第20話 しょうがないから付き添おう
「……バカ娘が本当に失礼しました」
「どうか示談に応じていただけないでしょうか……?」
翌日。僕はとあるレストランの個室に呼び出されていた。
というのも、凛音の両親との示談交渉に応じるためである。
弁護士越しに何度かやり取りをしていて、きちんと会うのは今回が初めてだ。
まともそうに見える。
育ちが悪い子供を見るとすぐ「親の育て方ガー」と言い出されるけれど、結局子供自身の性根がまともじゃないなら、親にやれることなんて限界があるよな、となんとなく思った。
「まぁ僕としては、弁護士を通じてお話をしている通り別に示談で構いません。これ以上の面倒は懲り懲りですし、それはそちらも同じことと思います」
「はい、その通りです……」
「諸々込みの示談金をいただければ、それで結構です。あとはまぁ、凛音の面倒をきちんと見てください、ってところでしょうか。大学除籍で路頭に迷うでしょうから、それを放任するのは親としてどうかと思います」
「もちろんです……あの子は地元に連れて帰ります。都会で放って置いたらまた何をしでかすか分かったもんじゃないですから……」
そんなやり取りのあと、色んな書面に判を押したりした。それらが受理されれば示談成立である。あとは同席していた向こうの弁護士にお任せして、僕はレストランから立ち去った。
これで今度こそ、凛音関連の事象は手打ち、だろうか。気分としては、どこか晴れやかだった。
さて、時刻は昼過ぎ。今日は示談交渉に応じるために大学を休んでいる。頑張れば午後の講義に出られそうだが、面倒だからこのまま帰ることにした。
帰宅したあとはノートPCを立ち上げる。脚本家になるために、僕は小説で結果を出して箔を付けておきたいと考えている。そのためのプロットがやっと完成したので、処女作の執筆を開始だ。ウェブに載せるかどうかは、ひとまず書き上げてから考えようと思う。どこの公募に応募するかの検討も含めて。
文章を書くのは思いのほか疲労が溜まりやすく、たまに立ち上がってストレッチを挟みながら、僕は孤独な作業を続けていく。
【ねえ、どっちが似合うか聞いてもいい?】
やがて夕方に差し掛かった頃、羽海からいきなりLINEが届いた。
直後にはふたつの画像も送られてきて、僕は呆れと高揚感に包まれてしまう。
というのも、黒い下着と紺の下着、それぞれの試着自撮り画像だったからである。
……こいつは定期的にオカズ画像の提供、もとい下着購入時の選択を僕に委ねてくることがある。どっかの試着室からの連絡だ。これは高校のときからそうで『こんなことして何が目的なんだ?』と尋ねたことがあるものの、
『単に壮介の意見が聞きたいだけよ』
の一点張り。
僕としては――「なぜ僕の意見が聞きたいのか」という部分を深掘りしたいわけだが、そこはぼかされ続けている形だ。
【どっちがいい?】
と再び問われる。
正直どっちでもいい。投げやりな意味でどっちでもいいんじゃなくて、どっちでも完璧だからどっちでもいい。でもどっちでもいいって答えると怒るんだよなこいつ。だから、
【黒】
と返事を送ったところ、
【えっち】
と返されて理不尽な気分に陥った。えっちなのはお前だ。そう考えながら引き続き執筆作業に取り組んでいく。
「――ごめん、閉店までシフト入ってたから遅くなっちゃった!」
そしてやがて、寧々さんが慌てた素振りで帰ってきたことに気付く。時計を見やれば……あぁ、もう22時を回っている。気付かなかった。集中していたからだ。
「ご飯って、まだだよね?」
「あぁ、まだだよ。昼過ぎに帰ってからずっと執筆していたし」
「集中力すご……てか言っとくけどさ、遅いときは先になんかテキトーに食べてていいからね?」
「でも待っておけば寧々さんの美味しい料理を食べられるんだろ?」
そう言い返すと、寧々さんは照れ臭そうに目を逸らし始める。
「そ、そうだけどさ……でも空腹のまま我慢させちゃうのは申し訳ないし……」
「寧々さんのご飯を食べられるなら幾らでも待てるよ」
「――っ、そ、そっか……じゃあとりあえず今すぐ作るから待ってて……」
寧々さんは照れを維持したまま個室に向かい、部屋着のキャミソールとホットパンツに着替えてからリビングに戻ってくると、冷蔵庫から食材を取り出し始める。
「そういえば……今日って時任さんは来たの?」
今日の夕飯はサクッと作れるパスタのようで、大鍋に水を入れてIHコンロの上に置いていた。一方でソース作りも並行している寧々さんがそう尋ねてきたので僕は、
「今日は来てないよ」
と言った。
「毎日ひっそり呼んでたとかじゃないんだ?」
「違う違う」
「じゃあ実際んとこ……時任さんと壮介の距離感ってどんなモンなん?」
「どんなモンって……まぁ、昨日も言った通り普通の友達だけど」
「……えっちしたこととかはないの?」
「ないよ」
「じゃあ……デートとかもないわけ?」
「遊びに行った程度ならあるよ……でもデートかって言えば、疑問符が付くけどな」
「じゃあ卑しいことはまったくしてないってこと?」
「まぁ、せいぜいたまに下着を選ばされるくらいかな……」
「そ、それは結構アレなことじゃん……」
こちらを振り返り、寧々さんはムッとし始めていた。
「時任さんにそういうこと出来るなら……あたしにもそういうこと出来る?」
「え」
「……あたしにも選んでよ」
なぜか張り合うようにそう言ってくる。
「あたしの場合、下着っていうか、水着を選んで欲しいって感じだけど……」
「……水着?」
「もうすぐ夏休みじゃん? だから着る機会もあるかもしんないし……週末、迷惑じゃなければ水着買いに行くのに付き添ってもらうのって無理?」
「それは……女友達とでも買いに行けばいいんじゃないか?」
「男の好みに合わせたいから……」
とのことで……そうなると確かに僕の出番、なのだろうか……?
でも男の好みに合わせたいだけならやっぱり別に僕じゃなくて良さそうなもんだが……まぁでも、他の男に取って代わられるくらいなら僕でいいか。
「分かったよ……じゃあ、付き添うことにするから」
「うん……ありがと」
そんなこんなで、週末に水着を買いに行くことになった。
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