第8話 葛藤

「――いやぁ、勝ち試合のあとはスカッと爽快だね!」


 午後5時過ぎ。町田さんの贔屓球団が勝利して試合は終了した。ヒーローインタビューをしっかり聞いてから、今は球場の外に出たところだ。


「日曜に勝ってくれるとさ、チーム移動日の月曜は負けることがないから火曜までの2日間気持ち良いままでいられるんだよね」

「じゃあ逆に言うと、週明けに町田さんの機嫌が悪いときは贔屓球団が負けたってことになるのか」

「そだねw」


 町田さんは自嘲気味に笑いながら、レプリカユニフォームを脱いでバッグに仕舞っていた。


「それはそうと、白木はどうだった?」

「リフレッシュ出来たかどうか、ってことか?」

「それも含めて、楽しかったかどうかね。あたしだけ楽しかったんなら申し訳ないしさ」

「いや、楽しかったよ」


 嘘偽りなくそう言った。


「僕のところには飛んでこなかったけどホームラン見れたし、球場メシも美味しかったし」


 リフレッシュ出来たかどうかで言えば、充分リフレッシュ出来た。将来やりたいことに関してはまだ迷える子羊状態だが、浮気のダメージはもうない。


 町田さんを見ての胃痛だって、これは数日前からだけれど消え去っている。昔の自分を思い出しても、それはそれとして割り切れる境地へと至った。あの過去があればこそ今がある。そう思えば、あの時期の在り方も悪くはなかったのかもしれない。


「とにかく、楽しかったよ」

「なら良かったw」


 その後、僕らは繁華街に立ち寄って腹を満たしてから帰宅の途に就いた。


 帰りの電車の中で、僕は改めて満足な気分になっていた。凛音との交際でこれほど楽しかった時間はない。初めての彼女という付加価値があったことで凛音との時間には結構なバフが掛かっていたはずなのに、まったくと言っていいほど思い出らしい思い出はない。

 そりゃそうだ、付き合って2ヶ月足らず。ほぼほぼ家でデートか、出かけてもショッピングモールに行ったくらいだった。しかも出かけた場合の予算は100パー僕持ちで、楽しむよりも先に「今日はお金足りるだろうか……」と懐の心配が先に来る有り様で、楽しむ余裕なんてなかったと言える。


 それに比べて町田さんは、自分に掛かるお金は全部自分で払ってくれたし、なんなら「今日のチケット代は奢りね」とまで言ってくれた。町田さんが元々予約していたふたつの外野席のうちのひとつを譲ってもらう形で誘われたのだから、僕はその分のお金を渡して然るべきだと思っていたけれど、町田さんは受け取ってくれなかったのだ。


「実はパパ以外の誰かと現地観戦したの初めてでさ、チョー楽しかったからそれがお代の代わりで大丈夫」


 とのことで。

 なんともまあ、ありがたい限りだった。


 町田さんは知れば知るほど良い人だなと思う。趣味も合うし、一緒に居て楽しい。凛音なんかよりもずっと、彼女じゃないけど彼女っぽい。

 町田さんみたいな彼女が居てくれたらな、と思い始めている。なら町田さんに告白でもすればいいんじゃないか、って話だけれど、それはなんだか憚られる。


 町田さんは多分、今は1人で充実している。夢があって、趣味もある。僕がそれを邪魔するのは憚られる。僕はひとまず近くで見ていられればそれでいい。そういう風に考えている。そもそも告白したって、OKもらえるか分からないし。



   ~side:寧々~



「ふぅ……」


 帰宅後、寧々は先にお風呂をいただくことになった。もちろん壮介から許可を貰った上でのことだ。髪と身体をすでに洗い、今はゆったりと湯船に浸かっている。ちなみにシャンプーにせよ、ボディーソープにせよ、特にこだわりはないので居候初日から壮介と同じモノを使わせてもらっている。


(今日は……楽しかったな)


 寧々は天井を見上げながらそう思う。単に壮介と野球を見て、ご飯を食べて帰ってきただけで、正直特別なプランでもなんでもなかった。そもそも恋愛経験が実はない寧々からすれば、異性を元気付ける特別なスケジュールなんて組めないのである。

 それでも、壮介はリフレッシュ出来たと言ってくれた。それが嬉しかったし、寧々自身にとっても、今日は良い休暇になったと言える。男子と2人きりの初外出は、壮介が相手で良かったと思う。空気感と趣味が合うので、気を遣う必要もなく自然体で過ごせた。知れば知るほど、寧々の中では少しずつ、壮介が特別になりつつあった。


(でも……あたしには昔のことがあるから、白木を好きになっちゃダメなはず……)


 壮介をパシリ扱いしていた過去。

 アレは一応双方が望んでやっていたことだ。

 当時いじめられ気質だった壮介が、どこかのグループに属して他の輩から目を付けられないようにしたがっていた空気を感じて、女子だらけのグループに誘ってみた。そんな中で寧々は、他の女子と一緒に校内の自販機にジュースを買いに行かせたりしていた。


 寄生先を与えた対価として、パシリにしていた。校外での交流はなく、あくまで校内のお使いをさせていた程度だが、それが良いことだったかと言えば、そんなことはないわけで。


 寧々は壮介のことが気になり始めているが、その過去を負い目に思い、踏み込むべきではないと自重してしまう。壮介はもう気にしていないようだが、彼がそう思っているのと、寧々の内心はもちろん別だ。

 壮介が気にしていなくても、寧々は気にしてしまう。

 ゆえに想いは封じ込めていようと思う。


 それを解放出来る日が来るのかは、誰にも分からない。

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