第16話 新たな足音

   ~side:凛音~


「――あんたって子は! ホントにとんでもないことをしてくれたもんね!」

「大学から除籍にするって連絡が来たぞ? どうする気だ? おい、なあ?」


 逮捕から3日が経過した。

 勾留が決定されず、一応釈放された凛音だったが、彼女にはもはや戻るべき普通の日常がなかった。


 田舎から両親が出て来て、怪我を負わせた壮介との示談交渉を行ってくれている。それ自体はありがたいことだが、今住んでいる部屋でこうして大目玉を食らっていた。


「お前のために俺と母さんは毎日せっせと働いて、親として必要な金は全部出してきて、ここの家賃や仕送り、私立のバカ高い入学費用だって払ってやったのに、その結果がこれか? お前は俺や母さんを愚弄しているのか?」


 返す言葉もなかった。

 凛音はひたすらに泣いている。


「泣きたいのはこっちよ。大学から追い払われて、どうしようもないダメ娘……」

「とりあえずお前はもう大人しくしてろよ? 警察から捜査のお願いが来たらきちんと受けること。それ以外では家から出ないこと。俺たちが示談に持って行くまでとにかく大人しく閉じこもってろ。それくらいは出来るよな?」


 吐き捨てるようにそう言われ、両親は滞在中のホテルへと戻っていった。


 凛音は泣きながら、手元のスマホを眺める。

 自業自得ながら、なんの着信も来ない現実。

 友人たちは逮捕され除籍された凛音を早々に切り捨て、何人か居た浮気相手も実名報道された凛音から面倒を避けるように離れていった。


(……終わった)


 人生に終わりがあるとすればここだ。

 しかし死ぬ勇気もない。


 恐らく凛音はこの先、夢も希望もない現実を生きていくことになる。

 それだけは確かなことだった。



   ~side:壮介~



「――ほら飲め飲め! 性悪オンナのことなんざ忘れちまえ!」

「おうよ! 元気出せよ壮介!」


 この日、僕は友人の緒方と野原に誘われ、緒方の部屋で夕方から飲んでいた。凛音のことは早速大学構内に広まり、言うなれば僕の評判は逆転大勝利となっている。

 それを祝して、という言い方は多分違うけれど、緒方と野原がこうして宅飲みに誘ってくれたのだった。


 そんな宅飲みが終わったのは午後10時過ぎ。

 僕は電車で帰路に就いて、自宅に着く頃には10時半を回っていた。


 部屋の中は真っ暗で無人だった。そう、町田さんが居ない。今日は町田さんも大学関連の飲み会があるとのことだった。互いに遅くなるという連絡を取り合っているから、余計な心配は要らない。


 いや……でも、実のところ心配ではある。どういう飲み会なのか知らないけれど、女子大生はそういう場で持ち帰られるイメージしかない。ましてや可愛い町田さんは……。


 ……町田さんは一体どういう飲み会に顔を出したんだろう? 町田さんの大学は普通に共学って話だし、だとすれば恐らく男も居るような場なんだろうか……。


 って……なんで僕はこんな心配をしているんだ。町田さんはただの同居人なんだから、そんな心配をする必要はないだろうに。

 でも気にはなっているからな……町田さんのこと。

 凛音とのことがあってすぐだし、今はまだ彼女とか作らなくていいかな、と思う気持ちがありつつも、だ。


 ――がちゃん。


 そのときだった。玄関の方で物音がしたのは。


「ただいまー。結構遅くなっちゃった」


 そう言ってリビングに町田さんが足を踏み入れてきた瞬間、僕は言うに及ばずホッとした。黒いブラウスにハイウエストスキニーデニムを合わせている町田さんは、ひと息つきながら冷蔵庫からウーロン茶を取り出してコップに注いでいる。


「お、おかえり……なんの集まりだったんだ?」


 どういう飲みの場だったのか気になって、僕はそれとなく詳細を尋ねた。

 町田さんはウーロン茶のボトルを冷蔵庫にしまいながら、


「あ、えっとね、料理サークルの集まりでさ」

「あー……」


 なるほど……料理サークルか。

 町田さんらしい集まりで改めてホッとする。

 でもなんというか……もうちょっと中身が知りたいな。


「りょ、料理サークルって言うと、属性的に男女比率は偏ってそうだけど……男子は1人も居なかったりして?」

「え、いや、むしろ女子比率高いのを狙ってチャラ男が居たりするかな」


 !? 

 ま、まぁそういう輩が出てくるよな……。


「あたしにも下心見え見えで声掛けたりしてくんのマジでウザい。なんで男ってあんな分かりやすい迫り方が出来るんだろうね?」

「ご、ごめん……」


 なんとなく謝ってしまうと、町田さんが小さく吹き出していた。


「白木に言ったわけじゃないってw」

「で、ですよね……」


 とりあえず……チャラ男に嫌悪感があるなら余計な心配は要らないか。


「あ、それよりお土産あるんだけど食べる?」


 そう言って町田さんが荷物の中から保冷剤を載せたタッパーを取り出していた。

 中身は……色んな食べ物だ。エビチリとか唐揚げとかが見えている。


「今日の集まり、キッチンスタジオみたいなところを借りてやったのね」

「あー……つまり自分たちで肴を作ったってこと?」

「そう。食べきれなかった分を持ち帰ってきたから、良かったらどーぞ、って感じ。ちなみにあたしは今から食べる」


 そう言ってタッパーの中身を皿に移してチンし始めていた。

 せっかくだから僕も食べることにして、熱々になった惣菜を――


「はい、あ~ん」


 と、食卓の椅子に隣り合って座りながら、町田さんに食べさせてもらう。左手の調子がまだ良くないからだ。ちなみに緒方たちとの飲みでは箸が要らないモノばかり食べていた。

 今あ~んされたのはエビチリだ。町田さんが作ったモノかは分からないけれど、非常に美味しい。


「ん。やっぱ作りたてよりは中の海老に味が染みてきた頃の方が美味しいかもね」


 町田さんはそう言いながら、僕に食べさせたその箸で自らもエビチリを頬張っていた。……い、いいんだろうか。いや、大学生にもなって間接キスを意識するのはキモいよな……。

 ……現に町田さんは意識してなさそうだし、さすがに過剰反応は自重しておこう。



   ~side:寧々~



 その後のお風呂の時間にて――


「……間接キス、しちゃった……」


 寧々は湯船に浸かりながら、実はめちゃくちゃ意識していることを独りごちていたのである。



   ~side:壮介~



「あら壮介。あなた私に何かお礼はないわけ?」


 一方で翌日、壮介は大学でとある黒髪ロングの美人女子に声を掛けられていた。

 彼女は時任ときとう羽海うみ

 凛音によってでっち上げられた壮介の悪評へのカウンターとして、正しい情報を女子のあいだに流してくれていた、高校時代からの友人である。

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