第18話 時代違いの友 1
「あ――おかえり白木。あたしも今帰ってきたばっかで夕飯はまだ全然出来てな…………」
というのが、羽海と共に帰宅した僕に対する町田さんのリアクションだった。
僕が客人を、しかも女子を連れてくるとは思わなかったのか、町田さんは僕らを見つめてキョトンとしている。
「どうも、初めまして」
一方で羽海は、特に物怖じすることなく口を開いていた。
「私は壮介と同じ大学に通っている
「まぁ……合ってるけど……なに、この人?」
町田さんが戸惑いの眼差しを僕に向けてくる。
「まさか……新しい彼女?」
「違う」
僕は即座に否定した。
「要するに、なんと言うか……羽海は心配性でさ、僕と同居してる町田さんの人となりを知りたいらしいんだよ。羽海も凛音とのいざこざを知っているから、僕の身近に居る女子を過剰に警戒中って感じでさ」
「過剰とは何よ。何かあってからじゃ遅いって分かってる?」
羽海がムッと頬を膨らませ、まったく痛くない肘打ちを仕掛けてきた。
……確かに過剰という言い方は失礼だったか。
「まぁとにかく、羽海は僕のことを心配してくれているんだよ……だよな?」
「ええそうよ。だから同居人であるあなたの――」
羽海は町田さんに視線を移しつつ、
「――様子を見に来たということね?」
「じゃあ時任さんは……あくまで白木の友達、ってことでいいわけ?」
「そうよ。私は壮介の友達。高校時代からのね」
「へえ……高校時代からなんだ。あたしは中学時代に出会ってるけどね」
町田さんよ……なんだその謎マウントは。
「ちゅ、中学時代に出会ってるから何よ? 結局あなたは高校が違ったわけだから、壮介と一緒に過ごした時間の長さで言えばお互いにほぼ同じなんじゃないかしら?」
羽海が理詰めで返事をすると、町田さんは「同じじゃないし」と言い返す。
おいおい、なぜ張り合うんだい……?
「あたしは今こうして一緒に暮らしてるわけでさ、どう考えてもあたしの方が一緒に長く過ごしてることになるくない?」
「それを言ったら私は大学が同じなのだけれど?」
「あっそ」
「あっそとは何よ。あなたの方からマウントを取ってきたくせにそうやって捨て台詞で試合を放棄するということはマウント合戦はあなたの負けでいいわね?」
「あっそ」
「きー!!」
……や、ヤバい……小学生レベルのレスバトルで空気が最悪に……。
「ふ、2人とも落ち着けって……仲良くしろよ仲良く……」
「わ、私は仲良くしようとしているわよっ。それなのにこのまだ名前も知らない居候さんが勝手に喧嘩を売ってきただけじゃない」
「ふん、あたしが白木に悪影響を与えるんじゃないかって疑って様子を見に来たあんたの方が失礼だし、先に喧嘩売ってきたようなもんじゃん。まぁでも、白木が仲良くしろって言うなら仲良くしたげる。あたしは町田寧々。よろしく」
「え、ええよろしく町田さん」
そう言って握手をし始めた2人は、互いにゴゴゴゴ……と目に見えない不穏なオーラを出しているように見えなくもなかった。
だ、大丈夫なのかこれ……?
「――ねえ、出来れば友達連れてくるって前もって連絡が欲しかったんだけど?」
そんな握手が済んだあと、僕は町田さんから廊下に引っ張られ、苦言を呈され始めていた。
「悪い……それはそうだよな……」
「まぁここは白木の部屋だからあたしに文句言う権利なんてないんだけどさ、それでもなんかこう……ひと言連絡欲しかったっていうか」
「ご、ごめん……」
「しかもなんか……めっちゃ美人だし、白木のこと下の名前で呼んでるし……」
そう呟く町田さんは拗ねた子供のようだった。
「……ほんとにただの友達?」
「ほんとにただの友達だ……誓って変な仲じゃない」
と、彼女でもない町田さんに言い訳する必要は、別にないはずだ。
けれど、町田さんには勘違いして欲しくない気持ちがあるから、そう告げる。
すると町田さんは、
「……なら良し」
と、どこか安心したような表情でリビングへと戻っていった。
……なら良し、であるらしい。
機嫌を直してくれて良かったけれど、そもそも機嫌を乱していたのはどうしてだろうか。それを深掘りするのはきっと得策じゃない。また機嫌を損ねさせるだけな気がする。だから表向きは気にせず、僕もリビングへと戻った。
「ねえ……ご飯食べてく?」
そんな中、リビングに戻った町田さんが羽海にそう尋ねていた。
食卓の椅子に腰掛け始めている羽海は、興味深げに、
「……ご飯はあなたが作っているの?」
「そ。だからあたしが美味しいご飯を作って時任さんを黙らせてあげる」
「へえ、じゃあやってもらおうじゃない……実際、美味しいご飯を作れる人に悪人は居ないと思うから、本当に美味しかったら町田さんの認識を改めて黙ってあげるわ」
美味しいご飯を作れる人に悪人は居ない理論……本当にそうか? と首を傾げてしまうが、でも確かに美味しいご飯を作れる悪人ってあんまり思い付かない気がする。謎理論だけれど、納得感は強い。
「ふふん、じゃあ待ってて時任さん。今からあんたの舌を唸らせてあげるから」
こうして、町田さんはいつにも増して力強く腕まくりしたのである。
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