暗殺者として
シャドウは、洞窟に向けて走っていた。
もうすぐ、修行が終わる。
「師匠、驚くかな……」
新しい忍術をいくつか開発した。討伐レートSSの魔獣を倒し、自信もついた。
恩人である師匠……今なら、どんな頼みをされても聞ける。
自分は強くなったと、シャドウは思っていた。
だからこそ……認めてもらいたかった。
「───……ま、待ちな、さい」
「えっ」
すると、お腹を押さえた女性が、シャドウの前に現れた。
人間……ハンゾウ以外の。
身構えるでもなく、警戒するでもなく、シャドウは一瞬思考が空白に───そして、思い出したように声を掛けていた。
「な……だ、誰ですか?」
なんとも間抜けな言い方である。
女性ことマドカはフッと笑い、シャドウに言う。
「あなたが、ハンゾウの秘蔵っ子ね……随分と若い」
「……あなたは、何者ですか」
ようやく警戒するシャドウ。マドカは続ける。
「今、こっちに来ちゃ駄目。恐らくハンゾウも、それを望んでいる」
「……え?」
「……ハンゾウ。あなた、私ならこうするって思ってるのかしら……本当に、むかつく」
マドカは忌々しそうに、でもそれ以上に悲しそうに俯いた。シャドウは『敵じゃない』と確信し、警戒を解いてしまう。
マドカは呼吸を整えて言う。
「今、ハンゾウは『黄昏旅団』の一人、『
「た、黄昏旅団……って、師匠が授業で言ってた、この世界最高のアサシン教団……? な、なんで師匠がそんな奴らと」
「……教えてあげる。ハンゾウは、『黄昏旅団』の創設者であり、世界最強のアサシン、№0『
「……え」
驚愕するシャドウ。
ハンゾウが暗殺者っぽいのは何となく察していたが、マドカに突きつけられる話は事実だと確信もした。
「師匠が……そんな」
「そして今、ハンゾウは処刑される。組織を抜けた者として、掟に従ってね」
「お、掟って……」
「アサシンは、死ぬまでアサシン。でもハンゾウは組織を抜け行方をくらませた……遅かれ早かれ、こうなることは目に見えていた。でも……まさか、病んでいたなんて」
「病んでいた? まさか、師匠は病気……!?」
「ええ。あと数か月、持つかどうかの病。助かる見込みはない、薬で無理やり延命しているだけ。でもね、いかに死が近くても、組織を抜けた以上、始末される宿命なの」
「な、なんだよそれ!! ってか、あんたは一体……」
「……私は、ハンゾウを倒しに来た。でも……無理だった」
マドカは辛そうに歯を食いしばった。
シャドウは、震えていた。
「逃げなさい。あなたという後継者がいることがわかれば……『黄昏旅団』はきっと、あなたの存在を許さない。今、組織に空いた№1『愚者』の称号は、ハンゾウの一番弟子であった『あのお方』が継いでいる。あなたという存在を知ればきっと、消しに来る」
「……師匠はどこだ」
シャドウは歯を食いしばり、マドカに向かって叫んだ。
「師匠はどこだ!!」
「駄目よ。今、あなたがパワーズの前に姿を見せれば、殺されるわ!!」
「うるさい!! 俺は……まだ、師匠に修行完了の報告、していない!!」
「ま、待ちなさ───っぐ」
マドカは腹を押さえ、蹲った。
まるで『シャドウを追うことができない程度』に調整されたような打撃だと思い、ハンゾウを恨む。
止めて欲しいのか、それとも、シャドウに来て欲しいのか……どちらもハンゾウの意思だと理解できた。ゆえに、止められない。
「ハンゾウ……」
マドカは、走り出すシャドウの背中を見送ることしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇
「もう、終わりですかな?」
「…………」
飛び散った大量の血、肩からねじ切られた右腕、岩石に叩き付けられたハンゾウ。
立ち上がることもできず、印を結ぶこともできず、ハンゾウはパワーズを見た。
「弱い……ハンゾウ様、あなた、全盛期の何十分の一の力ですか? こうも弱くなるとは……『あのお方』もがっかりしますね。あのお方は、あなたに大層懐いて、目標としていましたから」
「…………っがは」
ハンゾウは吐血……出血だけのせいではない。病に侵され、碌に目も見えなくなっていた。
パワーズは右腕の袖だけが破れていたが、それ以外は無傷だ。
杖をクルクル回し、ハンゾウに突きつける。
「最後に、言い残すことは?」
「……なあ、あいつは……『佐助』は元気にしているかい?」
「ええ、あなたの称号である『愚者』を引き継ぎ、『黄昏旅団』を立派にまとめています。フフ……彼の代になってからですねぇ、『殺し』がこうも、楽しくなったのは」
「……馬鹿が。大義名分のねぇ殺しなんて、虐殺と同じよ。オイラが許せねぇのは、罪なき者たちを食い物にし、不当な搾取を繰り返し、人々を苦しめる『悪』だけだ。それなのに……今の教団は、権力者の道具、金さえ貰えば誰だって殺す……」
「ハハハ!! 殺しに大義名分とは……実に面白い」
「確かにな……でも、そうすることで救われる連中もいるんだ。オイラは聖人じゃねぇ、感謝されれば、それでいい」
「それなら、今のままでもいいのでは?」
「……違うん、だよなあ。っがは」
再び吐血……ハンゾウは、もう立つこともできないし、残った左腕を動かすこともできない。
パワーズはつまらなそうに息を吐き、杖をハンゾウに向けた。
「話は終わり。では、首を頂きましょう……フフ、伝説のアサシンを仕留める名誉、ありがたく頂戴します」
