第32話 仲間さがし

「なあ寧々さん、バイト先変える選択肢ってある?」

「あの出待ちリーマンから逃れるために、ってこと?」

「そう」


 名刺ゲット作戦からの帰宅後。

 僕らは風呂などを済ませて就寝前の状態だ。

 ソファーに並んで座りながら、テレビで明日の天気をチェックしている。

 そんな中で投じた質問に、寧々さんは首を横に振ってみせた。


「その選択肢はないね。マジでない。あんなヤツのために良い職場を手放すとかマジでありえんくない?」


 とのことで、どうやらモルトヴォーノのことがよほど気に入っているようだ。


「まぁ……オーナーシェフのカトゥーロさんを筆頭に、みんな良い人そうだったもんな」

「しかも時給も良いんだよ? おまけに店長はガチのイタリア人だし、イタリア料理の技術を学ぶにはもってこいの職場なわけ。あんなキモいリーマンのために辞めるとか、そんなの敗北宣言じゃん」


 敗北宣言と来たか。

 まぁでも実際そうだよな……あんなヤツのために寧々さんが良い環境を手放すのは馬鹿らしい。

 だからあの出待ちリーマン兼凛音の浮気相手だった飯島育生には、きっちりと対処する必要がある。


「……素性は知れたわけだから、あとはどう攻めるかなんだよな」

「壮介ってさ、さっきあたしが名刺もらうところ撮ってたんだよね? じゃあその動画チラつかせて脅すのってダメかな?」

「んー、それもひとつの手ではあるけど……避けた方が無難だとは思うよ」

「どうして?」

「こっちが逆に罪を問われるかもしれないから」


 あいつはまだ決定的な被害を生み出してはいないわけで、下手に脅せばこちらが脅迫罪で面倒なことになる可能性がある。名誉毀損とかで責められる可能性もあるだろう。そうなったらこっちの人生が不利を被るわけで、それは絶対に避けたい。


「あーそっかぁ……じゃあどうすればいいんだろ……」

「どうにかするには……証拠が足りてないのかもしれない」


 結局はそういう結論に行き着く。

 僕らにはまだ闘うための武器が揃ってないのだ。

 もっと武器が欲しい。

 

「じゃあ……もっと良い動画撮れるようにあたしが際どい囮やる?」

「だからそれはダメだって」


 寧々さんに危ないことはさせたくない。名刺を受け取らせに行かせたことすら危ういことだった。アレ以上はダメだ。危険過ぎる。


「じゃあ……あいつの粘着行為を地道に張り込んで、下手を打つのを待つ感じ?」

「無難なやり方はそれだな……でも長期戦になりそうなのがネックだ」


 長期戦になればなるほど寧々さんが気分を害される時間も続くことになる。

 それはそれで当然避けたいわけだ。


「じゃあ……たとえばだけどさ」


 寧々さんがふと、


「他に被害受けてる人って居ないんかな?」


 と言った。


「え」

「あたし以外にあいつから被害受けてる人が居たら、あたしと一緒に被害者の会結成してさ、警察でもいいし、あいつの会社でもいいけど、みんなで被害訴えたらあいつを天誅てんちゅう出来るんじゃない?」

「なるほど……一斉告発ってことか」


 それは確かに有効な手段かもしれない。被害者が徒党を組めばそれだけ加害者の悪質さが浮き彫りとなるわけで、加害者への対処に力を貸してくれる組織や人が生まれやすい、っていうのは道理だろう。


「でもそれをやる上で問題なのは、当然だけど『被害者仲間が居ないと話にならない』って点だよ」

「だよね……あたしみたいな子が他に居るのかどうかさぐるのってかなり大変そう」

「まぁでも、同じ被害って部分にこだわらなきゃ案外イケるかもしれない」


 あいつが加害者、って部分だけが一致していれば、それで問題なく被害者同士の徒党は組めるはずだ。むしろ色んな容疑がある方が悪質さを訴えやすいと思う。


「あいつは編集者なんだし、ひょっとしたらパワハラされてる漫画家が居るかもな」


 編集者の裁量はデカいと聞いたことがある。

 連載会議に回す回さないを始め、あらゆる決定権は担当編集にあるはずだ。

 もちろん売れている漫画家なら漫画家側の権力の方が強いだろう。

 でも売れていなかったり、駆け出しの漫画家は担当編集に頭が上がらないはずだ。

 だからこそ、編集側が良い気になって説教したり、俺の言うこと聞かないと連載会議に回さないよ? 的な圧を掛けることもあるかもしれない。


「若い女子に粘着するくらい常識のないヤツなんだから、その手の被害を被ってる漫画家が居てもおかしくないと思うんだよ」

「なるほどね……でもさ、どうやってパワハラされてる漫画家を探せばいいの?」

「羽海だよ」

「……へ? と、時任ときとうさん?」

「ああ。……ここだけの話、あいつ漫画家目指してるヤツでさ」

「え……そうなの?」

「そう。だからあいつ、飯島の出版社に原稿の持ち込みをしてたことがあるんだ」


 今年の春休みに確か持ち込んでいたはずだ。

 それは良い結果に結び付くことはなかったって話だが、持ち込みの対応をしてくれた女性編集者との繋がりを得て、今もプライベートでは交流があるらしい。


「そのツテで情報をさぐれるかもしれない」

「おー、なんかすごいじゃん!」

「明日、羽海に話を持ちかけてみるよ。それが突破口になるかどうかは分からないし、寧々さんもひとまずはまだ気を付けて過ごすようにな?」

「おけ!」


 そんなこんなで、羽海を頼ってみることになった。

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