第40話 こっそり 3
~side:寧々~
「あっちー……」
「町田さん、暑いって口に出さないでちょうだいよ……余計に暑くなるでしょうが……」
壮介たちが色んなアトラクションを回るあいだ、寧々も当然ながら羽海と一緒にアトラクションを回っている。暑い上に恋敵かもしれない存在との遊園地行脚は、間違っても楽しいとは言えない。
(……壮介は楽しそう)
視線の先に在るのは、みあとの疑似デートを堪能していそうな壮介の姿だ。その楽しげな表情を見て、寧々は胸の内をモヤッとさせてしまう。
とはいえ、自分は壮介の彼女でもなんでもないのだから、彼のそういった感情をいちいち咎める権利などない。
ましてや中学時代の負い目があるので、縛ろうなどとは思えない。
「あ……2人はお昼にするみたいね」
羽海がふと呟いたので正面に目を向け直してみれば、園内を移動中だった壮介とみあが確かにレストランへと入り始めていた。
寧々たちもどうにかして同じレストランに入ろうとしたが――
「……あたしらは並ばないと無理そう?」
「そうみたいね……」
混雑しているせいですぐに入ることは叶わなかったため、大人しく近くのワゴンでチュロスを購入し、近くの日陰でそれを食べ始める。
「ねえ町田さん、そういえば……」
「……何さ」
「私とあなたは壮介に助けられたという経験を、共通点として得たわけよね」
羽海が急にそんなことを言ってきた。
「これはみあさんもそうだけれど」
「……それが?」
「良い男子でしょう? 壮介って」
どこかしみじみと言葉が続けられる。
「自分のことを後回しにしてでも、率先して手を差し伸べてくれるし、それを途中で投げ出したりしないのも凄いところよね……私の高校時代のストーカー被害は、実は解決にあたって壮介以外の男子も立ち上がってくれていたけれど、最後までやり通してくれたのは壮介だけだった……他の男子は親衛隊とか気取りつつも口だけで大した活動はしないまま、壮介に丸投げしたということよ」
「……酷いね」
「でも、そのおかげで壮介のすごさに気付けたわ」
そう語る羽海の表情は楽しそうだった。
自分のことではないのに、自慢でもするようで。
だからやっぱり、
「……時任さんってさ、壮介のこと好きなん?」
と尋ねてみれば、
「うぇっ!? そ、そんなことはないわ……!」
と目を右往左往させ始めたので、
「分かりやす過ぎでしょ……」
と寧々は呆れてしまった。
「わ、分かりやすかったら何よっ。好きだったら悪いの!?」
「いや認めるんかい……」
急な開き直りにびっくりしつつ、寧々はしかし、
「……別に悪いなんて言ってないじゃん」
と告げる。
「なんてーか、ほら……時任さんと壮介の過去を思えば、そりゃそうなっても不思議じゃないなって思うしさ……」
「そ、そうよ当たり前じゃない……大体、あなたこそどうなのよ?」
「あたしは……」
「……好き?」
「まぁ……かもしんない……」
照れ臭くも頷く。
頷かないわけにはいかない。
寧々のことを家に置いてくれて。
飯島の粘着すら解消してくれた。
そんな壮介のことが、寧々はもちろん好きだ。
「だけど……この気持ちは封じておこうかなって思ってる」
「……どうして?」
「まぁ、負い目があるから……」
中学時代、寧々は壮介のことをパシリにしていた。
いじめのターゲットになりたくない壮介が拠り所を欲していたので、パシリとしてグループに入れて隠れ蓑にさせていたわけである。
言ってみればWin-Winな関係とも言え、パシリ自体せいぜい校内のお使いでしかなかったため、壮介はもう気にしていないと言ってくれている。
しかし壮介が気にしていないのと、寧々自身の気持ちは別だ。
寧々はまだその負い目に囚われている。
生涯つきまとうモノかもしれない。
自分は事実として壮介に悪いことをしていた。
だからこんな自分が、募る想いを彼に伝えてはいけないのだと考えている。
「そんなの、勝手に自分で自分を縛っているだけじゃない」
「っ」
羽海の言葉が少し刺さった。
勝手に自分で自分を縛っているだけ。
自縄自縛。
確かにそれは、まさしくそうなのかもしれない。
「壮介がもう気にしていないことをいつまでも引きずるのはナンセンスだわ」
