第12話 決別へ

 暦が7月に切り替わったこの日、大学に顔を出すと凛音の姿があった。凛音は先日から普通にまた通い始めているわけだが、今更話すことはないし、関係はほとんど途切れたと言える。


 しかし凛音が女子の友人をファンネルのように扱い、引き続き僕の陰口を広めたりしているのを把握済みだ。浮気野郎だのなんだの、本当の事情をねじ曲げて僕が悪であるかのように女子連中に話を広め続けているもんだから、僕の環境は淀み、中学時代に戻ったかのような、は言い過ぎにせよ、なんとも微妙な環境に陥ったと言える。


 まぁ当時と違うのは、味方の男友達が多いこと、僕のメンタルが中坊の頃と違ってハガネ寄りなこと。そして一番大きい差異はなんと言っても、町田さんの存在だ。大学が違うから僕のキャンパスライフには無関係だけれど、自宅に帰れば町田さんという心強い同居人が居る環境は、僕にとってかなり頼もしいと言えた。

 もっとも、町田さんをこの問題に巻き込むつもりはない。あくまで僕が勝手に心の支えにさせてもらうだけだ。


 それに僕もやられっぱなしじゃない。女子の友人を介して「本当に浮気をしていたのは凛音」という正しい情報を女子の中に流してもらっている。それを女子たちに信じてもらう必要はなくて、「実際はどっちなの?」というあやふやな状態に出来ればそれでいい。そのうち「どっちでもいいや」と興味を失うだろうし、そうなれば僕を貶めようとする凛音の思惑はおじゃんとなるわけだ。


   ◇


「――あ、おかえり白木」

「ただいま、町田さん」


 夕方。マンションに帰ると町田さんがすでに帰宅済みだった。今日はバイトがないらしい。キッチンに佇む町田さんは、夕飯の準備をしてくれているようだ。

 今日はなんだろう? と思いながら町田さんの肩越しにIHコンロを覗き込む。

 ジャガイモ、タマネギ、豚バラ肉を鍋で炒めていた。


「……カレー?」

「違う。肉じゃが」

「肉じゃがだったか」

「まぁカレーと肉じゃがって途中まで作り方おんなじだし紛らわしいよね。なんなら肉じゃがにルー入れれば和風カレーだからさw」

「確かに」

「ともあれ、出来上がるまで時間掛かると思うし、テキトーにくつろいでて」


 とのことで。

 僕は言われるがまま、荷物を降ろして食卓の椅子に腰掛けた。荷物からノートPCを取り出して、文書ソフトを立ち上げる。


 最近、僕にはやりたいことが出来た。ゲームが好きだから、ゲームに関わる仕事がしたい。けれど文系過ぎてプログラマーにはなれそうもない。でもゲーム関連の仕事って別にプログラマーだけじゃない。僕は脚本家を目指すことにした。


 目指し方は色々あると思うが、新卒でゲーム会社に採用されたとしても、なんの実績もないヤツが脚本に回されることはないと思う。だから小説でも書いて賞を穫り、話作りの実績を得ようと考えている。もちろん簡単なことじゃないと思うが、無駄に何もせずボーッと生きているよりも、充分に有意義な過ごし方のはずだ。

 たとえ賞が穫れなかろうとも、そういう活動をしていたと就活でアピールすれば、ライターとして採用、となるかもしれないしな。


「どういう話を書いてんの?」


 肉じゃがを煮立てるフェーズに入った町田さんが、僕の正面に腰掛けてきた。

 僕は首を横に振る。


「まだ何も書いてないよ。プロット作ってる段階だから」

「ぷろっと? って……設計図みたいなヤツだっけ?」

「そう」

「なら、どういう話にするかは決まってんの?」

「んー、ファンタジーかラブコメかなとは思ってる」


 どうせなら自分の経験を活かせるモノがいいし……浮気された主人公の話でも書いてみようかな。割とアリな気がする。

 そう考えながら、浮気モノのアイデアを出して文書ソフトにメモっていく。


 やがて肉じゃがが完成したようで、町田さんが炊き立ての白米と一緒にそれを食卓に並べてくれた。具材のすべてが煮汁の色に染まっている。こりゃ旨そうだ。

 僕は一旦ノートPCを閉じて夕飯を食べることにした。肉じゃがの他にもチキンの照り焼きと酢の物が用意されている。早速肉じゃがから手を付けてみると……もはや何も言う必要がないくらいに美味しい。町田さんの料理は最高過ぎる。


「味付け、平気?」

「うん、いつも通りに美味しいよ」

「良かった。……あ」


 一緒に食事中の町田さんが、ふと卓上のスマホに目を向けたのち、表情を浮かないモノへと変えていた。……何か変な連絡でも来たんだろうか。


「どうかした?」

「あ、ううん……別にどうかしたってほどじゃないんだけどさ……ほら、前に言った素行不良の女友達からの連絡だったから、ちょっとね……」

「素行不良の女友達って、穴兄弟でサッカーチーム作れる高校時代の友人?」

「そう……その子がさ、最近会おう会おうって連絡してくんの」


 ……町田さんはその子とは距離を置いているんだったか。


「向こうはまだ親しいつもりなのか?」

「なのかもね……それとなく察してくれればいいのに、こうして連絡してくるし」

「……無視して縁を切るのは?」

「それってさ……酷くない、かな?」

 

 町田さんは神妙な表情で尋ねてくる。


「人として、なんか……良くないのかなって思ってて」


 変なところで、って言ったら失礼だが、町田さんは意外と真面目だ。いや、真面目とも違うんだろうか。なんだろう、情に厚い、って言い方が正しいのかもしれない。だから鬱陶しいと思っている友人でさえも、こうしてキープしている。

 でもそれは見方によっては残酷だ。もう金輪際振り向かれないことに気付いていないその友人は、無駄な希望を持ったまま過ごすことになる。さっさと切り捨てるのが優しさな事もある気がする。


「……無視して終わらせるのがイヤなら、ひと言添えて縁を切るとか、そういう感じでもいいんじゃないか?」

「かもね……でもどうせなら、最後に会ってこようかな」

「……会いに行くのか? わざわざ」

「うん。どこに進学したのかは聞いてないけど、こっちに出て来てるのは間違いないからさ、会うのは難しくないだろうし、じかに苦言呈して終わらせてこようかなと。その性格のままじゃろくなことにならないよ、ってね」

「まぁ……それもアリかもな」


 忠告と共に関係を終わらせる。

 友人だった者としての、最後の情けってヤツだろうか。


「じゃあ今週末、ちょっと会いに行ってくるね」


 ――終わらせるために。


 そんなひと言と共に、町田さんが引き続き夕飯を食べ始めていた。

 彼女は決別の一手を打とうとしている。

 僕としてはそれが、何事もなく終わってくれることを祈るしかなかった。

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