第2話 頼み

「久しぶりだね、白木しらき


 電車に乗り込んで帰路に就くさなか、僕の隣には黒髪ウルフカットのバンギャ系美少女が座っている。町田さんだ。中学時代はなかったピアスが目に付く。そんな中、僕は小声で応じる。


「僕のこと……覚えていたんだな」

「そりゃあね。散々可愛がってあげたんだから忘れるわけないじゃん」


 ……確かに可愛がられていた。パシリとして。中学時代の僕は、情けなくもこの町田さんの良いように使われていた。いじめってほどではなかった。むしろ、別のグループにやべえのが居たから、カースト上位の町田さんに尽くしておけば安全かもしれないと思って媚びていたんだ。今にして思えば。

 そして、そんな弱い自分がトラウマなんだ。町田さんと一緒に居ると、当時の自分が呼び起こされてイヤになる。


「見違えたじゃん、白木」


 しかしそんな中、町田さんはふと意外なことを言ってくれた。


「3年も空けば、人ってそりゃ変わるんだろうけどさ、結構カッコよくなったんじゃない? 合コンに顔出すのも、中学時代からは考えられんし」

「まぁ……努力したからね」


 高校で必死に明るい輩に食らい付いた。おかげで付け焼き刃の陽を手に入れることが出来た。でも所詮は付け焼き刃。今も本当の刃にはなっていない。切れ味は偽物。ちょっとでも気を抜けば、こうして昔の僕が顔を出す。


「あたしはどう?」

「……ひと目見て分かったくらいには、変わってないよ」

「それは褒めてる?」

「一応そのつもりだけど……」


 町田さんは昔から可愛かった。今はより磨きが掛かったように思える。


「そっか。なら喜んどこうかな」

「それより……なんで合コン抜けてまで僕を追いかけてきたんだ?」

「白木が抜けたからに決まってるじゃん」


 ……さも当然のようにそう言われた。


「せっかく再会出来たのに、逃げるように居なくなるんだもん。……実際逃げたの?」

「……否定はしない」


 情けなかった中学時代の自分を、思い出したくないから逃げた。別に町田さんが嫌いだからじゃない。苦手意識はあるけどそうじゃない。単純に、町田さんを見ているとあの頃の自分が呼び起こされるから、逃げた。僕はあの頃の暗い自分が嫌いだ。


「町田さんは……追いかけてきて何がしたいんだ?」

「んー……実はさ、頼み事があるんだよね」

「……頼み事?」

「このあと……白木の部屋に行ってもいい?」

「え」

「……こっちに出て来てるってことは、1人暮らしっしょ? しかも合コン来てたってことは、彼女も居ないはず。行っちゃダメ?」


 ……実際、1人暮らしではあるし、実は凛音りんねという彼女が居るけど浮気したあいつを慮るつもりはないのでそこは障害じゃない。

 ただ、苦手意識のある町田さんを招くのは……正直乗り気じゃない。

 それなりの理由があるなら、話は変わるけど。


「なんで……僕の部屋に来たいんだ?」

「まぁ、なんてーか……」


 町田さんは少し言いにくそうに、


「……ちょっと住むところに困ってて」


 と言った。


「住むところに……困ってる?」

「うん……住んでたシェアハウスがさ、凄い面倒な土地だったみたいで……地上げって言うの? この土地を更地にして別のモン建てるからお前ら出てけ、って急に言われちゃってて……」

「それは……大変だな」

「うん……で、肝心の管理会社とかもトンズラこいてて、もうどうにもならんから出て行くしかないっぽいんだけど……急に新しい部屋、探せるわけないじゃん? だから今日合コンに来たのはさ、どっかの男に媚売って居候させてもらおう、って魂胆があったんよね。友達は実家住みばっかで頼りづらいから」

「それはまた……」


 ……素直過ぎる目的を伝えてくれて、反応に困るというかなんというか。


「でも変な男捕まえたら怖いし……正直実行するかは迷ってたんだけど、偶然白木が居てくれたから……」


 なるほど……一応見知った僕なら、安心出来るってことなんだろうか。


 そう思っていると、僕が降りるべき駅に到着したので立ち上がり、ホームへ。

 町田さんも続いて降りてくる。


「置いてもらうの、無理……?」


 すがるような言葉が続いた。周りの客たちが改札方向に流れてゆく中、僕はその声にひかれるようにして立ち止まる。無理か、どうか……。


「無理なら無理で仕方ない、とは思ってるよ……あたし、嫌われて当然のことしてたもんね……」


 かつてのパシリ関係を、町田さんは悪く思ってくれているんだな……だとしたら、それは嬉しいし、町田さんがそう思うのは誤りだとも思う。僕は僕で、町田さんを利用していた。前述の通り、他のやべえグループに目を付けられないように、カースト上位の町田さんに媚びていた部分があるんだから。


 僕は当時の、そんな情けない自分がイヤなんだ。町田さんと居るとそれを思い出してしまうから、胃がキリキリと痛む。

 だからといって。

 町田さんを拒むのは……正しいことなんだろうか。

 むしろここで町田さんと向き合うことで、僕は当時の情けなさを払拭し、一歩前に進めるんじゃないか? 

 そんな風に思う気持ちがないではない。

 

「……分かった」


 だから気付くと、僕は承諾の言葉を告げていた。


「え……?」

「僕のところに来ればいい」

「……いいの?」

「いいよ……なんというか、女っ気が欲しかったから」


 当時の情けなさを払拭したいから、と素直に伝えるのは恥ずかしくて、そんな理由を告げたけれど、別にウソではない。

 凛音に浮気された腹いせで、合コンに参加していたわけで。

 別に町田さんを彼女にしたいとかそういう話ではないけれど、凛音を忘れさせてくれそうな新しい彩りが、僕の生活に加わってくれるのは望むところだった。

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