第41話 こっそり 4


 僕の現在の感情をひと言で表すならば――


 ――落ち着かない。


 ただそれだけに尽きる。


「ら、ラブホって初めて来たけどこんな感じなんだ……」

「へえ何よ? 遊んでそうな見た目なのに初めてなのね町田さん」

「ま、町田さんも初めてなのは勇気が出ます……っ」


 寧々さん、羽海、三代さんがベッドやソファー、思い思いの場所に座りながらそんなやり取りをしている。


 一方で僕は壁に背を預け、気を紛らわすためにスマホとにらめっこ中だ。

 落ち着け……クールに行こう。

 ここに入ったのはエロいことが目的じゃない。

 単に三代さんの資料としてだ。

 だから紳士であろう。

 今夜は何もせず、何もされないようにして、落ち着いて過ごすぞ……。


 そう思っていた矢先――


「ちなみに私はラブホに来たことがあるわよ。それこそ――そこの男と一緒にね」


 と、羽海がいきなり僕を指差して爆弾を投下したことにより――


「――はああああああああ!?」

「――ふぇえええええええ!?」


 と、寧々さんと三代さんが過剰なリアクションを起こしてこの場は騒然となった。

 

「お、おい羽海……!」

「ふふんっ、私と壮介はラブホで裸を見せ合った仲なのよ。逆に言うとソコ止まりではあったけれどね。あくまで資料撮影だったから」


 自己顕示欲か!? 自己顕示欲で自慢しているのか!?

 ていうか、今の言葉を聞いた寧々さんのご機嫌は……、

 

「壮介……」


 ――あぁほらっ、寧々さんがジト目で僕を捉え始めている!

 

「ち、違うんだよ……! 羽海が今言った通りあくまで資料の撮影だっただけであって……!」

「ふん……別にあたしへの言い訳とか要らんでしょ……あたしは別に壮介の特別な存在でもなんでもないんだから……」


 道理だ……僕はなんで釈明をしているんだろうか。

 いや、そんなのは心の奥底では分かりきっている。

 ……何も思っていない相手に釈明なんかしない。

 釈明するってことは、僕はひょっとしたらそうなのかもしれない。


「……それより、ルームサービスでなんか頼も?」


 そんな中、場を改めるように寧々さんがふとそう切り出していた。


「時任さんのアピールとかどうでもいいし……結局なんもなかったんなら、そんなアピールしても虚しいだけじゃない?」

「ぐぬぬ……」


 悔しげに唸る羽海をよそに、寧々さんはメニュー表を取り出していた。

 何がいい? と尋ねられた三代さんが「え、えっと……」と迷い始めたことで、この場の喧騒はとりあえずリセットされた感があった。

 ふぅ……ホッとした。


 その後、ルームサービスのポテトやピザが運ばれてきたところで、僕らは腹を満たし始めた。

 そして、腹が膨れた途端に夢の国行脚の疲労が吹き出してきて、僕は風呂に入る余力すらないままソファーで横たわり、休むことになった。



 次に目が覚めたとき、室内は静まり返っていた。

 時刻は午前1時。

 見れば、3人とも寝ている。

 ベッドで川の字。

 華のある絵面だ。

 僕と同じで疲れていたんだろう。


 僕もまだ眠いけれど、寝汗を掻いたし、そもそも風呂に入らないままだったし、一旦シャワーを浴びることにした。


 脱衣所に向かい、服を脱いで、浴室に踏み込む。

 蛇口をひねってシャワーを浴び始める。

 そうしていると――ごそごそ。

 背後の脱衣所から急に妙な物音が聞こえてきた。

 ……なんだ? と思って振り返ってみると、磨りガラスのドア越しに人影が蠢いていることに気付いた。

 服を脱ぐような動作をしているので、僕はギョッとした。


 ……え? だ、誰かがシャワーを浴びに来たのか……?

 で、でも僕が居るって分かってるよな……?

 電気点いててシャワーの音も響いているんだから……。


 しかし、にもかかわらず――その誰かがドアに手を掛けてきたので驚く。

 咄嗟にドアを押さえようとしたけれど、


「――よっす……」


 僕の方がワンテンポ遅くて、開けられてしまった。

 顔を覗かせてきたのは――なんと寧々さんだった。

 タオルを巻いただけの格好で、赤らんだ表情をしている。


「ね、寧々さんなんで……」


 間違いなく、僕が居ると分かっての所業だろう。


「いやほら……あたしも眠くてお風呂に入りそびれたからさ……」

「だ、だからってなんでこのタイミングで……」

「……だ、だって時任さんと……ラブホに来たことがあるんでしょ? だから……」


 だからという言葉に上手く掛かっていない返事だったけれど、寧々さんのちょっと拗ねた表情的に……やはりこれは嫉妬なんだろうか。さっきは大人しく場を収めてくれたものの、本当はずっとそういう気持ちでいたんだろうか……。

