第13話 邂逅 前編

「別に付いてこなくて良かったんだけどね、時間奪って申し訳ないし」

「いや気にしなくていいよ。心配だから付いていくんだ」


 7月最初の週末を迎えている。この日一番気温が上がっているであろう昼下がりに、僕は町田さんと一緒に電車で移動中だった。色々考えた末に、町田さんの決別に同行しているという状況だ。


「心配する部分ある?」

「あるよ……今から会いに行く素行不良の女友達からは、かすかに危ない匂いがしなくもないなって思ってさ」


 縁を切りたい町田さんが敢えて連絡を疎かにしているのに、それを察することなく未だに執着してくるっていうのは……何かこう、盲信めいたモノを感じる。現実を見ずに、自らの行いを省みることすらなく、町田さんが自分の友人であると信じ続けているんだとすれば、今日これから町田さんが縁切りの言葉を発した際、どうなるか分かったもんじゃない。もちろん考え過ぎかもしれないけれど、用心するに越したことはないはずだ。


「なんで……白木はあたしの心配してくれるの?」


 町田さんが不思議そうに尋ねてくる。


「特にメリットなくない……?」

「まぁ……別に損得勘定で動いてないし」


 と言いつつ、気になっている町田さんのために動くというのは、損得勘定のひとつなのかもしれない。でも僕はとにかく、ただ、町田さんに降りかかる火の粉があったらそれを振り払いたいだけだ。そこにウソはない。


「でも僕が完全に同席するのは邪魔だろうし、離れたところで見とくよ。合流する場所ってどこなんだっけ?」

「駅前のカフェ。ていうか別に離れなくていいし。守るために来てくれたなら……近くに居てよ」


 すがるように告げられて、僕はつかの間、なんだかグッと来てしまった。今やあの町田さんに信頼されている。今の僕にとって、それ以上に嬉しいことはない。


「分かった。じゃあ同席するよ」


 断る道理がないので応じると、町田さんは小さく微笑みながら「お願いね」と囁いてくれた。

 その数分後には降車駅に到着する。目的のカフェは駅から出てすぐのところにあったけれど、相手の女友達がまだ来ていなかったので、僕らは先に入ってテーブル席の片側に並んで腰を下ろした。コーヒーだけ注文して、相手の到着を待つことに。


 ……さて、どんな子が来るんだろうか。男グセが悪いってことは、逆に言えば男グセを悪く出来るほどに、見た目だけは良い子なんだろうな。


 そう考えながら頭をよぎるのは、凛音のことだった。僕が今考えた項目がまんま当てはまるのが、あいつだ。まぁもちろん、今回のことに凛音はなんの関係もないわけだが。


 ――このときの僕は、そう思っていた。


「あ……来たっぽいかも」


 そんな中、近くの窓から外を眺めている町田さんが不意にそう呟いた。その言葉につられて、僕も窓の外に目を向ける。駅前の、人通りが多い歩道。そこから中に入ってこようとしているその子を捉えた瞬間――


「……っ」


 僕は、息を呑む他なかった。



   ~side:凛音~



 この日、凛音は浮かれていた。なぜなら憧れの存在にして友人の寧々から【会って話そう】という返事が先日届いたからだ。そして今日会う予定となっている。

 ついに自分の思いが届いた。そう考えて凛音は浮かれている。しつこいくらいにメッセージを送ったことで、しょうがないな、とでも思って折れてくれたのだろう。寧々はやはり優しい、と凛音は思う。


(えへへ、数ヶ月ぶりに寧々に会える……会ったら何話そうかな~)


 積もる話が色々とある。中でも一番聞いてもらいたいのはやはり、壮介のことだろうか。浮気の意趣返しに女友達を居候させ始めた性悪野郎。そんな壮介のことを寧々に愚痴って、「やばいね」「酷いね」と同調されたい。憧れの存在に慰めてもらいたい。それが叶えば、きっと晴れやかな気分になれるはずだ。


 そんな思考に耽っていると、目的のカフェが見えてきた。カランコロン、とベルを鳴らしつつ店内に足を踏み入れて視線を巡らせる。するとほどなくして――


(――居たっ)


 黒髪ウルフカットの、可憐な女子を捉えるに至った。言うに及ばず、寧々である。高校時代とさほど変わりのないその容姿を目の当たりにした瞬間、凛音は言いようのない歓喜に打ち震える。

 ここ数ヶ月、ずっと会いたくてしょうがなかった憧れの存在。

 ようやく会えたことで何かが報われたような感慨が生まれる。

 しかし――

 

(――え……?)


 その感慨が直後には冷え込む感覚に包まれていた。

 なぜなら……寧々の隣に余計な存在が居たからである。


(……は?)


 ここに居るはずのない、居てはならない、見た瞬間にシラける悪夢のような黒い影がなぜかそこに鎮座していた。凛音にとってはあまりにも見覚えのあるその存在が、凛音の心から晴れやかな気分を奪い取っていく。


(……な、なんで……)


 寧々のもとに向かおうとしていた足が止まる。店員が「……お客様?」と尋ねてくるがそれに応じている余裕などなかった。なんせ寧々の隣に居るその存在は――壮介だったからである。彼もまた、唖然とした表情でこちらを見つめ返していた。


(ど、どういうこと……)


 釈然としない感情が渦を巻く。だから直後にはキッと目の色を変えながらズンズンと彼らが居るテーブルへと歩み寄り、椅子に座る2人を見下ろしながらテーブルをバンと叩いていた。


「――な、何これ……寧々っ、なんで壮介と一緒なわけ……!」


 問いただす。

 どう考えても普通ではない状況に頭がこんがらがるそんな中、寧々は訝しげに、


「……いきなりなに? 白木を知ってんの?」

「し、知ってるも何も……彼氏だったから……!」


 そう告げると、寧々はハッとした表情で凛音と壮介を一瞥してから、


「……あぁ――そっか……」


 何かを察したように、


「……世間って狭いね」


 そう言った。


「言われてみれば、そっか……2人の話を統合すると、確かにね……あんたと白木って……そうだったんだ……」


 1人で納得したように呟きながら、その眼差しが再び凛音を捉えてくる。どこか呆れたような、責めるような、少なくとも友人に向けるモノではない眼差しだった。


「だとしたら……とんでもない偶然だし、因果なもんだね」

「因果とか偶然とかどうでもいいけどっ、マジでなんで壮介と一緒なわけっ!?」


 と問いかけながらも、凛音は実のところ、ひとつの答えに行き着いている。


 ――壮介が居候させている女友達。


 一体全体どういう繋がりなのかは不明だが……その女友達が寧々だとすれば、一緒に居る理由に関して辻褄だけは合う。

 合うが、そんなのは認めたくなかった。

 寧々と壮介が繋がっているなどあってはならない。

 癒やしの存在と、悪夢の存在が、一緒に居てはならない。

 しかしそんな凛音の願いを打ち砕くかのように――


「――白木を失意させた浮気彼女って、あんただったんだ? 凛音」

「……っ」


 責める言葉が凛音の鼓膜を揺るがした。

 その言葉はもちろん寧々が切り出してきたモノだ。

 怒りに満ちた声。

 他人のために怒る表情。

 今日、愚痴を聞かせて同調されたい一心でこの場を訪れた凛音にとって、それは完全に予定外の、予想外の、埒外の、思いも寄らぬ断罪のギロチンでも振るわれたような最悪の気分であった。


 それと同時に、凛音は色々と混乱しつつもすでに察していた。


 ――寧々はもう、自分の味方ではないのだということを。

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