第6話 提案
「見ろよこれ。彼女の手作りw」
翌日は午前から講義があって、昼に差し掛かった現在は、友人の野原と一緒に学食を訪れてのランチ中だった。僕は普通にお金を払って名物のカレーを食べているけれど、野原は小ぶりな弁当箱を取り出して嬉しそうに笑っていた。
「彼女の手作り? 自慢かよ」
「おうw OLの彼女なんだけどさ、わざわざ早起きして作ってくれたんだよ」
こいつは年上の彼女を捕まえてその人の部屋によく外泊しているそうで、すこぶる愛されているらしい。羨ましい限りだ。彼女という存在はそうでなくてはならない。浮気を見せ付けてくれる邪悪なサービスは願い下げだ。
そんな邪悪なサービスを振る舞ってくれた凛音は、今日も大学には姿を見せていない。あいつは元々大学への入学がゴールになっていたようだから、そこに浮気バレが合わさったことで僕を避けるために、元々薄かった大学への通学意欲がなくなったのかもしれない。本当のところはもちろん、分からないけれども。
大学への入学がゴールになっていると言えば……それは僕自身にも似たようなことが言えたりする。何をやりたいのか分からないまま、こうしてキャンパスライフを過ごしている。講義に顔を出しているのは単位を得るためであって、それ以外の目的があるのかと言えば、ない。少なくとも今は。
何か、やりたいことを見つけないといけないはずだ。それこそ、浮気された苦い思い出を忘れるためにも、何か将来に向けてやれることをやりたい。
とはいえ、将来の目標がそう簡単に見つかれば苦労はしないわけで。
なかなかどうして、難しい問題に直面していると言えた。
「野原は将来、どうしたいか決まってるか?」
「将来? 仕事ってことか?」
「そう」
「まぁ、どっかでリーマンやりゃいいだろ」
「夢がないな」
「じゃあそう言う壮介はどうすんだよ?」
「まだ分からない」
「なら、言葉そのまま夢がないのはお前じゃんかよ」
……返す言葉もなかった。
◇
「町田さんはさ、叔父さんへの憧れだけでイタリアンのシェフを目指しているのか?」
夜。
今日も町田さんお手製の夕飯を食べている。今夜の献立は魚介トマトクリームパスタ。2夜連続のパスタだけれど、美味しいから問題ない。ホタテだの海老だの、冷凍のモノとはいえ、ふんだんに使われていて最高だ。
「叔父さんへの憧れだけではないかな。そもそも料理が趣味だからその延長って感じかも」
「あぁ、趣味の延長か……そういう手もあるよなぁ」
「何さ。将来やりたいことに迷ってる感じ?」
「まさしく」
ホタテにフォークを刺しながら頷く。
「僕はなあなあで生きてる。もう大学生なのに、やりたいことがないんだよ」
「無理に見つけなくてもいいんじゃない?」
「でもそれだとリーマン街道一直線だ」
別にサラリーマンをバカにしているわけじゃない。最初からそこを目指すのは夢が無さ過ぎるという話だろうか。
「YouTuberでもやるのはどう?」
「ネタがないよ」
「じゃああたしみたいに趣味の方向に走るのは?」
「……僕の趣味はゲームだからなぁ」
「じゃあゲーム作ればよくない?」
「文系だから無理……」
プログラミングなんてちんぷんかんぷんだ。
「……僕には何もないんだよ。何を目指せばいいのか分からない。人として空っぽだ。発泡スチロール人間だよ」
「そんなことないっしょ。人としての中身はギュッと詰まってるって。あたしに手を差し伸べてくれたんだから、道徳心ゲージMAXじゃん」
「MAXかどうかは置いといて、道徳心だけじゃ食ってけないんだよ」
むしろ世の中、多少道徳心が欠けている方が成功しやすいんじゃないのか? 人間性ヤバい著名人なんて幾らでも思い付くし。
「はあーあ……僕はダメだな。クソみたいな大学生だ」
「思い詰め過ぎでしょ……一旦リフレッシュした方がいいんじゃない?」
町田さんが心配そうに眉根を寄せていた。
「浮気されたダメージとかも残ってそうだし、週末友達とどっかに遊びに行ったら?」
「……周りは彼女持ちばっかでさ、週末は1人確定だよ」
「なら……あたしとどっか行っとく?」
「え」
意外な返答が来て驚く。
町田さんは黒髪ウルフカットの襟足を指でクルクルしながら、
「まぁ……イヤなら聞かなかったことにしといて。無理強いはしないから」
と、少し恥ずかしそうに呟いてみせた。
僕はつかの間フリーズしつつ、
「…………別にイヤではないけど、その……町田さんこそ良いのか?」
「……ダメだったらこんな提案するわけなくない?」
「それはまぁ、確かに……」
「あたしとしてはほら……現在進行形で居候の恩があるわけでさ、家主を元気付けることに手を貸すのはやぶさかじゃないっていうか」
とのことで。
だったらまぁ、お言葉に甘えてしまっても……いいのだろうか。
「でもさ……一緒に出かけるとしたらどこに行くんだ?」
「んー、まぁ……それはじゃあ、あたしの方で考えとこっか?」
だそうで。
なら僕としては、当日のプランを楽しみにさせてもらおうと思った。
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