第19話 時代違いの友 2
「――うんま! 何よこれ!」
結論から言えば……即落ちだった。
町田さんが腕によりをかけて作ったカルボナーラとバーニャカウダをひと口ずつ食べた瞬間、羽海は目を見開いて町田さんに惚れ惚れとした眼差しを向け始めたのだから。
「お……美味し過ぎない? なんなのあなた? プロ?」
「まぁ、イタ飯屋でバイトしてますけど何か?」
「それと、町田さんはそもそも料理が趣味な上にシェフ目指してる人だし」
「わ、私は負け戦にむざむざ特攻していたということなのね……」
羽海は落胆しつつも、カルボナーラとバーニャカウダを味わうたびに「旨すぎるわ……」と舌を唸らせていた。
「ふふん、これであたしが白木に悪影響を与える女じゃない、って分かったでしょ?」
僕の隣で食事を進めながら、町田さんは得意げに胸を張っていた。
「むしろこうして日々美味しい食事を提供して良い影響を与えてんだよね。時任さんの方こそ、自分が白木に悪影響を与えてない存在だって証明しろ、って言われて出来るわけ?」
「私は、そうね……物的な証拠は提示出来ないけれど、壮介が大学で浮気相手から悪い噂を流されたときに、それを相殺するために正しい情報を流す協力をしていたわ」
「町田さん、僕が断言するよ。それは本当のことだ」
羽海の一助としてそう補足すると、
「そっか……じゃあ信用しても良さそうだね」
と、町田さんはひと息吐き出していた。
それから、
「……けどさ、時任さんってほんとにただの友達なん?」
「ええ、まあ……ただの友達だけれど、それが?」
「……白木のこと狙ってない?」
「――ぶふぉっ!!」
……羽海がバーニャカウダを吹き出しそうになっていた。
なんでその質問に動揺してんだか……。
「ね、狙ってないわよ別に……」
「……ほんとに?」
「あ、当たり前でしょう……私は高校時代の恩が色々とあるから、そのお返しを今もしているだけであって……べ、別に壮介に気があるとかそういう話ではないわ……そ、それより……そういうあなたこそどうなのよ?」
「あ、あたし?」
「そうよ……ひとつ屋根の下で暮らしていて、変な思いを抱いたりはしないのかしら?」
「し、しないし……」
……なんだこの会話。
つーか2人とも僕に脈無しなのが地味に傷付く……。
「そうなのね……下着とかは普通に干しているみたいだけれど、なんとも思ってない相手だから見られても平気だということ?」
「そ、そこはまぁ、居候として割り切ってる感じであって……恥ずかしいのは恥ずかしいかな……」
「なるほどね……」
その後もなんだか変な話題を続けられてしまい、僕はメシを食っているだけなのに無駄に疲弊した気分となった。
◇
「とりあえず、町田さんに関しては安心出来たわ。良い人じゃない」
やがて夕飯の時間を終えると、羽海が帰ることになった。僕はそんな羽海を駅まで送ることにしたので、夜道を共に歩いている。町田さんは留守番中だ。
「少し話しただけではあるけれど、信用していい人だと思ったわ。ご飯もすごく美味しかったから」
「だから言ったろ? 心配しなくていいって」
「……お節介だった?」
「いや、心配してくれたこと自体はありがたいよ」
確かにお節介とも言えるんだろうが、それはそれとして嬉しいのは否定出来ない。羽海みたいな美人に心配されれば尚更と言える。
「でもさ、僕のことばかり気にしすぎるなよ? 悪評へのカウンター情報を流すのだって、自分の時間を結構削ってやってただろ?」
「別にいいじゃない。私が誰にどう時間を使おうかなんて、そんなの勝手にさせてちょうだいよ。壮介にそれを縛る権利はないわ」
「それはまぁ、そうだが……」
「それより」
そう言って一歩二歩と前方に抜け出した羽海は――
「――ここまででいいわ」
と、長い黒髪をなびかせながら振り返ってきた。
「人通り多いし、わざわざ律儀に送ってもらわなくても平気よ。でも気持ちは嬉しいわ。ありがとう」
「ああ。じゃあここまでにしとくけど、気を付けてな」
「ええ。それと」
「何か?」
「壮介がフリーになってくれて、私、実のところホッとしているわ」
「え?」
「なんてね。それじゃ」
そう言って手をひらひらと振りながら、羽海はヒールサンダルの足音を響かせて立ち去っていった。
……なんで僕がフリーになって、お前がホッとしてんだか。まぁ……僕から疫病神が離れて安心した、ってことだろうか。多分、そうだよな……。
「――あれ、駅まで送った割には早くない?」
それから部屋に戻ると、町田さんが皿洗いを終わらせていた。
「途中で帰ってきたんだよ。そこまででいい、って言われたから」
「あぁそーなんだ。……にしても、綺麗な子だったね」
町田さんはソファーに腰掛けながらそう言った。羽海を見ての感想は、やっぱり女子からしてもそうなるよな。だからやっかみにあったりするわけで。
「あのさ、なんで白木ってあんな美人と友達なのに凛音なんかと付き合うことにしたわけ? センスおかしくない?」
「センスの狂いを否定出来ないのが悲しいよ……まぁでも、羽海はあくまで友達だからさ」
「……異性としては見てないってこと?」
「いや、魅力はあるけどありすぎるっていうか……僕には恐れ多いな、と」
羽海が彼女になったら一体どれほどの男子を敵に回すんだろうか。想像するだけでおぞましい。あいつは綺麗過ぎるんだよ。文字通りの高嶺の花で、僕が触れるには高いところに生えすぎている。
「……そもそも羽海が僕のことをそういう目では見てないわけでな、付き合うもくそもないんだよ」
「そうかなぁ」
釈然としない表情で首を傾げた町田さんは、それからふと別の感情に駆られたかのように唇を尖らせ、
「あ、そういえばさ……あたしのこともぼちぼち下の名前で呼んでくれない?」
と言った。
「え」
「時任さんのことは羽海羽海って連呼してるくせに、なんであたしのことは寧々じゃないわけ?」
「……よ、呼んでいいのか?」
「いいよ別に……なんか今のままだと距離感じちゃって寂しいしさ」
とのことで……そうか、確かに距離を感じるよな。
であれば、まぁ、呼んでみようか。
なんか無駄に緊張してきたけれど、落ち着いて、平常心で――
「えっと、じゃあ……寧々さん、でいい?」
「うん……おっけー」
目線を逸らしながら、町田さん改め寧々さんは頬を赤らめていた。いざ下の名前で呼ばれたら照れ臭いようだ。なら呼ばせなきゃいいのに、とは思いつつ、そんなところも可愛らしいと思う。
「ちなみにさ……あたしも下の名前で呼んでみてもいい?」
「あぁ、別にいいけど……」
「じゃあ……そ、壮介……」
……なんだろう、ただ名前を呼ばれただけなのに、達成感じみたモノがふつふつと湧き上がってきた。
今夜はしばしのあいだ、人知れず浮かれ続けたのはここだけの話である。
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