第29話 待ち伏せ
「お、君は確か……マチダちゃんの彼氏だったか?」
「……いや、彼氏じゃないです」
羽海と別れたあと、出待ちリーマンの人相を知るために僕は寧々さんのバイト先までやってきた。そしたら、軒先でメニュー看板を調整中のダンディーな白人おじさんに話しかけられてしまっている。
以前訪れたときに、一応この人の顔は見ている。厨房で指示を出したりしていたので、恐らくは……、
「えっと……店長さんですか?」
「店長って響きにゃ格好良さがないな。オーナーシェフと呼んでくれ」
そう言ってメニュー看板の調整を終わらせたその人は、
「バルトロ=カトゥーロ。オレの名前ね」
と名乗ってくださった。
カトゥーロさんか……日本語バリバリだけれど、ハーフとかではなさそうだ。発音に独特の訛りがある。イタリアからこっちに来た人なのかもしれない。
「今日のオススメはナスのアラビアータだ。早速どうだい?」
「あ、えっと……その前にひとつ、相談させてもらってもいいですか?」
「マチダちゃん関連? 別にウチの店は恋愛自由だから付き合うなら勝手にしてくれていいよ。あぁでも、まだ大学生なんだから避妊はしっかりと頼むぜ?w」
「い、いやそういうことじゃなくて……寧々さんには最近、出待ちの客が居る、って聞いているので、ちょっと気になりまして」
「出待ちの客……?」
カトゥーロさんはキョトンとした表情を浮かべている。
……もしかして寧々さん、相談してないのか。
「……出待ちの客ってのは、なんだい?」
「あ、えっと……寧々さんが言うには、客のリーマンの1人が寧々さんのシフトが終わるのを外で待ったりしているそうで……」
「本当かい? かぁ~、なんてこった……そいつは知らなんだなぁ」
「やっぱり知らなかったんですか……寧々さん、一番言うべき人に言わないで抱え込んじゃダメじゃないか」
「まぁ、オレはマチダちゃんからすれば手厳しい師みたいなもんだから、そういうのは言いづらいのかもしれない」
カトゥーロさんは後ろ頭を掻きながらそう言った。
「逆に君は、それを相談されるくらいマチダちゃんから信頼されてるってことかい。何くんだっけ?」
「あ、白木です」
「シラキくん。じゃあ君は現状、具体的には何をしに?」
「そのリーマンの人相をチェックしに来ました。その人ってもう来てますかね?」
「どうだろう。その話は今聞いたばかりなわけで、誰のことなのか分からんね。贔屓にしてくれてる客の誰かっぽいのがイタいところかな……それはそうと、今は18時からのディナー開店に向けて1時間の仕込み休憩中だから、客はゼロだ」
「あ、そうなんですか」
「でもだからこそ、マチダちゃんから話を聞けるタイミングでもある。君も中に入ってくれ」
「あ、はい、じゃあお邪魔します……」
そんなこんなで、僕はカトゥーロさんと一緒に店内へ。
「おーいマチダちゃん」
「はいっ、なんですか店長……って、壮介?」
厨房の奥から顔を出した白いコックコート姿の寧々さんが、僕を見て驚いている。まぁアポなしだからな。
「……え? どうしたの壮介?」
「いやほら、出待ちリーマンの顔を確認しに来たんだよ一応」
「マチダちゃん、オレにもそれ、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
カトゥーロさんがそう告げると、寧々さんは少し気まずそうに目を伏せていた。
「すみません……お店の迷惑になるんじゃないか、とか考えちゃって」
「なるわけないって。大事な従業員のことなんだからさ、むしろ黙って1人で苦しまれて辞められちゃう方が迷惑だ。マチダちゃんに辞められちゃったら、一気にむさ苦しくなっちゃうんだぜ、ここ」
ちょ、店長酷いっすよー、などと厨房の男従業員たちが嘆き出している。もちろん笑いながらだ。職場の雰囲気自体は悪くなさそうでひと安心する。
「マチダちゃん、とりあえずその出待ちリーマンってヤツが今日も来たら教えてくれるかい? シラキくんだけじゃなくて、店側としても出来ることはやるからさ」
「あ、はい……ありがとうございます、店長」
良い職場だ。
これでとりあえず寧々さんの味方は一気に増えたな。
「万引きGメンみたいな感じで僕もリーマンの観察に協力したいんですけど、客として長居させてもらってもいいですか?」
「あぁ、別にいいよシラキくん。ただし居座るにあたって、なんか一品でも頼んでくれるとありがたいかな」
とのことだったので、
「あ、じゃあ……ナスのアラビアータで」
と告げたのである。
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