追放

 シャドウは、十五歳になった。

 姉セレーナは貴族の通う『魔法学園』に入ることになり、その準備を進めている。

 妹シェリアも、今年はデビュタントで、来年は魔法学園へ入学だ。

 シャドウには関係がない。何故なら……もう間もなく、家を出るから。

 シャドウは、少ない荷物を部屋でまとめていた。

 カバン一つに入るほどの着替え、そして僅かな本だけ。

 あっという間に準備を終えると、数年ぶりに父親に呼び出された。


「シャドウ。お前をハーフィンクス家から追放する」

「……はい」

「道中、馬車で送ってやる。行きたいところはあるか?」

「……では、隣領の国境まで」

「わかった。そこまでは送ってやる……いいか、ハーフィンクス領地には近づくなよ」

「わかりました」


 話は終わった。

 これが、父と息子、最後の会話……シャドウは、特に何も感じなかった。

 最後の夜を部屋で過ごしているが、何も思わない。

 妹、姉も別れの挨拶もない。すでに二人はシャドウに興味を失っており、姉セレーナはロシュフォール王子との文通に夢中であった。

 興味を失われたことは、シャドウにとって幸運だった。

 おかげで、イジメられることがない。


「……最後の夜、か」


 堅いベッドで寝返りを打ち───……シャドウは眠りについた。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 シャドウは荷物を持ち、部屋を出た。

 外には粗末な馬車が一台見える。食堂を覗くと。


「ね、お父様。私の杖、まだ届きませんの?」

「特注の素材を使ってるからね、もう少し待ってくれ」

「む~……わたしも早く欲しいな」

「ふふ、あなたはもう少し待ちなさい。ね、ジュリア」

「そうね。セレーナ、あなたもシェリアに自慢するんじゃありませんよ?」

「わかってるわ。お母様、お義母様」


 楽しそうな家族の会話。

 父ウォーレン、姉セレーナ、実母マリアンヌ。

 そして、第二婦人ジュリアと、その娘シェリア。

 シャドウの席はない。無能、欠陥品の烙印を押されてから、ずっと。


「…………さよなら」


 ぽつりとつぶやき、シャドウは屋敷を出た。

 馬車に乗ると、御者は無言で馬に鞭を打つ。

 馬車がゆっくり走り出し、クオルデン王国を後にした。

 王都を抜け、街道をゆっくり走り……シャドウは窓の外を見ながら欠伸をする。


「……国境の隣は、アルマス王国だったかな」


 クオルデン王国の隣にある小国アルマス。

 魔法師の質、数共にクオルデン王国には劣る。クオルデン王国の属国だ。

 もう、ハーフィンクスの性は名乗れない。一人のシャドウとして生きて行かねばならない。

 そのために、シャドウは勉強した。


「まず、アルマスの小さな村に行こう。村長に挨拶して、家を買って……」


 猛烈に眠くなってきたシャドウ。


「…………ぅ」


 シャドウは見た。

 御者が、シャドウに杖を向けていた。

 この眠気は───……御者の魔法。

 睡眠魔法……だが、この魔法は医療行為のみ使用が許可されている魔法。故意に人を眠らせるのは、たとえ貴族と言えど犯罪……そこまで思い、シャドウは意識を手放した。


 ◇◇◇◇◇◇


「───…………ぅ」


 目が覚めると、得体の知れない森にいた。

 ぼんやりした頭で首を振り、周囲を確認。

 見たことがない場所だった。身体を起こすと、頭がズキズキした。


「こ、こは……? あっ」


 荷物がない。

 着の身着のまま。シャドウは慌てて周囲を確認する。

 

「こ、国境なんかじゃ、ない……? な、なんで……まさか」

 

 シャドウは、嫌な予感しかしない。

 考えないようにしていた可能性を、口に出す。


「まさか、父上……ぼ、僕を……す、捨てたんじゃ」


 国境に送り、実家から追放。

 荷物を没収し、森に放置。

 この二つでは、全く意味が違う。

 森に捨てる。それは……『殺す』と同じ意味を持つ。


「そこまで、僕を……」


 絶望した。

 迷惑をかけているとは思っていた。でも……ここまでされるとは、思っていなかった。

 

「ああ、そうか……たとえ追放しても、僕の『ハーフィンクス家』の血は残る。下手に血を残したら、ハーフィンクス家の知らない場所で『魔法』を使う者がいると、バレてしまう……」


 だから、追放に見せかけ殺す。

 恐らく御者はグル。というか、間違いないだろう。


「くそ……何が欠陥品だよ、欠陥品に産んだのはそっちのくせに……!!」


 拳を強く握りしめる。だが……魔術回路のないシャドウは、魔力が循環することはない。

 ただ、胸の内側が熱っぽくなるだけ。どれだけ魔力があっても、魔術回路がないと体外には放出できないのである。

 そんな、怒りを滲ませていた時だった。


『ゴルルルルルル……』

「!!」


 シャドウはギョッとした。

 藪をかき分け、小屋ほどの大きさの『犬』が、ヨダレをダラダラ流し、シャドウを見て目をあからさまに歪めたのである。

 その目は、極上の食事を見つけた目。


「あ、あ……」


 死ぬ。

 シャドウは後退りするが、オオカミは口を開けた。


『ゴァアアアアアアアア!!』

「う、うぁぁぁぁぁぁっ!!」


 シャドウは逃げ出した。

 背中を見せて逃げ出した。


「熱っ」


 背中が燃えた。

 違う。オオカミの爪がシャドウの背中を引き裂いたのである。

 シャドウは地面を転がり、何が起きたのか考えた。

 地面が赤く染まり、それが自分の血だと理解できない。

 同時に、物凄く寒くなり、なぜか悲しくなった。


「ぅ、ぁ……」


 猛烈に眠くなってきた。

 ひたひたと、オオカミが近づいて来る。

 このまま、頭を噛み砕かれ、捕食される。

 死ぬ───……そう、思った。


「よっと。おうおう、ラッキーだな坊主……ふむ、怪我は酷い。だがまあ、死にはしない」


 幻聴が聞こえた。

 意識が飛びかけていた。目の前に、何かがいたのはわかった。

 両手で何かやっているのが、ぼんやり見えた。


「風遁、『神風の術』」

 

 そう、聞こえた時───シャドウの意識は闇に落ちた。

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