「…………」
ハンゾウは目を閉じ、ほんの少しだけ微笑んだ。
「わりーな、シャドウ……」
◇◇◇◇◇◇
「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ───ッ!!」
◇◇◇◇◇◇
そんな時だった。
藪からシャドウが飛び出し、パワーズに向けて強力な蹴りを放った。
「む?」
だがパワーズは防御。いきなり現れた少年に首を傾げた時、身体中に『糸』が巻き付く。
「これはこれは……あなたも裏切りを?」
マドカの『糸』だった。
マドカは歯を食いしばり、パワーズを引き剥がす。
「裏切りじゃない。でも……今は、これが一番正しいと思うから!!」
「それはそれは」
マドカと共に、パワーズはその場を離れた。
シャドウは、ハンゾウの元へ近付き叫ぶ。
「今止血します!! ちくしょう、なんでこんな……」
「待て、もう無駄だ。はは……よかったぜ、最後に話しておける」
「……え?」
ハンゾウはゆっくり目を開け、にっこり微笑んだ。
「シャドウ。修行を始める前に言ったこと、覚えているか? オイラの頼み……」
「お、覚えてる。俺が強くなったら、頼みたいことがあるって」
「ああ、そうだ……頼むシャドウ。今の『黄昏旅団』に所属する二十二……いや、二十一人を全員、
「こ、殺す……お、俺が?」
「ああ。マドカはまだ引き返せる。だが、それ以外の連中はもう、腐ってる……本当はオイラがやるべきなんだが、もう無理でな……だから、お前が現れた時、本当に奇跡だと思った」
「…………」
「『黄昏旅団』はオイラが作った『正義の組織』だった。でも……正義でも何でもない、腐った殺し屋集団だ。それでもオイラは、誰かを殺すことで大勢が幸せになれると信じてた。でもやっぱり……殺しは、殺し。いつかは、腐る」
「師匠……」
「すまねえ、お前は、オイラの尻拭いをするために、オイラが鍛えた、最高傑作だ……恨んでいい、許さなくていい。でも……『黄昏旅団』だけは、潰してくれ」
「…………師匠」
シャドウは、ハンゾウの左手を掴み、強く握った。
「やるよ、俺……師匠がいなかったら、俺はとっくに死んでいた。魔法も使えないクズとして殺されてた。でも師匠が俺に、生きる力をくれた……利用されたんじゃない、俺は、師匠の弟子としてここにいる。俺は俺の人生を生きるために、ここにいるんだ」
「……シャドウ」
「ありがとう師匠。俺、師匠の弟子でよかった……」
シャドウはいつの間にか泣いていた。
ハンゾウの目からも、一筋の涙が流れ落ちる。
そして、ハンゾウは……残された全ての力を使い、左手を持ち上げ、シャドウの頭を撫でた。
「餞別だ。全部終わったら、洞窟の一番奥の壁を調べな、オイラからのプレゼントがあるぜ」
「はは、なんだよそれ……」
「それと、マドカに……オイラの首、持っていけと……伝えて、くれ」
シャドウは目元を拭い、笑う。
ハンゾウも笑っていた。
「最後に教えておく……『忍道二十一印』には、最後の印がある。それは……お前の心の中で結ぶ、強い意志の『印』だ」
「最後の印……」
「忘れるな。お前は……正義のアサシンになれ。『
「うん、なるよ。俺……絶対に」
「……ああ、帰ったら……アニメ見て、漫画読むか。で……牛丼大盛、つゆだくで……風呂入ったら、ダチと、メールして……よお、久しぶり……」
ハンゾウの手から、力が抜け落ちた。
どこまでも満足そうに、夢を見ながら。
「……師匠」
シャドウはハンゾウの手を強く握り、あふれ出る涙が止まらなかった。
そんな時だった。
マドカが吹き飛び、シャドウの近くにある大岩に激突した。
「終わりましたか? ああ───少し、汚れてしまいましたね」
パワーズが、肩の汚れをパンパン叩きながら近づいて来た。
「さて、裏切者……ああ、一人は死んでますね。もう一人『女教皇』も殺し、報告しなければ。ふふ、今日は手柄の宝庫ですね。ああ少年、キミに罪はありませんが……ここで死んでいただきましょう」
「逃げ、て……」
「……お姉さん、師匠を頼む」
「え……あ」
マドカはハンゾウを見て、顔を伏せ、涙を流す。
シャドウは立ち上がり……ゆっくりと、パワーズに近づいた。
「んん? ははは、少年……まさか、私と戦うつもりで?」
「違うよ」
シャドウは普通だった。
怒りも、悲しみも、嘆きも、恨みもない。
まっすぐ、パワーズを見ていた。
「俺は、お前を殺す。師匠との約束だから」
「ほう……それは面白い」
すると、パワーズは杖に魔力を通し、『テンプレート』を発動。
右腕が異常なまでに膨張した。
「知っていますか? 魔法師は魔法式を身体に刻み、テンプレートを通すことで魔法を発動させます。つまり、テンプレートとは魔法の源……そして、魔法師が作ることが可能な、技術の結晶」
「…………」
「ふふ、名乗りましょう。私は黄昏旅団№7『
無属性。それは、地水火風光闇とは別に、テンプレートを直接身体に刻むことで、一つの魔法しか使えなくなる変わりに、圧倒的な魔法を持つ特殊魔法師。
「フフフ、この腕はまさにダイヤモンド!! ああ、美しい力の……」
「うるさいな……もういいだろ」
「はい?」
シャドウは印を結ぶ。
「遺言はもういいだろ───死ね」
シャドウの、『
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