第10話 何を言われても

「――こいつ浮気してたんだよ、サイテーじゃない?」


 翌日。講義に顔を出したら凛音が久方ぶりに居たのでイヤな予感がした直後に、凛音は僕を指差しながら講義室に響くような声でそう言った。

 こいつ……どういうつもりだ。

 僕が浮気ってなんのことだ……。


「何しらばっくれた顔してんの? 事実でしょ?」


 と凛音がズンズンと近付いてくる。


「いや、意味が分からない」

「意味が分からないってなに!? ふざけないでよっ!」

「いや、ホントに意味が分からない……ちょっと来てくれ」

「廊下で話そうってわけ? まあいいけどねっ」


 無駄に注目を集めてしまった中、凛音と一緒に廊下へと移動した。


「お前はマジで何を言ってるんだ? 僕が浮気ってなんだよ?」


 ひとけのない廊下の端に誘導してから尋ねると、凛音は僕を睨みつつ、


「誰だか知らないけど部屋に女連れ込んでるでしょっ」


 と指摘してきた。

 だからハッとする。


「お前まさか……いつの間にか合い鍵で部屋に……?」

「その通り。こないだ謝ってやろうかなって思って部屋に行ったら女の荷物が増えててびっくり。何アレ? 浮気されたから浮気し返そうってこと?」

「待て……アレは友達が居候してるだけだ」

「居候? そういう言い訳ってこと?」

「違う!」


 僕は腹立たしい気分になる。なんで僕が追及されてるんだよ。


「アレはホントに居候だ。困ってる女友達を無期限に泊めてるだけ。もちろんそれを受け入れたきっかけはお前の浮気だよ。なに自分を棚に上げてるんだよお前」

「……」

「人の部屋をホテル代わりにしたクセになんだよその態度。僕を責める権利なんて凛音にはないんだよ」

「うっさい……」

「うっさいってことはないだろ」

「うっさいったらうっさいのよ! どんなドブス泊めてるのか知らないけど勝手にすればいいじゃん! 死ねタコ!」


 汚い言葉を吐き出しながら、凛音が立ち去ろうとする。勝手にしろはこっちの台詞だが、それはそれとして――


「合い鍵返せよ!」

「捨てた!」


 そう言って凛音は建物の外の方に立ち去っていった。


 ……捨てたのか。

 まぁ、複製したモノだし捨てられても困らない。

 むしろ好都合だ。

 

 それから講義室に戻ると、


「……色々事情があんだろうなって思って井尾いおさんが来ないことに触れずにいたがよ、お前浮気してたのかよ」


 と、潜められた声で友人の緒方に話しかけられた。

 やれやれだ……。


「逆だよ……あいつが浮気してたんだ」

「まぁ、これまでの状況的には……そう、だよな……? だから俺が誘った合コンに、投げやりな感じで来たわけだもんな?」

「そうさ」


 こうして分かってくれるヤツも居るが、大して親しくもない連中は色々勝手にネガティブな印象を僕に抱くんだろう。

 ……まあ良いけどな。

 町田さんも言っていたじゃないか。生きていく上で、周りをあまり気にしてもしゃーない的なことを。

 だから僕は気にしない。マイペースに行こうと思う。


 やがて午後にすべての講義が終わったあとは、ちょっと電車で移動してとある場所を目指した。

 そのとある場所というのは――


「あ……マジで来たんだ」


 イタリアンレストラン「モルトヴォーノ」――町田さんのバイト先だ。今日の大学終わりに顔を出すと告げていた。少し遅めの昼食として。

 厨房が見えるカウンター席に座ると、今日シフトに入っている町田さんが白いコックコートを着ている姿が目に付いた。目が合うと、恥ずかしそうに反応してくれた。


 仕事中だし、しかも料理を作っているわけだから、無駄なお喋りは禁ずるべきだと思って僕は特に話しかけはしなかった。

 とりあえずカチョエペペというパスタを注文する。胡椒とチーズだけで味付けするめっちゃシンプルなパスタのようだ。作り手は何人か居るけど、チラッと観察している限りは町田さんが作ってくれていそうだ。もちろんただの偶然だろうけれど。


「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」


 やがてホールスタッフの女性がカチョエペペを持ってきてくれた。大皿の中心に胡椒とチーズで彩られたパスタが盛られている。シンプルの極みだ。旨そう。

 早速フォークで巻き取って、ひと口頬張ってみた。うん、やっぱり旨い。なんだろう、カルボナーラのプロトタイプみたいな味だ。カルボナーラの濃厚さが苦手な人は、多分こっちの方が合うんじゃなかろうか。


 町田さんがチラリとこちらを見ていたので親指を立ててみせる。するとホッとしたように笑っていた。


 そんなこんなできっちりと平らげ、その後は町田さんのシフトがちょうど終わりを迎えたので少し待って一緒に帰宅する。シフトがちょうど終わったのは偶然じゃなくて、その時間を狙ってきたのである。


「なんかさ……バイト先に知り合いが来るのってやっぱハズいよね」


 電車に揺られながら、町田さんがふとそう呟いていた。

 

「そういうもの?」

「うん……店出る前に店長から『さっきの彼氏か?』とか聞かれたし……めっちゃハズかった……」


 それはどういう意味でハズかったんだろう……あんなヤツを彼氏だと思わないで欲しい、って意味なら僕は割とダメージを受けるかもしれない……。


「あ、言っとくけど……別に白木がハズい存在って意味じゃないからね?」


 とのことで。

 僕がホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

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