第24話 誘い
羽海と色々あった翌日は、僕も寧々さんも午後からの講義だった。
だもんで、寧々さんお手製のフレンチトーストを朝食としていただきながら、朝の情報番組を眺めてゆったりとしている。
けれども、僕は少し落ち着かない気分でもあった――昨晩、寧々さんが来てから初めての自家発電をしてしまったせいで、寧々さんにそれがバレていたらどうしよう、というハラハラ感が続いているのだ。
仮にバレていたら恥ずかしいだけじゃなくて、せっかく仲良くなってきたその好感度が水泡に帰するかもしれないのが心配だったりする。
……真偽のほどは謎だけれど、女子は朝ヌいてきた男子のことが分かる、なんて話をたまに聞いたりするわけで――もしそれが本当なら、寧々さんは僕がヌいたことに気付いている可能性があるんだよな……。
現状の寧々さんは、僕より早く起きていたこともあって、朝食なんてとっくに食べ終えての家事中だ。今は洗濯物を干してくれている。
「あ、壮介のパンツ穴空いてんじゃん。あとで縫っとくから」
「あ、うん……助かるよ」
今のやり取りから分かるように、一応、僕への態度に変わりはない。だからヌいたことには案外気付いていない可能性がある。昨晩の風呂の順番は僕の方があとで、換気もバッチリしておいた。気付く要素がないんだから、僕の心配は杞憂に過ぎないのかもしれない。
「ふんふ~ん♪」
寧々さんは引き続き、鼻歌まじりに洗濯物を干している。僕はそんな姿にふと見とれてしまう。夏場の寧々さんはキャミソールとホットパンツがデフォの部屋着であるらしく、綺麗な肩周りやすらりとした脚が惜しげもなく晒されている。寧々さんが背を向けているタイミングでそれをチラ見してしまうのは、男の悲しいサガと言えた。
「ねえ」
やがて洗濯物を干し終えた寧々さんが、食卓まで歩み寄ってきた。
僕はチラ見していたことを悟られないように平静を装う。
「どうかした?」
「あのさ、実はちょっと言いたいことがあるんだよね……」
……はて、言いたいこと?
そう言われると、なんだかドキッとしてしまう。
チラ見に気付いていた?
それともあるいは……――ヌいたのがバレているとか……?
ハラハラして心音が加速していく中で僕は「……言いたいことって?」と先を促していた。
すると寧々さんは、
「朝にこういうハナシすんのってどうかと思うんだけどさ……」
と前置きしてから、赤らんだ表情でひと言――、
「……別にコソコソしなくていいかんね?」
と言ってきた。
だから僕は――冷や汗だらり。
これは明確に……どちらかがバレているぞ……。
チラ見か自家発電……どちらかが確実にバレていそうだ……。
「こ、コソコソ……?」
それでも僕はシラを切ろうとしたけれど、寧々さんは引き続き赤い表情のまま、
「だ、だからほら……お、おなにー的なことをさ……コソコソしてるでしょ?」
と言われ、そっちがバレていたことを察する。
ヤバい。ピンチ。オワタ。
え……ていうかなぜバレているし。
「なんとゆーか……さっきお風呂の排水口掃除してたらさ……抜け毛に白い凝固したカスみたいなのが絡まってるの見つけちゃって……実家が男所帯だから、ちょっとそういうの、分かっちゃうんだよね……」
ウソだろ……そんなバレ方ってある……?
「で……昨日までの掃除だと白いの見たことなかったから、もしかしたら壮介……あたしが来てからずっと我慢してたのかも、って思ってさ……もしそうなら、別にあたしのことなんか気にせずやってくれていいのに、って言いたくて……」
「あ、ああ……」
「ご、ごめんね……朝食中にこんな話題……」
「い、いや……こっちこそごめん……排水口掃除で汚いモノを……」
「大丈夫……今も言った通り男所帯で育ったから、慣れてるし……それと、シたいときは言ってくれれば、あたし外出たりするからさ……」
とのことで……居候の立場としてかなり気遣ってくれているようだ。
寧々さんは結構、男のシモ事情に理解があったんだな……けど、いちいち外まで行く気があるのはさすがに理解があり過ぎるというか、単純に申し訳が無さ過ぎる。
「さ、さすがに外までは行かなくていいって……」
「……そう?」
「ああ……お風呂ではこれからも、その……するかもってことだけ、分かっといてもらえたらそれで……」
「そっか……うん、あたしきちんと掃除するから、大丈夫」
それは果たして大丈夫なのかどうなのか……。
まぁでも……バレたのに寧々さんの好感度が落ちなかったのは安心したと言える。
「ちなみにさ……どういうのでヌいてんの?」
……それは予期せぬ追撃と言えた。
「へ?」
「オカズ……なに使ってんの?」
さぐるように尋ねてくるその表情は、少し照れ混じり。
僕は言葉に詰まった。
「そ……そんなの聞いてどうするんだよ……」
「んー、まぁ……参考にするかな……」
参考とは一体……。
というか、オカズなんて教えられるわけがないだろう。
羽海でヌいたことも、普段は素人モノが好きなことも、言えるわけがないのだ。
「じゃあちなみにさ……あたしってイケる?」
「は?」
「……あたしはオカズに出来る?」
――なんでそんなこと聞いてくるんだこの人……。
「一応さ……悪い見た目ではないと思うんだよね、あたし……胸もまぁ、結構ある方だと思うし……」
そう言ってキャミソールの胸元から覗く谷間を、わざとらしく寄せ上げて僕に見せ付けてくる寧々さん……。タッパは羽海の勝ちでも、胸は寧々さんの方が大きい。羽海の胸と違ってまだ全容が分かっていないミステリアスさも合わさって、すごく卑猥なモノに見えてしまう。ゴクリと喉が鳴った。
「……どう?」
「ど、どうって……え、えろいと思うけど……」
「けど、凛音とヤることヤってたんだろうし……こんなんじゃ刺激としてはうっすいよね多分……」
そう言って洗濯カゴを戻しに脱衣所へと移動し始めた寧々さんは、
「あのさ……今晩、迷惑じゃなければ一緒にお風呂入ろうよ……」
と言ってきた。
僕はもちろん驚いた。
「ま、待て待てそれは何目的だよ……僕は別に居候に対するいやらしい恩義とかは望んでないからな?」
「別にいやらしいことが目的じゃなくてさ……単純に背中流すくらい、させて欲しいんだよね……日頃お世話になってるわけだし、お礼がてらに……」
とのことで。
今夜は何やら……タダでは済まなさそうな予感がしてしまった。
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