「……」
「ま、でもあなたがそうやってウジウジしているのなら、私としては願ったり叶ったりだけれど」
そんな言葉の意味するところは、もちろんそういうことなのだろう。
どういう返事を返せばいいのか迷う中で、羽海はチュロスを平らげてから一旦トイレに行ってしまった。
「はあ……」
1人になった寧々は、色々と思うところがある。
かといって、やはり踏ん切りはつかない。
一歩踏み込んで今の関係が変に崩れて取り返しがつかなくなるくらいなら、このまま停滞し続けてもいいんじゃないか。
そう思う気持ちがあるからだ。
「……臆病だなぁ、あたし……」
自虐するように呟く声には、いつもの覇気がなかった。
~side:壮介~
「さすがに今日で全部遊び尽くすのは無理そうだな」
「ですね」
幾ばくかの時間が経過し、やがて夜を迎えた。
まだアトラクションを回り切れていないものの、帰りの時間とかを含めるとそろそろ夢から覚める時間だった。
三代さんもそれには異論がなさそうで、僕らは夢の国の外に出た。
「今日はありがとうございました」
最寄り駅のホームで帰りの電車を待つ間、三代さんが穏やかな笑顔でそう言ってきた。
「疑似デート、すごく楽しかったです」
「良い資料になりそう?」
「はい。男子と遊ぶ雰囲気や、あとはなんと言いますか……待ち時間のつらさなども学べましたから」
「……酸いも甘いも学べたなら良かったよ」
毒にも薬にもならないのが一番良くないし。
「ところで、あの……」
話題を変える雰囲気を伴って、三代さんが改まった態度を示してくる。
「どうかした?」
「あ、あのですね……さ、最後にもうひとつだけ、疑似デートにおけるお願いが、あるんですけど……」
「あぁうん、それって?」
ここまで付き合ったからには、別にそれを聞き届けてもいいかなと思ったけれど――
「ほ、ホテルにっ」
「え」
「――か、帰りのどこかでわたしとホテルに入っていただけませんかっ!」
「ほ、ホテル……っ?」
「ら、ラブのヤツですっ」
「!?」
み、三代さんといい羽海といい、漫画家を志す女子はなんで僕をラブホに誘ってくるんだ……!
「だ、ダメでしょうかっ。わたしは当たり前のようにラブホにも行ったことがないので資料としてぜひ内見しておきたいのですが……っ」
「い、いや……えっと……」
羽海は旧知の仲だったからアレだが、三代さんとそういうところに行くのはなんか色々問題があるようなないような……。
「――ちょい待ち!」
そのときだった。
「ちょっとさすがに聞き捨てならない話が聞こえてきたからお邪魔しますよってことで!」
「そうよ何がラブホよみあさん結構大胆なのね!」
「ね、寧々さんと羽海……!?」
そう、背後から急に女子の声で糾弾されたと思ったら、なぜか寧々さんと羽海が揃って出現するというまさかの事態が発生した。
「な、なんで2人が……? ――まさか尾けてた……?」
「い、いや尾けてたっていうか……ね? 時任さん」
「そ、そうよ……たまたま遭遇して今の状況もたまたまに過ぎないわよ。おほほ」
……怪しすぎる。
「そ、それより壮介っ、三代さんとラブホに行くって言うならあたしも行くしっ」
「私もだわ! みあさんとだけいかがわしい真似をさせるわけにはいかないもの!」
と、2人はなんだかメチャクチャなことを言い出している。
三代さんが「あわわわ……」とこの状況に混乱している一方で、僕は良いことを思い付いた。
「そういうことなら……女子3人で行ってきなよ」
女子会プランをやってるラブホって割と見かけるから、女子3人で行ってくれば解決だろう。男が混ざるとダメ、って場合も多いし、僕は抜きで。
「え……で、でもわたしは、その……男性と入る雰囲気を知りたいので……」
と、三代さんがボソボソと自己主張。
あー……そっか、以前の羽海と同じ目的なんだもんな……。
――そんなこんなで。
「……き、来てしまった……」
追加料金を払えば男女混合でも入れるラブホを帰りに発見してしまい、僕は寧々さん、羽海、三代さんとの4人でひとつの部屋に「宿泊」で入ってしまったのである……。
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