタみたいなのが使えるモンじゃないわ」


 そう言うとメリィはお姉さんに何か話しかける。彼女は頷くと、店の奥へと引っ込んでいった。


「というか、鎧は基本オーダーメイドよ。自分の体格に合わせて専用のモノを用意しなくっちゃ。体に合わない金属の塊なんか四六時中つけてたらそれだけで腕とか肩とか腰とか、その内どこかしら壊れるわよ」


「えっ、それじゃあ冒険の途中で見つけた鎧とか装備出来ないのか」


「なんで冒険の途中で鎧を見つけるのよ。追いはぎかなにかなの? 旅の途中で拾える装備なんてイヤよ、絶対道半ばに倒れた誰かの遺品じゃない」


「洞窟の奥とかに封じられてる宝箱とか」


「ないわよんなもん」


 ないのか……そうか、ないのか宝箱とか。


 落胆しつつ鎧を脱ぐ。上手く脱げなかったからメリィに手伝ってもらうことになってしまった。


「鎧系はとりあえず却下ね。作るのに時間がかかるし、なによりお金がかかる。ヒロシはアタシと体格そう変わらないでしょ? 今お店の人に頼んで使えそうな装備を見繕って貰ってるから」


 その言葉でボクはふと思い至った。


「ボク、お金持ってないや」


「知ってるわよ。むしろ異世界からやって来たアンタがこっちのお金持ってたら怖いわ」


 メリィは懐から上品な布で作られた袋を取り出した。


「お姫様からの餞別よ、これで旅支度を整えなさいってコトね。本当ならヒロシに直接渡すつもりだったみたいだけど、アンタってばロクに話も聞かず城から飛び出したんでしょ? 困ってたわよ彼女」


 袋からはジャラリと金属の擦れるような音がした。膨らみから見ても重量感たっぷりだ。


「これでしばらくはなんとかなるでしょ」


――――


「ねぇ。ねぇってば。さっきから何を落ち込んでるのよ」


「革装備……それに武器はナイフ一本……」


 武器屋でボク達が購入したのは丈夫な獣の皮を加工した衣服一式と、短いナイフだけだった。


「ナイフって。それ、懐剣よ。男なら持っていても珍しくないでしょ?」


「カイケン?」


「そ、護身用の小さい剣。アンタの世界にはそういうのなかったの?」


「知らない」


「女の人がいない時に自分を守るため、それと辱められそうになった時に尊厳ある自死を選ぶためのモノよ」


「辱められる? 男が?」


「? そりゃ男がでしょ。女が無理矢理される、ってのもなくはないでしょうけど」


「……なるほど」


 なんだか少し分かってきた気がする。この世界の男女格差、というか価値観とかその辺はボクがいた世界とは大分違うものみたいだ。


 それにしても、懐剣かぁ……。


「勇者っぽくない」


「勇者っぽい武器ってむしろなによ」


「ボクもそういうのが良かった」


 メリィが背負っている武器に視線を向けると彼女に呆れた声を出された。


「アンタの腕力じゃ無理よ。というか並の女でもこれは扱えないわ、重すぎて」


 それより、と。

 彼女はそう一声入れて話題を変えた。


「勇者についてもう少し話しておくわ。アンタは知っておくべきだから」


「あ」


 そういえばそうだった。武器屋に入る前、ボクは彼女から勇者とは何かという話をされていたんだった。


「勇者って、存在というか本人、つまりアタシ自体も特別なんだけどその言葉にも世界全体に対する意味があるのよ。ヒロシ、アンタ一番最初にアタシを見た時どう思った?」


「なんでこの人拷問されてるんだろう」


「……そうね。まずはそう思うわよね。アレはタダのポーズというか、色々理由があってのことなんだけどひとまず忘れなさい。いいわね?」


「いや、無理だよ。初対面で石抱きさせられている人を見て、メリィはそれを忘れられる?」


「言葉のアヤよ、本当に忘れられるなんて思ってないわ。とにかくそこんところは無視しなさい。それ以外の印象は?」


「……勇者だ、って思った」


 そんな当たり前の感想をボクは口にした。

 そりゃそうだ。目の前に勇者がいたら誰だって勇者だと思うはずだ。


「ん。でもそれっておかしいと思わないかしら。アタシとアンタは初対面、それにアンタは別の世界の住人だったワケよね? じゃあどうしてアタシを勇者だと分かったのかしら」


