第5話 彩り

「うま……」


 帰宅後。

 町田さんが作ってくれた夕飯はパスタだった。飾らない言い方をするならスパゲッティ。茹でて市販のパスタソースを掛けるだけのお手軽調理で済むから、男女問わず1人暮らしのお供感があるのが、スパゲッティという存在だろう。

 

 しかしながら、町田さんは市販のパスタソースを使っていない。バイト先の飲食店がイタリアンのお店だそうで、本格的なソースから作ってくれた。


 僕が今食べているのは、ボンゴレ・ビアンコというパスタだそう。アサリが殻ごとたくさん入っているヤツだ。白ワインベースのソースで蒸されたアサリと、その蒸し汁が絡んだパスタが食欲をそそる一品で、ひと口食べてみれば、当然のようにその味は抜群だった。


「白木の口に合ってる?」

「合ってる。今言った通り旨いし」

「ふぅ、良かった……」


 整った顔をホッとさせるように、町田さんはひと息吐き出していた。


「プライベートで男子に手料理振る舞うのこれが初めてなんよね……だから妙に緊張しちゃって……」


 ……町田さんの恋愛遍歴はよく知らないけれど、意外にも恋多き女ではないらしい。まぁ中学時代も女子と遊んでばかりで彼氏は居なかった覚えがある。高校でもそうだったんだろうか。そして今だって僕を頼るくらいだし、当然フリーなんだろう。

 ひょっとして恋愛経験は僕の方が上……? いやまぁ、そんなことでいちいちマウントは取らないけれども。


「ファミレスとか居酒屋じゃなくて、本格的なイタリアンでバイトしてるのは何か目的ありき?」


 気を取り直して、話を広げるつもりでそう尋ねた。他人とのコミュニケーションを行う上で大事なのは、相手に興味を抱くことだと高校時代に学んだ。その上で「なぜ?」「なんで?」を合い言葉に相手の掘り下げを行うと、会話は難しくならない。

 

「そ。一応ね、目的ありき」


 スパゲッティをフォークで巻き取りつつ、正面に座っている町田さんは頷いた。


「親戚の叔父さんがイタリアでシェフやっててさ、昔からちょっと憧れてる部分があんのね。だから試しにそっちの方向に進んでみようかな、とね」

「……なるほど」


 将来を見据えてのことらしい。かく言う僕にはまだ、夢がない。大学に入ったのも、行くのが当たり前みたいになってるからそうした、という消極的な理由だ。やりたいこと、見つかるだろうか。


「女性のシェフって少ないしさ、なれたら絶対かっこいいと思うんだよね」

「女性のシェフって、そういえばなんで少ないんだ……?」

「なんか生理のせいでホルモンバランス変わって味覚が変化しやすくて、そのせいで味見の精度が低くて味が安定しないってことと、基礎体温が高いから食材の鮮度を考えて雇わないところがある、っていうのが影響してるみたい」


 へえ、そういうことか。


「あと単純に体力的なキツさもあるよね。厨房って結構力仕事だし」

「結婚出産で家庭に入るのも影響してそうだな」

「それもあるね。まぁ結婚出産に関してはどの業界でもそうだろうけど」

「確かに」


 会話が弾む。結構嬉しい。町田さんとの居候生活を許可した以上、出来るだけ楽しく過ごしたいからこれは望むところと言える。

 

「そういえば、白木の彼女はこういう料理って作ってくんなかった?」

「もう全然……外食、ウーバー、カップ麺。文明に頼りまくりだった」

「なるほどねぇ。まぁその彼女を腐すわけじゃないけど、女はやっぱ料理出来た方が付加価値上がるよね。料理出来ないってことは、将来子供出来たときにお袋の味的なモノを子供に覚えさせてあげらんない、ってことじゃん。そんなの寂しくない?」


 家庭的な反応だった。そこまで先を見据えての言葉が出てくるのはすごいなと思う。凛音とはまるで違う。あいつは刹那的で、多分今しか見ていない。だから後先考えずに、この部屋で浮気なんかしていたんだろう。


「じゃあ後片付けも全部あたしがやるから、白木はくつろいでて」


 食後、そう言って町田さんが食器を洗い始めてくれる。バイト先でそういった雑務もやっているようで、慣れた手付きだった。


「町田さんって、いつまで居候するかは決めてる?」

「んー、具体的には分からんけど、出来るだけ早く新居見つけたいかな。1ヶ月以内くらい?」


 やがてお互いにシャワーなども済ませた就寝前、リビングでテレビを観ながらそんなやり取りをしている。町田さんはジャージ姿だけど、それすら絵になる人だ。まだ乾ききっていない濡れた髪を見ていると、少しドキッとする。


「でも1ヶ月も居られたら迷惑なら言ってよ? ネカフェに避難も出来るし」

「いや、ネカフェを頼るくらいなら無期限で居てくれていいよ」

「……優しいね」


 町田さんは小さく笑った。


「なんで白木、浮気されたわけ? 彼女見る目なくない?」

「まぁ……遊んでる雰囲気はあったから、そういう地雷に引っかかったとしか」

「そっか……あたしの高校時代の友達にもさ、そういう節操ない子居たよ」


 どこか呆れたような態度で呟く。


「男子とっかえひっかえにして、穴兄弟でサッカーチーム作れそうなくらい遊んでたかな……つるんでたらこっちまでモラル疑われるから、高校んときはしょうがなく関係維持してたけど、進学してからは人員整理対象。一応、会わずに済む関係まで遠ざけられたんだよね……連絡だけの友人関係は続いてるけど」

「へえ……やっぱそういう子はどこにでも居るんだな」

「居る居る……しかもこっちでもまた浮気して彼氏と険悪みたいだしね」


 町田さんはため息交じりにそう言った。


「まぁなんにしても、そういう尻の軽い女子は同性からしてもオススメ出来んし、次はもっと良い子見つけなよ?」

「……もちろん」

「ともあれ、さすがにここに永住はしないから。なるべく早いとこ新居見つけるようにしとくね」


 町田さんはそう言ってくれた。僕を慮ってくれるその態度を見ていると、やっぱり悪い人じゃない。むしろ良い人だ。料理も美味しいし、女性としての魅力を感じないでもない。凛音とかいう浮気女と比べるのが失礼なくらい、この部屋に彩りをもたらしてくれているのは、間違いなかった。

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