第4話 歩み寄り

 翌日。別に付き添わなくても大丈夫と言われたが、町田さんの残りの荷物の回収に一応同行した。地上げされるらしいシェアハウスに踏み込んでみると、もう他の同居人は避難が完了しているようで、もぬけの殻に近い状態だった。


「進学のためにここ借りたのにさ、入居して3ヶ月程度でこんなことになるってツイてなさ過ぎだよね、あたし」


 町田さんの部屋で荷物をまとめていると、そんなぼやきが耳朶を打つ。


「まぁ運良く白木しらきに拾われたから運勢的にはチャラかもしれんけど……ところで、ホントに居候させてもらって平気?」

「……何か懸念でも?」

「懸念っていうか……ほら、もし彼女と仲直りするつもりならあたし邪魔にしかならないじゃん? どういう彼女か知らんけど、反省して謝りに来るかもしれないし」

「謝られたって、仲直りなんかしないさ……そもそも出来ない」


 浮気相手とのセックスまで見せ付けられて、それでもなお仲直りしたいと思えるほどに僕は脳内お花畑の平和人間じゃない。


「気にせず、居候すればいいよ」


 そう伝えたのち、やがて荷物をまとめ終える。それから電車で僕のマンションに帰宅し、午後は互いに講義があったので大学へ。もちろん別々の大学だ。

 

 講義室に顔を出すと、そこには今日も凛音りんねの姿がなかった。まぁ助かる。顔を合わせても気まずいだけだし、勝手に姿をくらませてくれるならそれが一番だ。

 そんな風に考える僕は、最低な人間だったりするんだろうか。浮気のひとつくらい許してやるのが彼氏か? ……いや、そこまで慮ってやるのが彼氏だというなら、僕は金輪際そんな立場にならなくていい。付き合って2ヶ月で浮気するようなアホ女の何を許せというのか。馬鹿馬鹿しい。


 そんな考えと共に講義をすべて終えて、僕はやがて帰宅の途に就いた。その途中、電車に揺られていると、


【あたし大学終わってマンションの最寄り駅に着いたんだけど、今思えば鍵ないから駅前で待っとくね】


 という町田さんからのLINEが届いた。

 そういえばそうだよな……合い鍵を持たせるべきかもしれない。


 そして合い鍵と言えば、初彼女であることに浮かれて凛音に合い鍵を渡した僕はバカと言える。そのせいで部屋で勝手に浮気されていたんだから本当にやるせない。

 凛音からは合い鍵を回収しそびれているけれど……どうするべきか。複製だから別に後生大事に回収する必要はないけど、持たせたままは気持ち悪いよな……。

 とはいえ、わざわざ回収しに行くのも憚られるというか、面倒というか……あいつが大学に顔を出したら、そのときに返してもらえばいいか。


 そう考えていると、最寄り駅に到着した。駅前の広場で町田さんが待っているのを見つけたとき、僕は胃が痛まないことに気付く。慣れてきたのかもしれない。今朝からずっと調子は良い。


 合流したあとは、駅前の鍵屋で合い鍵を作ってもらうことにした。もちろん町田さんに渡すためだ。


「……いいの? あたしに合い鍵なんか」

「いいよ別に。予定が噛み合わないときもあるだろうし、そのときに町田さんを外で待たすのは申し訳がないから」

「パシリとして使われてた相手なのに……警戒心薄くない?」

「それは町田さんにも言えるよ。僕が恨みを持っていたら昨晩招いた部屋の中で犯される可能性もあったのにのこのこ付いてきただろ?」

「それは、だって……」

「僕がそんなことはしない、って信じてた?」

「まあね……そういう気配しなかったし」

「僕も同じだよ。町田さんから悪い気配がしなかったから招いたし、合い鍵を渡そうとしてる」


 警戒心が薄いのは確かだろうけど、僕は中学時代も含めて町田さんを危険だと思ったことは一度もない。いじめられ気質だった当時の僕が威を借りる寄生先を探していることに気付いてくれて「あたしのもとでパシリでもやっとく?」と声を掛けてくれたくらい、むしろ意外と世話焼きな印象がある。おかげで中学時代の僕は町田派閥の1人として、余計ないじめに遭わずに済んだ。


 でも僕はそんな自分が嫌いだった。女子のパシリに甘んじていた弱々しい自分は、黒歴史にしてトラウマだ。だから町田さんの居候を受け入れることで、あの頃とは逆の立場を形成し、僕はそんな黒歴史を払拭したい。逆の立場と言っても、もちろん町田さんをパシリにしたいとかではない。僕がイニシアチブを持って接したいということだ。


「だから、何も気にせず合い鍵を受け取ってくれればいいよ。僕は町田さんのこと信じてる、って言い方が正しいかは分からないけど、悪人だとは思ってないから」

「ありがとう……なら、お返ししないとね」

「お返し?」

「居候の件含めて、与えられてばっかだからさ……昔のお詫びも兼ねて、ご飯、これからずっとあたしが作るっていうのはどう?」

「町田さんは……料理が出来る人?」

「一応ね。バイト先がファミレスじゃないレストランでさ、厨房やってんの」

「なるほど……」


 思えば、女子の手料理はついぞ食べたことがない。凛音は手料理って柄の人間ではなくて、お腹が空くとすぐ「ウーバーでいいじゃん」と言っていた。あるいは外食。支払うのはもちろん僕だったから、懐が地味に痛かったのが思い出だ。


「なら……台所は任せても?」

「うん。じゃあこのあと買い物行こっか」


 やがて合い鍵が出来て、それを町田さんに渡す。それから帰り道の途中にあるスーパーに立ち寄って食材を見繕っていく。居候なんだし、と食費は町田さんが出してくれることになった。僕も出すよと言ったけど、ダメ、とにべもなく拒否された。

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