 だとすれば、やっぱり寧々さんは多分……僕のことが……。


「ごめん……やっぱ出るね」


 僕が煮え切らない態度だったからか、寧々さんがふとそう言って背を向けていた。

 なんとなく、このままじゃいけないと思った僕は――


「……待って」


 寧々さんの手を掴んで引き留めていた。


「え……」

「いいよ……居てくれて大丈夫」


 僕は最近、ふと思うことがある……寧々さんが色々と匂わせてくる以上、それをはぐらかし続けるのはどうなんだろうか、と。


 それは羽海に対しても思うことであって、どうするべきか迷っている。


 でもひとつ言えることがあるとすれば、僕にとって寧々さんはもう日常みたいなモノであり……近くに寄り添っていて欲しいという気持ちがないと言ったら、ウソになる。

 

 そもそも僕は……中学時代から寧々さんという存在に惹かれているところがあったんじゃないかと思っている。じゃなかったら……幾ら色々事情があったとはいえ、わざわざパシリになんか甘んじないだろう。


「……このまま……一緒に入っていいの?」


 寧々さんが振り返り、僕に顔を向け直してきた。

 だから僕は頷いた。


 直接的な言葉を伝えることは……まだしない。

 その前にきっと……羽海と向き合うことが必要だと思うから。


 そう考えていると、寧々さんが少し嬉しそうに微笑んでいた。

 それから、


「じゃあ……ちょっとサービスしたげる……」


 そんな言葉が続けられたのだった。



   ~side:みあ~



(……あれ?)


 深夜1時15分。

 そんな夜更けにふと目を覚ましたみあは、浴室の方からシャワーの音が木霊してくることに気付いた。


(……お風呂に入らないで寝ていた町田さんが入っているんでしょうか……? ん? でも……白木くんも居ないような……)


 そう。寧々のみならず、この場からは壮介の姿も消えている。

 寝ぼけた頭が、そんな状況からひとつの結論を導き出し、みあはハッとした。


(――も、もしかしてお二人は浴室で何かえっちなことを……っ!?)


 好奇心旺盛なみあは寝ぼけまなこをパチッとさせて、ササッとベッドから降りて浴室へと迫っていく。


(こ、後学のために……わたしは何が起きているのかをさぐります……!)


 もしかしたら漫画の資料に使えるかもしれない。

 そんな大義名分を引っ提げながらこっそりと脱衣所に足を踏み入れた。

 それから磨りガラスのドア越しに浴室の様子を窺ってみると――


 ――じゅるっ、じゅぷる、じゅるるる……っ。


 という、何かを頬張って吸い上げているような音がシャワーに混じって聞こえてきたではないか。


(こ、これは……!)


 磨りガラス越しのシルエットは、誰かの前に誰かがしゃがんでいる構図だ。


「(痛くない……?)」

「(へ、平気……っていうか、もうヤバいかもしれない……)」


 そんな会話まで聞こえてきて、みあはより一層あわあわしてしまう。


(こ、これって絶対頬張ってますよね!? ソーセージをヤミーってしてますよね……!?)


 何が起こっているのかを察したみあは、気恥ずかしさを覚えながらくるりと身体をひるがえして室内に戻り始めた。事が事だけに盗み見&盗み聞きするのはなんだか悪い気がして、そそくさと引き返すことを決意した形である。

 すると――


「なるほどね……」


(!?)


 羽海がベッドで上体を起こしていた。

 何が起きているのか察しているかのように浴室の方を見据えながら呟く表情は真顔。

 みあはホラー味を感じて怖気立った。


「ま……別に良いんじゃないかしら」


 しかし羽海は直後に、どこか気を抜いた表情でそう言ったのである。


「……え?」

「一緒に暮らしていれば、どうしたって情は深まるものだわ……結局、私は高校時代から一緒だったくせに消極的過ぎたのよ。……浮気女に壮介のすべてを一旦奪われて、そんな枷が外れたと思ったら、すでに町田さんという同居人が生まれていた……どうしてこう、私は後手後手なんでしょうね」


 羽海は少しうつむいて、はあ……、とひと息吐き出しつつ、


「タカをくくり過ぎていたのかもしれないわ……壮介を狙う女なんて、私くらいしか居ないはずだって」

「時任さん……」


 みあは、壮介と羽海の関係性を詳しくは知らない。

 でも現在の羽海は、どこか後悔に包まれているような表情をしている。

 だから、


「……伝えるべきことは、きちんと伝えた方がいいんじゃないかって思います……」


 みあはそう切り出していた。


「色々よく分かっていないので、大きなお世話かもしれませんけど……多分時任さんは、このままだとスッキリしない気がします……」

「確かにね……」


 羽海は苦笑するように頷いていた。


「……このままだと、確かに実際そうなるでしょうね……だから、そうね……」


 そんな言葉のあと、羽海は発言を続けることはなかった。

 しかし何かを決心するような、そんな気配がしたのは確かであった。


「ひとまず、寝ておきましょう……もう上がってくる気配がするし、気まずい空気を作りたくはないからね」

「で、ですね……」


 みあはベッドに横たわり直し、すごい争いのあいだに挟まれていることを自覚した。


 そしてどう決着するにせよ、みあは3人のことを応援しようと誓ったのである。







――――――――――――

お知らせです。

読んでて察した方もいると思いますが、終わりが近いです。

残り話数は未定ですが、最終盤に突入済みであることを胸にとどめておいていただけますと幸いです。

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