第7話 光と影

「――野球の時間だぁー!!!」


 元気よく叫ぶ町田さんと一緒に、日曜の昼下がりである現在、僕は最寄りの野球場を来訪中である。なぜって、これが町田さん考案のお出かけプランだったからだ。

 要するにプロ野球観戦。

 近くに中華街があるスタジアムの外野席に町田さんと並んで座りながら、いよいよプレイボールが宣告されたことを受けて、意識はそちらに向けつつも、


「町田さんって……野球が好きだったんだな」


 と問いかけるように呟いていた。


「あ、うん。パパが夜に野球中継ばっか見てたからさ、幼い頃は『つまんな。バラエティ見せろ』って思ってたけど、なんか成長するにつれて自然と選手名とか覚えちゃってさ、気付いたら好きになってた感じ」


 親の影響ってデカいよな……。


「白木も野球嫌いじゃないでしょ? 行き先言わないでここまで連れて来たけど、特に文句ないみたいだし」

「まあな。むしろ普通に好きだし」


 パワプロから入って、今はスマホでプロスピ。

 もちろんプロ野球も観る。

 贔屓球団は特にない。

 良い先発同士の試合をつまむように観るのが好きだ。


「にしても、よく今日のチケット取れたよな。こっちの先発本来ならメジャーリーグに居なきゃいけない人だぞ?」

「そう。だから元々この日を狙ってたわけ」

「狙ってたにしても、なんで席をピンポイントでふたつも取ってたんだ? ……元々別の誰かと行こうとしてたとか?」

「ちゃうちゃう。あたし現地で観るときはゆとりを持って観たいから席ふたつ取って片っぽ荷物置きにするスタンスなんよね」


 なんて贅沢な……でもそのスタンスのおかげで僕を誘う余裕があった、ってことなんだな。


「……趣味のひとつが野球観戦だと、週末は女友達との過ごし方が全然噛み合わないんじゃないか?」

「うん。でも周りに合わせてもしゃーないじゃん。自分の人生なんだし、自分が最大限楽しめることをやらんとね」


 ……地味に良いことを言っている気がする。


「それよりほら、プレー中は視線切ってると危ないから試合に集中!」

「ああ、そうだな」


 でもどうせならホームランが飛んできてヒヤッとするくらいが、現地観戦では楽しいのかもしれない。



   ~side:凛音~



「――は……? 何コレ……」


 一方その頃――まだ正式な別れ話に発展していないがゆえに、表向きは壮介の彼女である凛音は、合い鍵を用いて壮介の部屋を訪れていた。


 訪れた理由としては、謝ろうと思ったからだ。これまでは浮気しても「浮気されるような男が悪いんじゃん」と開き直っていた凛音だが、大学生になったのだから少しは心を入れ替えようと考え――従来であれば浮気がバレた瞬間に彼氏をポイ捨てするのが常だったものの、今回は関係を継続してやってもいいかな、と思って謝りに来たのである。


 ところが――そんな凛音を迎えてくれたのはまさかの光景だった。


「なんか……女モノの荷物あるし……洗濯物まで干されてる……」


 そう、壮介の部屋には見知らぬ女モノのアイテムがそこかしこに存在していた。

 それらを見て思うことは、もちろんただひとつ。


「――まさか浮気……? あいつもう別の女連れ込んでるわけ……っ!?」


 自分のやったことを棚に上げて、凛音は腹立たしい気分に陥っていた。自分がやるのはいいけど他の誰かが同じことをやるのはNG、といういっそ清々しいダブルスタンダードっぷりだが、凛音自身にダブスタなつもりはなく、ゆえに救いようがないと言えるのだ。


「む、ムカつく……部屋ん中荒らしてやろうかな……」


 室内を見回しながらそう考える凛音だが、それはさすがに犯罪だからと自重。勝手に侵入している時点で犯罪だというのは野暮なツッコミだろうか。


「……寧々ねねなら……こういうときどうするかな……」


 凛音はスマホを取り出し、高校からの友人である町田寧々にLINEを送り始める。大学に進学してからなぜか付き合いが悪くなったため、凛音の方から些細なことでも連絡して関係を維持しようとしているのだ。


 凛音が寧々に執着している理由は明確で、ひそかに憧れているからだ。サバサバしている寧々は、男子よりも女子にモテる。その空気感にあてられたのが、高校時代の凛音であった。一目惚れのような感覚を得たあとは、周囲からすれば金魚の糞に見えるほど一緒に行動していた。


 しかしそれはもちろん同性愛ではなく、あくまで憧れ。凛音は男の方が好きだ。セックスの気持ち良さには勝てない。それでも寧々という女子は、凛音の中では特別だ。ゆえにどんなことでも連絡を取って、関係を繋ぎ止めようとしているのである。


【彼氏が浮気してるみたいなんだけど、なんか仕返しの方法ってある?】


 そんなLINEを送って少し待ってみる。

 すると、


【知らない】


 という簡素な返事が届く。

 最近はこういう短い返しばかりで、凛音としてはやるせない。


「……帰ろ」


 壮介が早々に他の女を見つけていること、寧々の態度が徐々に淡々としてきていること、色々と合わさって気が滅入ってきた。

 侵入がバレて面倒なことになる前に部屋を出て、駅に向かう途中の川めがけて――


「――ふざけんな……!」


 合い鍵を投げ捨てた。

 衝動的な苛立ちの発露。

 本来、ふざけるなと言いたいのは凛音ではないだろう。


 そんな驕り高ぶった態度は、いずれ業に焼かれるのかもしれない。

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