第21話 セクシーじゃなくて
「えーっと、水着ショップのテナントはこっちっぽいね。ほら壮介、早く早く」
週末。僕は都内のショッピングモールを訪れていた。約束通り、寧々さんと一緒に水着を選びに来たわけである。
「水着、ほんとに僕が選んでいいのか?」
「ここまで来ておいて何ひよってんのさ。いいって言ってるじゃん」
僕を先導するかのように一歩先を歩く本日の寧々さんは、ウルフカットの黒髪を短いポニテにまとめている。うなじが丸見えで涼やかだ。服装は、上が黒無地のホルターネックで、肩周りが肩甲骨くらいまで大胆に見えている。下はデニムのショートパンツであって、こちらもやはり剥き出しの太ももが目に眩しい。
「とにかく壮介は壮介の視点で水着選んでくれれば大丈夫」
「分かったよ」
「それよりほら、着いたから入るよ」
到着した水着ショップは、女性ものオンリーのテナントだった。華やかだけれど、男の僕には入りづらさMAX。まぁ、ランジェリーショップじゃないだけマシだろうか。僕は意を決して入店する。
「さ、どれにする?」
「……って言われても、選択肢が豊富過ぎるんだが」
このお店、女性用水着と聞いて想像出来るデザインが大体揃っていた。
鬼のような品揃えだ。さすがに僕の一存では絞りきれない。
「せめてアレだな……寧々さんがある程度独断で絞ってくれないか? 羽海が下着の好みを聞いてくるときも、まずあいつの独断で2点か3点まで絞ってくるからさ」
「そうなんだ……じゃあ分かった。絞ってみるから」
そう言って寧々さんは店内をうろつき始めた。
そんな品定めの時間は小一時間ほど続いただろうか。
「よし……じゃあこれと、これと、これにする」
やがて寧々さんが僕に提示してきたのは――黒いワンピースデザインの水着と、黒いフリルデザインの水着と、黒いビキニデザインの水着、の計3点だった。
「黒ばっかりだな……」
「な、何さ。黒が好きなんだからしょうがないじゃん」
「まぁ……今着てるホルターネックも黒だし、持ってる下着も黒が多めだもんな」
日頃から洗濯物を見ている影響で、寧々さんの好きな色やファッションは大体分かってしまった感じだ。
「ちょ……洗濯物ジロジロ見てるわけ?」
――マズい……。
寧々さんの眼差しがジトっとしたモノに変貌している。
僕は咄嗟に、
「ね、寧々さんのことを色々知りたいからね……」
と、我ながらキモい理由を口走ってしまった。
これは火に油、どころかコーラにメントスかもしれない。
と思いきや――
「――ふ、ふぅん……まあ良いけどね……」
え? 良いんだ……。
「……それよりほら、早く3つの中から選んでよ」
とのことで、洗濯物チラ見の罪は無罪放免で釈放らしい。
やったぜ、って感じだけれど、寧々さんはもう少し僕をキツく叱り付けてもバチは当たらないと思うんだよな。
でも僕としては無駄に怒られたくないので、そういうことなら早速、気を取り直して選択に取りかかろうと思う。
さて……どれがいいだろうか。
黒いワンピースデザイン、黒いフリルデザイン、黒いビキニデザイン。
率直な男心としては、布面積の少ないビキニが一番良い。それは絶対だ。
でもたとえば――寧々さんがそれを着て女友達と海やプールに出かけた場合、有象無象の男どもが寧々さんのビキニ姿を拝めることになってしまう。それは良くない。別に寧々さんは僕の彼女でもなんでもないけれど、それでも僕の選択が周囲の男どものプラスに働くのはなんか癪だ。
じゃあ残る選択肢はワンピースかフリル。どちらもエロスはない。なら優先すべきは可愛らしさだろう――この二択であれば、その点については迷う必要がない。
「――フリルデザインがいいよ」
僕はそう告げた。
「あ、フリルがいいんだ?」
「まぁ、色々考えた結果としてな……寧々さんの雰囲気にも合いそうだしさ」
寧々さんは雰囲気が大人っぽいものの、背がそんなに高くないし猫目だし丸顔だしで、綺麗系というよりは可愛い系だ。多分、この中ならフリルが一番似合うと思う。
「じゃあ……試着してみるね」
フリルデザイン以外のモノをハンガーラックに戻して、寧々さんが試着室に移動していく。僕は一応そのあとを追って、試着室の前で待機。それから数分後――
「ねえ……見たい?」
試着室のドアを半開きにして、寧々さんが恥ずかしそうに顔だけ出してきた。
見たいかどうかで言えば、そりゃ見たい。
なので頷くと、「……似合ってなくても笑わないでね」と予防線を張りながら、試着室のドアが直後に開けられた。
「――っ」
そして、僕は息を呑むことになった。
「ど、どうかな……?」
照れた表情で下を向きながら、目線だけ僕に寄越す寧々さん。そんな彼女の格好は、言うに及ばずフリルデザインの黒い水着を着用した状態だった。試着ゆえに下着の上に着用中なので、きちんと素肌に着用した場合とは若干違う部分があるかもしれないけれど、パッと見た感じは問題なく似合っている。
谷間が見えないトップスはフリルで装飾され、ボトムスもVラインがまったく見えない布面積の多さで、余計な露出がない分だけ純粋に寧々さんの可愛らしさが全面に押し出されて見える。
唯一の露出と言えば――お腹。きゅっと引き締まったくびれと、形の良いおへそに、僕の視線が吸い込まれていく。
「あ、あんま見んなし……」
腹部への視線を感じ取ったのか、咄嗟におへそを手で覆い隠す寧々さん。そんな姿にちょっとしたエロスを感じる。やっぱり女の子には恥じらいが大事なんだな、って思った。
「それより……どうなん?」
「どうなんって……感想?」
「そ、それしかないじゃん……」
「だ、だよな……問題なく可愛いよ。お世辞とかじゃなくて、本当に似合ってると思う」
「そ、そっか……」
寧々さんは照れ臭そうにうつむいて、
「じゃあ壮介がそう言うなら……これにしとこうかな」
と小さく微笑みながら、購入を決めたようだった。
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