第23話 ホテル 2
僕はラブホに何度か行ったことがある。相手は全員同じで、言うに及ばず初彼女の凛音が、僕のラブホ童貞と、童貞そのものを、奪ってくれた――今にして思えば、捧げる相手を間違っていたと言える。
でも童貞なんて後生大事に守っていてもしょうがないので、あいつに童貞を捧げてしまったのは黒歴史ではありつつ、それはそれで良かったと思っている部分もある。
ともあれ――
「……まさかお前とラブホに来ることになるとはな」
大学から数駅離れた駅の傍。路地裏のラブホ通りで適当なホテルを選んで、僕と羽海は早速「休憩」で部屋へと上がり込んでいた。
「ラブホって……こういう感じなのね」
羽海はそんな呟きと共にスマホのカメラを起動し、資料集めのために早くも撮影を開始している。世界遺産の観光中かってくらいに、熱心な眼差しをして。
片や僕は近くのソファーに座って、リュックからノートPCを取り出した。
「……じゃあ僕は執筆しとくから、好きなだけ撮影どうぞってことで」
「何よ、ムードがないわね」
羽海がこちらを振り返ってムッとしていた。
……ムード?
「私は別に室内の撮影だけ、したいわけじゃないわ」
「じゃあ……他に何がしたいんだよ」
「まぁだから……形だけでいいから、大人なラブコメ漫画の執筆資料として、私とベッドでいちゃついて欲しい、ということよ」
「………………マジで言ってんのか?」
「じょ、冗談で言うわけないでしょう、こんなこと……」
羽海は照れ臭そうに長い黒髪のひと房を指でくるくるしている。
「せっかく来たんだから……やれることはやっておきたいのよ。形だけでも……」
「……形だけでも……?」
「そう、あくまで形だけ……でもやれるところまでやってみたい気持ちが、あったりもするわ……」
そう言って羽海はひとまずの撮影を継続していた。
やれるところまでやるというのは……一体どこまでを指しているのだろうか。
羽海と触れ合うのは、正直恐れ多い。
身近に居た羽海じゃなくて、大学で出会った凛音に僕が飛び付いてしまったのは、羽海という女子の高すぎる価値を知って敬遠中だからに他ならない。羽海はただ美人なだけじゃなくて、家柄も悪くないのだ。ちょっとした財閥の娘だ。僕のような冴えない凡人の手で、汚していい女子じゃない。
……でも一方で、汚したい気持ちが微塵もないと言ったらウソになる。高校時代、羽海の悩み事の手助けをしていたのは、純粋な人助けの気持ちもあれば、ちょっとした下心もあったのは確かだからだ。
「じゃあ私……シャワーを浴びてくるわね」
やがて羽海が撮影を一旦切り上げていた。
シャワーを浴びてくるらしい。
……浴びてどうするのか。
形だけの戯れは一体どこまでの想定なのか。
僕には何も教えてくれないまま、羽海が脱衣所へと移動していく。
こうなると僕は、気晴らしの執筆作業なんて手に付かなくなった。
木霊し始めるシャワーの音。
初めてラブホに来て凛音のシャワーを待つあいだの、とてつもない高揚感と緊張感が蘇ってくるようだった。
「……次、壮介も浴びてきたら?」
やがてベッドルームに戻ってきた羽海はバスローブ姿で、僕は図らずも目を奪われてしまった。髪は濡れていないが、垣間見える胸元などがしっとりと火照っている。腰元の紐は緩く結ばれているだけで、綺麗な脚がチラチラと隙間から顔を覗かせている。あまりにも蠱惑的で、目のやり場に困った。
「お、お前……何が目的なんだよその格好……」
「何って……だから資料集めのために形だけ、ちょっと戯れたいだけよ……」
「ほ、ほんとに形だけなんだよな……?」
「そうだって言っているじゃない……シャワーを浴びたり、こういう格好をしているのは、あくまで雰囲気を知るため……ていうか何をそんなに動揺しているのかしら? 童貞みたい」
「ど、童貞じゃねーし……」
「なら童貞じゃない男子の余裕を見せて欲しいものね?」
羽海は不遜げにそう言った。
「雰囲気を知るためとはいえ、実際にシャワーを浴びてこういう格好を晒している意図は……童貞じゃないなら分かって当然なんじゃないかしら?」
……煽りよる。
こっちの気も知らんで好き勝手に言ってくれるヤツだ……。
「……じゃあ後悔するなよ?」
売り言葉に買い言葉。
僕は怒っているわけではないが、ある種の開き直りの境地に至っていた。
自宅に寧々さんが居る唯一のデメリットとして、自家発電がやりにくいというのがあって、僕は最近溜まりに溜まっている。別にここで発散したいわけじゃないが、オカズのひとつやふたつ、羽海もそう言っているんだし貰ってもいいかと思った。
正面に突っ立ったままの羽海の手を引いて、ベッドに横たわらせた。抵抗はなかった。好きにして、ということらしい。だったら遠慮は要らないだろう。直後にはバスローブをはだけさせ、羽海の胸を表にまろび出させた。
「や……」
恥ずかしそうに小さく可愛い声を漏らす羽海の胸は、やはり豊かで綺麗だった。色も形も完璧で、男の興奮を煽るふたつの豊満な丘だ。そっと手を這わせてみれば、最高に柔らかくてしっとりと触り心地がいい。この感触を知っている男は僕だけなんだろうから、優越感みたいモノも湧き上がってくる。
「い……いきなり来たわね……」
羽海が恥ずかしそうに目を逸らしてそう言った。
「……煽ってきたのはそっちだろ?」
「そうね……だから別に、もちろん文句はないわ……だけど」
「だけど?」
「あ、あなたも脱ぎなさい……私だけ晒すのは不公平よ」
とのことだった。
「資料として男の裸体を知りたいのもあるし……いいでしょう?」
そう言ってシャツのボタンに指を這わされる。ここで僕も脱いだら歯止めが利かなくなりそうで怖かったけれど、理性を総動員すれば耐えられるだろうと考えて、僕は大人しく脱がされるに至った。
「わぁ……」
すると案の定、羽海が息を呑んで食い入るように眺めてくるのが恥ずかしい……。
「意外と……たくましい身体をしているのね」
「意外と、は余計だよ……」
「ちなみに……町田さんに裸を晒したことはある?」
「な、ないよ……ていうかなんで寧々さんがいきなり出てくるんだ……」
「あ、下の名前で呼ぶようになっているのね……?」
「なんだよ……悪いのかよ」
「別に悪くはないけど……ばか」
「……ばかってなんだよ」
「ふん……とにかく撮らせてもらうから」
「と、撮る?」
「……資料なんだから、当然でしょう?」
そう言ってスマホを向けられる。マジかよ、と思ったけれど、このあと僕も撮る機会をもらえたので……まぁ文句はなかった。
さすがにそれ以上のことはせずに――羽海は物欲しそうにしていたけれど僕が歯止めをかけた――やがて休憩時間の終わりが来て、僕らは別れることになった。
「撮った画像、誰にも見せちゃダメだからね? あんなところまで撮って……」
ラブホの外に出たところで釘を刺される。それはお互い様だろ、と思いながら頷いて、僕はその後帰宅した。
そしてこの日は風呂にスマホを持ち込んで、寧々さんが来てからはやらずにいた風呂での自家発電をしてしまった。自己嫌悪が湧き上がってくるけれど、男としてこればかりは……どうしようもないことだった。
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