第39話 こっそり 2
~side:寧々~
「じゃあ寧々さん、僕はもう出るから」
「あ、うん……いてら~」
翌日の午前9時過ぎ。
壮介がみあとの疑似デートに出かけた一方で、
(よし、じゃああたしも……)
寧々は急いで身支度を整え、仕上げにキャスケット帽とマスクを着けて壮介のあとを尾行し始めた。
我ながら何をやっているんだろう、と思う部分がありつつも、寧々としては壮介とみあの疑似デートを観察したい気分なのだ。
なぜそうしたいのかと言えば、壮介のことが気になっているからに他ならない。
気になる男子が他の女子とお出かけするという状況を指をくわえて見ていられるほど、寧々は大人しい性格ではない。
もちろん邪魔をするつもりはなくて、あくまで観察を行うだけだ。
しかし妙な事態になったらどうなるかは分からない。
さておき、壮介が電車を乗り継いでやがて到着した場所は――
(……夢の国やん……)
千葉にあるくせに東京を名乗るあの遊園地であった。
なぜ千葉を名乗らないのかと言えば、チバという単語が海外ではマリファナやヘロインを意味する隠語だからである。そこら辺に配慮して東京を名乗っているわけだ。
ともあれ、そのゲート前で壮介は金髪ハーフのみあと合流していた。
人混みに紛れてギリギリまで近付いてみると――
「し、白木くん……今日はいきなりの遊園地疑似デートに付き合っていただいてありがとうございます……それとわたしみたいなクソ陰キャがこんな場所に誘ってしまってごめんなさい……」
「い、いや別に大丈夫だから……。それより、めっちゃ混んでるから離れないように気を付けないとな」
「じゃ、じゃあ手を繋いでもらったりしても……?」
「え、あ、まぁ……三代さんがいいなら別に」
「じゃ、じゃあ失礼します……っ」
(ほぎゃああああああああああああああああ……!!)
壮介とみあが手を繋いだ様子を見て寧々は胸中に慟哭を響かせた。
しかしここでいきなり特攻して尾行が知られれば壮介に引かれるかもしれないのでグッと我慢である。
そんな中、2人がゲートを通って中へ。
寧々もそれに続こうとしつつ、
(……1人で夢の国かぁ……)
若い女子として、なんとなくそれを気にしていると――
「ぐぬぬ……壮介ったら、三代さんと手なんか繋いじゃって……!」
そう言って近くで唸っている長い黒髪のマスク女を発見した。
(……あれ……?)
かなり見覚えがあったので、寧々は思わず近付いて声を掛けてみる。
「ねえ……もしかして時任さん?」
「――え!?」
声を掛けられた彼女は、ハッとしたようにこちらを振り返りつつ、
「ぬわっ……も、もしかして町田さん……っ?」
「そ、そう、あたし」
キャスケット帽を軽く上げて、目元を見せながら頷いた。
「……時任さん何してんの?」
「な、何って……壮介をちょっと追いかけてきたのよ。みあさんから今日夢の国で疑似デートをするって聞いたから、気が気じゃなくなってね……」
「……なんで気が気じゃなくなったん?」
「そ、そんなのなんだっていいじゃない……」
羽海は気恥ずかしそうに目を逸らしていた。
高校時代に壮介から救いを得ているらしい羽海は、最初に顔を合わせたときから壮介に好意を滲ませている雰囲気がぷんぷん匂っている。
ひょっとしたらここに居るのは寧々と同じ目的なのかもしれない。
「……町田さんこそ、何をしているのよ?」
「あ、あたしもまぁ……情報を得て気になった感じ」
ちょっとぼかして応じるが、羽海は諸々察したように「……私と同じということね」と呟いていた。
「まぁいいわ……どうせなら一緒に行動する?」
「……それって、なんかお互いにメリットある?」
「メリットは……1人遊園地を楽しむ寂しい女にならずに済むことかしら……それに目的は同じなのだし、バラけてもどうせ園内で顔を合わせることになりそうでしょう?」
「確かに……じゃあ、よろしく、ってことでいいの?」
「いいわよ……でも別に馴れ合うわけじゃないから」
「ふん、分かってるし」
そんなこんなで、寧々は羽海と一緒にゲートをくぐることになった。
~side:壮介~
「改めて、すごい人だかりですね……」
「まぁ、夏休み真っ只中だしな……」
園内は呆れるほど大勢の人で賑わっていた。
駅周辺やゲート前もすごかったけれど、中はやはり比べ物にならない。
早速有名なアトラクションのひとつに乗ろうと思ったが、待ち時間が1時間を超えていて僕らは白目を剥きそうになった。
「……プライオリティパスだっけ? アレ使えば早く入れるらしいけど、使う?」
「えっと……じゃあ最初だけ並びませんか?」
「最初だけ?」
「……待つ経験も良い資料になるかなと思ったので……もちろん、白木くんがイヤなら私は別にパスを使ってもいいと思いますが」
「いや、そういうことなら最初だけ並ぼう」
炎天下で並ぶのは地獄だが、まぁそれも醍醐味かなと思うし。
「白木くんは……何か夢ってありますか?」
順番が来るまでの暇潰しとして雑談を始めている。
そんな中でふと問われ、僕は頬をかきつつ、
「まぁ一応、ゲームの脚本を書きたいなとか思ったりはしてるよ。そのための実績作りに小説を書いたりも」
「わ、すごいじゃないですか」
「何もすごくないよ……まだ始めたばっかりで、何も形を成してないし」
片や三代さんはすでに編集が付いている状態だ。
羽海も同人描いてコミケで売ろうとしているし、寧々さんだって日々モルトヴォーノで修行をしている。
情けないことに僕だけが、まだ特に何も形を成していないのだ。
「それでも、動き始めただけですごいんですよ」
けれど三代さんはそう言ってくれた。
「何もせずに自堕落に過ごす学生って、世の中に幾らでも居ると思います。でも白木くんはきちんと前に進み始めることが出来たんですから、立派なんです」
「……なのかな」
確かになんも考えてなさそうなヤツらがキャンパスの中には大勢居る。
僕の周りに優秀なのが揃いすぎているだけで、僕はようやっとるのかもしれない。
「うん……ちょっと自信出てきたよ」
「よかったです。ちなみにどういうお話を書き始めているんですか?」
と聞かれたので、このあとも他愛ない雑談が続けられ、やがて最初のアトラクションに入れたときの涼しさと達成感たるや、もしかしたら人生で一番のカタルシスだったかもしれない。
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