第14話 邂逅 後編

 これはあまりにも――因果な展開だと思った。

 町田さんの素行不良の女友達……その正体は、まさかの凛音だった。


 あのままカフェで話すのは周囲の目などがあってままならなかったので、一旦外に出て近くの公園に場所を移した。子供たちの声が無邪気に木霊する一方で、僕らは無人の東屋を陣取っている。


「――なんなのこれ……っ。なんで寧々がそんなヤツとっ――壮介なんかとっ、一緒に居るわけ……っ!?」


 人目を憚る必要がなくなった瞬間、凛音が改めて混乱と苛立ちをあらわにし始めていた。


「おかしいじゃん! もしそいつんちに居候してる女友達っていうのが寧々なんだとしたらっ、ホントに理解出来ない……っ! 寧々はそんなヤツとつるむような性格じゃないでしょっ……!!」


 懸命に、僕と町田さんの繋がりを否定しようとする凛音……。

 こいつにしてみたら、僕が町田さんと一緒に居るのは許されないことなんだろうな。


 ……2人の高校時代の在り方はよく知らない。でもこれまでの話を統合すると恐らく、凛音の方から色々と絡んでいたんだと思う。けれどそれは町田さんにしてみれば好ましいことではなくて、貞操観念がおかしい凛音と一緒に過ごすことでむしろ自分までそういう目で見られてしまうことを迷惑に思い、距離を置くようになった、って話だったはず。

 しかし凛音は町田さんのそんな気持ちを汲み取ることが出来ず、今の今までしつこく連絡を取っていた。だからこそ僕らの前に現れた今このときだって、もちろん町田さんの胸の内を完全に察してはいないんだろう。

 ゆえに――


「なんで寧々がそんなヤツと一緒にいんのよ! 答えて!! さっさと答えろ!!」


 憤りを隠しもせずに、凛音は町田さんに詰め寄っていた。

 対する町田さんは、


「そんなに怒鳴らなくても教えてあげるよ……あたしと白木はね、中学時代にクラスメイトだったの」


 そう言って僕らの関係性を説明し始めていた。


「でも仲が良かったとかじゃなくて、当時はむしろパシリにしてた」

「じゃあなんで今仲良くしてんのさ!!」

「後悔してるからっ」


 町田さんは力強くそう言ってくれた。


「だからあたしは過去と向き合って、反省して、白木とやり直してるっ。友達としてねっ」

「――ふざけないでよ……っ!!」


 凛音が声を張り上げる。納得いかなそうな表情で、身振り手振りを交えて。


「寧々はそんなキャラじゃないでしょ!! 男子に興味なんかなくてっ、飄々と自分のやりたいことやって過ごすかっこいい女の子っ! それが寧々じゃん!! それなのになんで――」

「――押し付けてこないでよっ……!!」


 痺れを切らしたかのように、今度は町田さんが声を荒げていた。

 凛音が「ひっ……」と表情をおびえさせる。


「ね、寧々……」

「あんたの理想像なんか知らない!! あたしは今だってやりたいことやってる!! あたしのこと知った気になって勝手なこと抜かしてくんな!! 白木と一緒に暮らすのはあたしが望んでることなんだよ!! それなのにそれを否定してくる凛音は何様なワケっ!?」

「あ、あたしは……」

「ずっとずっと敢えてダイレクトに言わないできたけどさ、もうこの際ハッキリ言わせてもらう――あんた正直鬱陶しいんだよっ!!」

「……っ」

「あんたみたいな男狂いと一緒に居たらこっちまで変な目で見られんの!! だから距離置いてんのになんでそれがこれっぽっちも伝わってないワケっ!?」


 町田さんの言葉は止まらない。


「しかも大学生にもなって、いやなったからこそ奔放に遊び続けてさ!! 誰とも付き合わずにセフレいっぱい居るとかなら別にどうでもいいけどっ、あんた白木と付き合ってたんでしょ!? それなのに他の男と爛れたことしてたとかサイテー以外の何物でもないじゃんっ!!」


 ……町田さんは明らかに、僕の代わりに怒ってくれていた。もちろん凛音のしつこさによるフラストレーションが爆発している部分もあるんだろうけれど、僕のことをいちいち言及してくれるのは、そういう意識があるからに違いない。

 嬉しいし、ありがたかった。


「あ、あたしは……」


 対する凛音は町田さんの勢いに気圧され、ボロボロと泣き始めていた。ようやく町田さんの本心を理解して、そこに自分にとっての希望の光がないことを認識したのかもしれない。

 

「今日凛音を呼んだのはまた仲良くやりたいとかじゃなくて、これで関係はおしまいってことを伝えるためだから!! 分かったっ!?」


 そしてにべもなく、町田さんはそう伝えていた。ぜえぜえと肩で息をするくらい、これまで言えなかったことを伝えるのに体力を使ったようで、傍目にも疲弊しているのが分かった。


