黄昏の刺客

 ハンゾウは、洞窟の前で腕組をして待っていた。

 そして、真正面からゆっくりと誰かが近づいて来る……それは、女だった。


「……やっぱり、ここにいたんですね」

「……マドカ、か」


 黒髪をポニーテールにした、二十代前半の女だった。

 眼つきは鋭く、射貫くような目。全く隙のない立ち振る舞いは、彼女が相当な実力者という証明。

 だがハンゾウは、女性……マドカを見て、どこか嬉しそうに笑った。


「『黄昏旅団』の仕事か?」

「いいえ、組織は関係ない……ここに来たのは、私の独断。そして、私がここにいることは誰も知らない」

「……で、どうする?」

「裏切者は粛清……それが例えあなたでも」

「ハハッ、お前じゃオイラは殺れねぇよ」

「そうかもね。師であるあなたを倒せるとは思わない……でも、他の誰かに殺されるくらいなら、私が……!!」

「……マドカ。オイラはよ、お前のそういう不器用なやさしさ、大好きだぜ?」

「っ……」


 マドカは、明らかに動揺……だが、ハンゾウは何もしない。

 動揺した瞬間に手裏剣を投げたり、忍術を使うことだってできたはず。

 それをしなかった。それは、ハンゾウの甘さ……では、ない。

 マドカは察した。


「ハンゾウ、あなた……そこまで病んでいるの?」

「……まあ、もう長くねぇ」

「…………そう」


 マドカは一瞬だけ辛そうにしたが、すぐに表情を切り替えた。


「たとえ病んでいても、あなたの処刑は決まっている。『黄昏旅団』は、あなたを逃がさない……たとえ、『黄昏旅団』の創始者、『愚者』を司る至高のアサシン、ハンゾウでもね」

「はっはっは……」


 世界最強の暗殺者アサシン教団、『黄昏旅団』。

 総勢二十二人で組織された絶対的強者。

 一人一人が一国を落とすほどの力を持つ。だが、表では権力者としての顔を持ち、アサシンとして活動するのは裏の顔。


「なあマドカ……もう、あんなところ辞めちまえ。お前みたいな優しい子には、合わねぇよ」

「……今更、何を。私を拾って育てたのは、あなたじゃない。あそこは、私の居場所」

「だが、もうオイラの理想とした『黄昏旅団』は消えちまった……弱者を守り、悪しきものを断罪する『アサシン教団』はもうない。今の教団は、欲望を我が物とするためには手段を選ばない、悪の巣窟だ」

「……なぜ、抜けたの。そう思うなら……私の知るあなたなら」

「教団を消滅させるくらいはしただろうな。だが……それをやるには、もうジジイになっちまった」


 ハンゾウは悲し気に笑った……マドカには、それがあまりにも痛々しく見えた。


「だから、育てた。オイラをしのぐ、オイラの後継を」

「……後継? まさか、忍術を」

「ああ、全て伝えた。というか……あんな馬鹿、見たことねぇぞ」

「え……?」

「まあ、今にわかる。どうせ、オイラが死ぬまで監視するんだろ? もう止めやしねぇよ……好きにしな」

「……ハンゾウ」

「マドカ、お前はやっぱ甘いぜ。黄昏旅団№2『女教皇ハイプリエステス』とは思えねーな」

「……どういう」

「刺客だ。オイラを消しに来たな? やーれやれ……」

 

 次の瞬間、マドカの腹に強烈なボディブローが叩きこまれた。


「ゴぁ……ッ!?」

「わりーな……寝てろ」


 マドカの意識は闇に落ち……最後に見たのは、師の……育ての親の、どこまでも優しい笑顔だった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 シャドウは一人、森にいた。


「…………」


 無言だった。

 服はボロボロ。だが、服の下から見える素肌は、これまでにないほど引き締まっている。

 過酷な『闇の森』生活……一日中飛び回り全身が鍛えられ、どこから来るかわからない襲撃に気を引き締めることで観察力、気配探知が鍛えられ、実際の戦闘で技の全てが磨かれた。

 極限状態……だが、シャドウはこれまでにないくらい、高揚していた。

 だが、その高揚も終わりを告げる。


「……終わっちまった」


 シャドウの背後には、この『闇の森』の主の一体、『グレイトフルコング』が転がっている。

 討伐レートSS、闇の森で最強の魔獣の一体。

 巨大な六本腕のゴリラだが、その腕は全て切断され、片足が地面に埋まり、身体が黒焦げになって、頭部はずぶ濡れになっていた。

 首は綺麗に落とされ、シャドウは切断し転がっている腕に座り、空を仰ぐ。

 そして、ポケットから木板を出して見る。


「今日で二十六日目……期限の一か月まで残り四日。なんとかクリアかな」


 地図を広げ、赤いマーク部分にバツを付ける。

 五つあった赤いマークに、全てバツが付いた。


「よし。師匠のところに帰ろう。久しぶりに、師匠の作った野菜スープが食べたいな」


 食料は、森の中に自生している草や木の実、討伐した魔獣などを焼いて食べた。

 毒草、毒実を食べてのたうち回ったのも数度じゃない。おかげで毒に耐性が付き、内臓も強化されたようだ。


「えーと……洞窟まで半日くらいの距離かな。せっかくだし、水浴びしてから行くか」


 シャドウは、時間がまだあると、どこかのんびりしていた。

 その判断を、後に後悔することも知らずに。


 ◇◇◇◇◇◇


 ハンゾウは、気を失い崩れ落ちたマドカを支えるようなことはせず、地面に放置。

 すると、パチパチ……と、誰かが拍手しながら現れた。


「これはこれは、功を焦り自滅した、ということですかな? №2『女教皇ハイプリエステス』……」

「……テメェ、『ストレングス』……パワーズか」

「どうも、ハンゾウさん」


 にっこりと笑う紳士風の男は、帽子を取り一礼する。

 パワーズ。『黄昏旅団』に所属する№『ストレングス』の称号を持つ暗殺者。

 パワーズは、ハンゾウをジロジロ見てウンウン頷く。


「老い、そして病んでいる。あなた……全盛期の何十分の一ほどの実力ですか? やれやれ……こんな老いぼれが、最重要暗殺対象とは、うちも堕ちたものですね」

「……オイラを始末に来たのか」

「ええ。それが、『世界ザワールド』のご意思です」

「チッ……参ったぜ」


 ハンゾウは頭をボリボリ掻き、両手をゴキゴキ鳴らす。


「確かに、オイラはもう長くねぇ。全身に腫瘍ができて、歩くだけでめまいはするわ、メシは喉を通らねぇわ、魔力もごっそり減っちまった。醜く、薬で延命してる屍よ」

「おお、お認めになるのですね」

「ああ。だが……ただじゃぁ死なねえ。オイラの最後の希望が、完成するのを見届けねぇとな」

「おやおやおや……まさか、後継者を? あなたの『忍術』を継承した者がいると?」

「……ははっ」


 ハンゾウは笑った。

 そして、両手を動かし『印』を組む。


「オイラの仕事は終わってる。あとは……別れの言葉を、伝えるだけさ」

「フフ、フフフ。いいことを教えてあげましょう。実は私……感動的ストーリーが大好きなのですよ」


 ハンゾウ、そしてパワーズの戦いが、始まろうとしていた。

 ハンゾウは、ボソッと呟いた。


「わりーな、シャドウ」

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