第28話 過去を振り返りつつ

「――じゃあ町田さんは軽いストーカー被害に遭っている感じなの?」

「まだストーカーってほどじゃなくて、あくまで言い寄られている程度らしい」


 寧々さんの困り事を知ったその日の夕方、僕は大学付近の喫茶店で羽海とお茶をしていた。ただの休息中ではなくて、羽海からエロ漫画のネームを渡されて「感想もらってもいいかしら?」なんて言われたので、それを渋々と引き受けているところだ。

 そんな中で寧々さんの話題が出たので、出待ちリーマンの話を羽海にも話してみたのが現状である。


「そういえば、お前はガチのストーカーをされていたわけだよな」


 ミスコン3連覇の高校時代、フった男子からの逆恨みで割と笑えないストーカー被害に遭っていたのが羽海だ。最終的には僕がストーカーの証拠を集めたりしてその男子を追い詰め、正攻法で奈落の底へと突き落としている。もはや懐かしい域の話になってきたが、あの頃は間違いなく色々大変だった。


「今は大丈夫か?」

「ええ、おかげさまでね。1人暮らし中のマンションはオートロックだし、心配は要らないわ……それにしても、バイト先で出待ちをされているのは怖いわね、町田さんのその話……」

「怖いよな……でもまだ確固たる被害が出てない以上、お前の時みたく警察を巻き込んだりは出来ないのが悩み所だ」

「人相くらいは確認しておいたら?」

「僕がそのリーマンの顔を、ってことか?」

「そう。今日は町田さんがバイトの日なんでしょう? だったらそのサラリーマンも店に来るんでしょうし、壮介も客に紛れて顔を出しておけばいいじゃない。そうすれば人相の確認くらいは出来るんじゃないかしら?」

「確かにそれはアリだな……」


 こっそり顔写真を撮るなりして、いざってときに責め立てるための情報を集めておくべきかもしれない。


「よし……じゃあそうしてみるよ」

「……サラッと実行を決めるあたり、壮介ってホント無駄にヒーロー気質よね」

「無駄に、で悪かったな。高校時代の手助けは、実のところウザく思っていたのか?」

「それはないわ。今のは冗談だから」

「……そうか」


 急に真面目な顔で否定されて、僕の方がなんだか臆してしまった。

 ひとまず気を取り直して、手元のアイスコーヒーをひと口啜る。

 それから卓上のネームに視線を落とした。


「……ところで、このエロ漫画のネームなんだけどさ」

「あ、ええ。どうだったかしら?」

「いや……なんか言うほど悪くないのはいいとして」

「……いいとして?」

「なんで……主人公が浮気された男子大学生なんだよ」


 絶対に僕がモチーフだろコレ。


「あら、ダメだった?」

「ダメとは言わんが、あからさま過ぎるというか……しかもヒロインの属性が『主人公の高校時代の友人』って……お前な……」

「な、何よ……何か文句でもあるのかしら?」

「文句っつーかハズいんだよ……このヒロインが主人公を慰めえっちに誘ってくる内容なんだぞ? お前よくもまあ僕らまんまの組み合わせでこんな話を恥ずかしげもなく組み立てられたもんだな……」

「み、身近にあるモノはなんだって使ってやろうという貪欲さの表れよ……良いじゃないの別に……」

 

 ……貪欲っつーか節操なし、って感じだと思う。

 まぁ、実害があるわけじゃないからこれ以上の文句はやめといてやろう……。


「にしても……お前ってこのままエロ方向に進むつもりなのか?」


 羽海は元々少年漫画が好きで漫画家を志していたはずだ。それが最近はエロ重視になってきている。こいつの描く絵は割と男好みだからエロは向いていると思うが、それでいいんだろうか。


「これはお前がやりたいことなのか?」

「やりたいことかどうかで言えば、違うかもしれないわ」

「違うんかい……」

「だけど、連載まで行き着くのが難しい少年漫画よりは、エロ方向で実績を積む方が簡単だと思うのよね。実際、エロで実績を積んで商業に上がる人って居るじゃない? 私もそういう腹積もりなのよ」


 なるほど……要するに僕が脚本家を目指す上で自分に箔を付けようとして小説の賞を獲ろうとしているのと似たようなもんか。


「……まぁ、羽海自身が納得してるなら別にいいと思うけどさ」

「納得しているから、余計な心配は無用だわ――それより今は町田さんの心配をしてあげなさいな」

「……それはごもっとも」


 そんなわけで僕はこのあと、寧々さんのバイト先に顔を出してみることになった。

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