 一方で凛音は、そんな決別の言葉を聞いて嗚咽を一段と強くしながら、


「ご、ごめん寧々……ごめんなさい……」


 今更のように、謝り始めていた。


「謝るから……絶交しないでよ……反省するからさ……」

「……ごめん無理。紙みたいなうっすい貞操観念がいきなり厚くなるわけないからね。大体、真っ先にあたしに謝ってんのが意味分かんないし……あたしなんかよりもよっぽど害を与えた白木がすぐ傍に居るでしょ? 普通そっちにきちんとまず謝るのが反省ってもんじゃないの?」

「ご、ごめん壮介……あたし……」


 町田さんに促されて、凛音が僕に泣きじゃくった瞳を向けてくる。


「あたし……浮気して……しかも自分のこと棚に上げて変な噂流したりして……ごめんなさい……」


 頭を下げられる。地面にぽたぽたと涙の雫が落ちていく。

 けれども、


「今更何言ってんだよ」


 僕はそう告げた。凛音が絶望したような表情で顔を上げる中、思ったことをそのまま吐き出し続ける。


「遅すぎるんだよ。浮気がバレた直後にそう言ってくれればまだ良かったのに、あのときのお前は形ばかりの謝罪で言い訳ばかりして、あまつさえ逆ギレして、僕に魅力がないのが悪いだのなんだのボロクソに言ってくれたよな?」

「そ、それは……」

「やらかしたあとの初動って大事なんだよ。今はネット社会だから分かるだろ? やらかしたあとの初動をミスると更に燃えるんだよ。お前は僕への事後対応の選択肢を全部間違え続けた」


 きっと、凛音がそれ相応の選択をしてくれていれば、今もまだ仲良くやれる道はあったと思う。でももう無理だ。浮気をやらかしたあとにきちんと謝るどころか、自分の悪事を棚に上げて僕の悪評をでっち上げて広めたのがこいつの事後対応だった。そんなヤツにはもう信頼を置くことが出来ない。どれだけ謝られたって、口だけとしか思えないのが道理だ。


「だから、僕はお前を許さないよ……別に仕返しする気もないから、僕と町田さんにはもう二度と関わらないでくれ」


 そう言ってやった。

 そう言ってやるのが、僕の答えだからだ。


 すると凛音は、その場に膝からくずおれて嗚咽を激しくしていた。……そんなになるくらいなら、どうしてもっと早くに反省することが出来なかったんだろうか。

 

 ……この手の人間は、反省するのが遅すぎる。

 手遅れになってから反省して許してもらおうというのは、虫が良すぎる話だ。

 それはひょっとしたら町田さんにも言えることかもしれないけれど、町田さんは少なくとも僕に追い打ちなんて掛けちゃいないし、パシリも軽いモノばかりだったし、むしろ僕だって寄生していたわけで、お互い様だった。

 でも凛音は浮気だけでは飽き足らず、僕を更に貶めようとしてきた。

 

 その差が大きすぎる。


 普通の人は、やらかしのあとにきちんと反省する。

 にもかかわらず凛音は、それが出来なかった。

 やらかしにやらかしを重ねたあとに謝罪されたって、そんなのは本当にもう……遅すぎるのだ。


「行こう……町田さん」

「……うん」


 僕らは失意の凛音に背を向け、立ち去ろうとする。真っ当に関わるのはこれで終わりにしたいから。

 しかし――


「……ざけんな」


 ゆらりと。

 背後で立ち上がる気配がした。

 振り返ると、凛音が自分のトートバッグからペンを取り出してその先端をこちらに向けていた。

 ――こいつ……っ。


「あたしから離れていくなら……もう寧々要らないよ……消えろ……消してやる……あたしがこの手で……っ!」


 そう言って凛音がこちらめがけて突進するかのように駆けてきた。救いようがない。そう思いながら僕は咄嗟に町田さんを庇う位置に入って凛音の突進を受け止めた。


 ――ずぶっ。

 と、鋭い痛みが迸った。


 凛音の突進を受け止めた拍子にペンが僕の手のひらを貫通していた。町田さんが悲鳴を上げる。でもそれだけで済んだからこそ、僕は一気に攻勢へと打って出ることが出来た。直後には凛音を地面に倒して抑え込み、拘束するに至った。

 

「ま、町田さんっ……通報してくれ……!」


 そう指示を出した一方で、なんだなんだと野次馬が集まり始めてくる。

 そんな中、凛音は何を言っているのか分からないダミ声で叫び続け、結局最後の最後まで反省することのない残念な存在へと成り果てているのが、僕はなんだか……無性にやるせなかった。

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