「…………」


 そういえばそうだ。ボクは何故彼女を勇者だと思ったのだろう。


「……ボクも勇者だから、お互いに通じ合うシンパシーみたいなのが」


「ないわよそんなモン気持ち悪い。いい? 勇者ってのはいるだけで相手に自分が勇者だと分からせるの。効果があるのは同じ人間同士だけなんだけどね」


「すごく便利だ。自己紹介の手間がない。それに魔族相手には勇者ってバレない」


「……そうね、そこだけなら便利かもしれないわ。勇者には他の人間から物資を徴発する権利もあるし、その辺りで揉め事が起きにくくなるもの」


「チョウハツ?」


「アンタ、言葉を知らなすぎじゃないかしら。それともこの世界だけの言葉なの? 要するに、他人の家から略奪し放題ってコトよ」


 うわ、勇者行為だ。タルとかツボをたたき割ったり、タンスとかからモノを奪っていくアレ。


「あれ、でもさっきメリィはちゃんとお金払ってたよね」


「……嫌いなのよ、そういう勇者だからって許されてる横暴」


 ふと彼女の顔を見つめると、そこには冷たい無があった。日の光に照らされているのに何の温かみも感じない、氷の様な無表情。


「メリィ?」


「……なんでもないわ。仮になにかあったとしてもアンタには関係ないことよ」


 それからしばらく、ボク達の間に会話はなかった。なんだか、触れてはいけない彼女の領域に知らずに踏み込んでしまったらしい。


 無言の時間。その間、メリィは淡々と店を出入りする。食料、日用雑貨と思われる道具、はたまた宝石や貴金属を買いあさっていく。大きかったあの袋も、しばらくすると空っぽになってしまっていた。


「……さて。準備も終わったことだし出発しましょうか」


「出発? 二人っきりで?」


「そうよ? 被害者はなるべく少なく……なんでもないわ。あ、もしかして女と二人だからって警戒してる? 別にアンタなんか襲わないわよ」


 最後の店から出た時、今までの気まずい雰囲気を掻き消すかのようにそう言って、揶揄うような明るい笑みを浮かべた彼女。

 そんなメリィにボクは、先ほどから気になっていた質問を投げかけてみた。


「ねぇメリィ。なんだかそこら辺の人が皆ボクを見て来てる気がするんだけど、やっぱりヨソの世界からの人って珍しいのかな」


「あぁ、それは違うわよ。アンタが異世界人だってのはそこらの一般人の皆さまは知らないわ。ヒロシが男、それも勇者だから注目されているのよ」


 なんと。

 ボクはやっぱり勇者だったのか。


 やっぱりな。そうだと思ったよ。鎧は着ることができないし武器はナイフだし、もしかしたらボクは勇者じゃないのかもしれないと少しだけ思い始めていたけどどうやら杞憂だったみたいだ。


 ボクは勇者だ、勇者ヒロシだ。


 思わず拳を振り上げたボクをメリィはバカを見る目で見てくる。


「気楽なモンよねまったく。さっきも言ったけど、勇者ってのは特別でその言葉にも意味があるの」


 ため息を吐きつつメリィは。


「『勇者』を名乗る、あるいは『勇者』と行動を共にする。それはこの世界では勇者自身と同一視されるってことなの。女神セリシアの落とした呪いよ」


 つまりね、と。


「シルクフィンが今世の勇者が男だと大々的に発表したのもあって、ヒロシが勇者でアタシがその仲間だと世間は思ってるのよ。要するに、アンタはアタシの影武者勇者ってコト」


 そんなことを言った。

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