デビュタント

 セレーナ、シェリア。

 ハーフィンクス家の天才姉妹。この名は、セレーナのデビュタントで一気に広まった。

 社交界デビューしたセレーナ。魔法の腕を問われ、ハーフィンクス家の訓練場でお披露目をした。

 使う魔法は『火』魔法。最もポピュラーであり、魔法の腕を問われたら披露する魔法だ。

 ドレス姿のまま魔法を使う……それは、貴族令嬢では当たり前の光景。


「では、はじめます」


 セレーナは『杖』を手にする。

 練習で使う『樫の杖』だ。デビュタント前は誰でもこの杖を使う。

 デビュタント後、持ち主にしか使えない杖をオーダーメイドで作るのが一般的。


「火魔法……」


 初級火魔法『火の槍ファイアランス』だ。

 炎の槍を生み出し、目標に向けて放つ基礎魔法……だが。

 セレーナは、火の槍を一つではなく七つ同時に生み出し、さらに水の玉、土の塊、風の刃を同時に発生させ、的に向かって放った。


「なんと、異なる属性を同時に!」「多重属性起動をこの年で!」

「おお、さすがハーフィンクス家!」「すばらしい!」


 と、パーティーに来た貴族たちが拍手喝采。

 セレーナと同世代の少女たちも、セレーナを羨望の眼差しで見ていた。

 そして、セレーナに見惚れる一人の少年。


「……すばらしい」

「お褒めの言葉、光栄ですわ。殿下」

「え、あ……ああ」


 クオルデン王国王子、ロシュフォールだ。

 セレーナと同じ十五歳。水魔法の申し子と呼ばれ期待されている、次期国王である。

 ロシュフォールは、意を決したのかセレーナに近づく。


「ハーフィンクス令嬢。私と、ダンスを踊っていただけませんか?」

「喜んで」


 二人は手を取り合おうとするが。


「お姉さまっ!!」

「きゃっ!? しぇ、シェリア?」

「もう、お姉さまばかりずるいわ。わたしの魔法も見て欲しいのにっ」

「こ、こら。今は私の……」


 と、姉セレーナから杖をひったくると、『火』魔法を発動。

 いきなり現れての狼藉だが、誰も止めない。


「燃えちゃえっ!!」


 シェリアの周囲に浮かぶ、『火の槍』……その数、実に三十五発。

 三十五の槍が的に向かい、一気に飛ぶ。


「な、なんだこの数は……!!」「一つの魔法を、同時行使!?」

「熟練でも、せいぜいは十発が限度だろう?」「すばらしい!」


 思わぬ才能を見せたシェリアは、姉に向かって微笑む。

 デビュタントの主役はセレーナだ。だが、セレーナは苦笑し、妹シェリアの頭を撫でる。

 そんな慈愛を見せたセレーナを見て、ロシュフォールは胸を打たれた。


「優しいんだけ、ハーフィンクス令嬢」

「妹ですから。それと……セレーナで構いませんわ」

「あ、じゃあわたしはシェリアで!!」

「ははは……うん、じゃあセレーナ、ダンスを申し込んでいい? それと……ロシュ、って呼んでくれ」

「ええ。では……ロシュ様」

「じゃあ次はわたしね、ロシュさまっ」


 どこか微笑ましい光景だ。

 こうして、早くもセレーナに、『次期王妃』の称号がチラつくのだった。

 ハーフィンクス家当主ウォーレンは、遠くでワインを飲みながら微笑んでいる。

 すると、ハーフィンクス家と並ぶ魔法名家、ウィングボルト公爵家の女当主、アリアルが隣に並んだ。


「才能に溢れたいい子たちね。羨ましいわ」

「ふ……セレーナは王妃に、シェリアはハーフィンクス家次期当主として据え置くのもありだな」

「ふぅん……」


 貴族は、魔法の腕が全てである。たとえ女でも、魔法の腕があれば爵位を得られるのだ。

 アリアルは、ウォーレンを見ながら言う。


「ねえウォーレン……そういえば、あの子は?」


 ピクリと、ワインを飲もうとしていたウォーレンの手が止まる。


「ハーフィンクス家始まって以来の、絶大な魔力を持つ子供」

「……病で寝込んでいる」

「ふぅん。てっきり、虐待、監禁でもしてるのかと」


 ウォーレンの目が鋭くなりアリアルを睨むが、アリアルは気にしていない。


「ま、失敗作の扱いに困っているようで大変……そう言いたかっただけ」

「……何が言いたい」

「十五歳になったら実家を追い出すっていうのもいい考えだけど、それだと後々面倒なことになるかもよ? たとえば……グランドアクシス家が拾って、あることないこと吹き込んで、あなたへの当てつけにするとか」

「ふん、グランドアクシスのような化石貴族に、あの失敗作をどうこうすることなどできん」

「可能性の話。ヤルなら……徹底的に、確実にしたら? どうせ情なんてないんでしょ?」

「……何が言いたい」

「例えば、十五歳になったら家を追い出す。追い出した先が『闇の森』だった、とか」

「……ほう」

「ふふ、あそこは入ったら最後、死しかない。邪魔の処分には最適のゴミ捨て場」

「闇の森か……あそこは『暗殺者アサシン教団』の巣があると聞いたが」

「真実は闇の中、ね」


 アリアルはウォーレンに向けてグラスを向ける。

 ウォーレンは自分のグラスを軽くぶつけ、透き通った音を響かせるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「……はあ」


 シャドウは一人、自室にいた。

『何があっても部屋から出るな』と命じられた。姉セレーナのデビュタントで、魔力しかないシャドウが顔を出すことは恥しかない。

 窓を開け、星空を眺める。


「あと、半年……」


 半年……それは、ハーフィンクス家を出る日。

 両親から拒絶され、姉と腹違いの妹からはオモチャにされ、使用人たちすらシャドウの元には近づかない……この、地獄のような環境を抜け出すまで、あと半年。


「仕事、しないとな……俺にできる仕事」


 どこか、小さな村に住むのもいい。

 畑を耕し、作物を育て、のんびり過ごすのも悪くない。

 魔法が関係しない場所で、静かに暮らしたい。

 それが、シャドウが望むたった一つの希望だった。

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