第33話 借りの早返し

「え――町田さんに粘着中のサラリーマンって編集者だったの?」

「ああ、しかもお前が持ち込みしてたとこのな」


 翌日。

 僕はランチの時間に羽海を誘って大学付近のカフェを訪れている。早速、羽海に協力を仰ごうとしているわけだ。


「あんな大手編集部の人間が……本当にそんなことをしているの?」

「大マジさ。ウソだと思うならコレを見てくれ。そいつの名刺を寧々さんがゲットしてくれたんだ」


 僕はポケットから飯島育生の名刺(コピー)を取り出した。


「うわ……デザインが本物ね」

「な?」


 羽海も自分を担当してくれた女性編集さんの名刺を持っているはずだし、ひと目見てあの編集部の名刺だと判断が付くわけだ。


「で……、この情報をわざわざ私に教えてくれるのはどうして?」

「単刀直入に言えば力を借りたい」

「……私の力を?」

「ああ。この飯島育生って編集者は、寧々さんに粘着するくらい非常識なヤツだ。だったら売れないor駆け出しの担当作家にパワハラをしててもおかしくない、って考えてる部分があってさ、要は――」

「――多角的にこの編集者を追い詰める材料が欲しいということ?」

「話が早いな」


 さすがは羽海だ。頭が回る。


「そう。寧々さんへの軽い粘着行為だけで飯島を攻め落とすのは難しい。現状でも迷惑極まりないのは事実だが、具体的な被害がない以上警察とかは動いてくれない。じゃあどうすればいいか、って考えたときに、寧々さんが『被害者の会を作るのはどうか』って思い付いてくれてさ」

「なるほどね……パワハラを受けている漫画家が居た場合、町田さんと徒党を組んで被害を訴えてみるということ?」

「その通り。だから羽海が今も繋がってる女性編集さんを通じて、飯島からパワハラを食らってる漫画家が居ないかどうかさぐりを入れたいんだよ」


 それが突破口になるかは分からない。

 でも何もせずに飯島の粘着行為を見過ごすわけにもいかない。

 僕は寧々さんのためにやれることをやりたい。

 中学時代の情けない僕はもう居ないのだから。


「そうね……そういうことなら是非協力したいわ。知り合いの編集者……炉菊ろぎくさんって言うんだけど、良い人だから手を貸してくれると思うし」

「出来れば早いうちに、可能なら今日その炉菊さんと一度会ってしっかりと事の説明をしたいんだが、イケるか?」

「どうかしら……炉菊さんは売れっ子を割と抱えている人だから忙しいのよね。でも今連絡を取ってみるわ。ちょうどお昼休みでしょうし」

 

 とのことで、躊躇なくLINEを送り始める羽海。

 その感じから察するに、知り合いの域を超えて仲が良いんだろうな。


「――あ、さすがに今日は無理だけど、週末でよければ会って話を聞かせて欲しい、って返事が来たわ」


 週末か……早く飯島をどうにかしたいとはいえ、僕らの事情だけで世界が回っているわけじゃない。そこは我慢しないといけない。それに今日は木曜だし、週末はすぐそこだ。ひとまず問題はないだろう。

 

「じゃあそれでお願い出来るか? 出来れば土曜で」

「ええ、そう返事をしておくわ」


 そんなこんなで、土曜日の日中に炉菊さんと会えることが決まった。


「ありがとうな羽海。ホントに助かるよ」


 話がまとまって一段落したので、僕らはサンドイッチを注文して空き腹を満たし始めている。


「お礼にここは奢らせてくれ」

「あ、待って……奢るんじゃなくて、別の要求をしてもいいかしら?」

「え」

「……ダメ?」

「いや……まぁ、それでもいいけど、別の要求っていうのは?」


 恐る恐る尋ねてみると、羽海はちょっと恥ずかしそうに、


「あ、アレを見たいのよ……」

「……アレ?」

「アレって言ったらアレよ……」

「いや分からんし……なんだよ、ひょっとしてまた……エロ系のお願いか?」

「――っ、そ、そうよ……」


 ……そうらしい。


「具体的には……?」

「ぐ、具体的には……びゅるびゅるする瞬間が見たいわ……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……AVでも観とけよ」

「じ、じかに観察しないと糧にならないってこの間言ったでしょ……」

「だからってなんで僕の……」

「こ、こんなこと頼めるのは壮介しか居ないって、これもこの間言ったじゃない……」


 そう言って羽海は綺麗な瞳を少し強気に細めた。


「そ、それにこれは貸しへの対価なんだから、壮介に拒否権はないはずよ……」

「……まぁな」


 それに結局……僕はなんだかんだ羽海にそういうことを求められるのが嬉しかったりする。自重すべきかもとは思いつつ、所詮は男で、欲には勝てない。


「分かった……じゃあ午後の講義後にな」


   ◇


 そんなわけで僕らは、大学での諸用を終えてからネカフェに出向いて、カップルシートの個室に入った。出すためだけにラブホを利用するのは料金的に馬鹿らしいので、マナー的には良くないことかもしれないけれど、ネカフェを利用することになったわけだ。


 諸々の理由から詳細は省くにせよ、僕はそんなところで全部さらけ出しつつ、羽海にも全部見せてもらって、羽海の手で出してもらった。最高だった。


「……あ、あんなにゼリーっぽいのが出るのね」


 事が済んでネカフェの外に出たところで、羽海が火照った表情で感想を述べてきた。


「もっとこう……勢いよく迸る感じかと思ったのに、意外とドロッと出たから予想と違って驚いたわ……」

「まぁ、異常なほど勢いよく飛ぶこともあるよ……」


 なんだこの会話……。

 でもさっさと借りを返せたのは……悪くないはずである。

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