第29話 変わりゆく季節
いつの間にか暑い夏も終わり、涼しさが増してきた季節に瞬は通信高校へと入学した。
入学式は俺と母親とで付き添いしたが、見てる方も辛くなるほど瞬は不安そうな表情を浮かべ、カチカチに固まっていた。
そんな入学式が終わり、冬が訪れた頃には定期的に通う学校にも慣れ、少しずつ笑顔を取り戻していた。
まだ友達ができないと悩む瞬に、何度も焦らなくていいと伝え、友達なんて意外と自然になっているものだから、そう身構えなくていいと励ました。
勉強の方は、最初は苦戦したものの、元々頭が良かったのか要領を掴むと楽しいと言い、熱心に励んでいた。
実際、中学の頃は上位に名前が載るほどの成績だったらしいが、いじめがエスカレートしていく段階で徐々に成績は落ちていき、高校へ上がった頃には追いついていけなくなったと言っていた。
瞬は本当に大切な時間を奪われていたのだと、改めて思い知らされる。
瞬は他人だった俺に優しく寄り添い、俺の痛みを自分の事のように悲しんでくれる、そして親想いで、素直に努力ができる人間なのに、笑顔も自信も根こそぎ奪った顔も知らない奴らに腹ただしかった。
そして、そんな瞬の時間を奪ってしまった自分自身にも腹が立った。
何かある度に、奥底から来る罪悪感・・・それでも、瞬の笑顔を見る度に救われているような気がしてくる。
(僕に呆れてしまって離れてしまったら・・・・)
ふと、以前言っていた瞬の言葉を思い出し、俺はふっと苦笑いする。
離れてしまわないかと不安に思っているのは、俺自身だ。
瞬も少なからず俺への罪悪感がある。
それを利用したと言われても、俺は違うと断言できない。
それを利用してまでも、繋ぎ止めたかったのは本心だからだ。
これから友人を作り、楽しんでいくであろう学校生活も本当は喜ぶ事なのだが、今まで瞬の世界には俺しかいなかったのもあり、ほんの少し寂しさを覚え、これからの沢山の出会いに俺は嫉妬している。
年の離れた俺とでは叶わない学校生活の中で、きっと瞬の優しさを知り、あの愛らしい笑顔を見て、瞬を想う人が現れるかもしれない。
もし、そうなった時、瞬は俺を選び続けてくれるのだろうかという子供っぽい不安。
自分の心の狭さに、大人らしい余裕が持てない自分に嫌気がさすが、それだけ瞬を愛しているのだと知らされる。
大切で、何をしてても愛おしくて、心の底から求めてしまう俺の愛する人。
瞬が本当に好きでたまらない・・・・。
「・・・それで、健志さん、今年のクリスマスはどうする?」
「えっ・・・・?」
「聞いてなかったの?もしかして、どっか具合でも悪いの?」
「あっ・・・いや、少しぼーっとしてただけだ。それより、何の話だっけ?」
「・・・・本当に大丈夫?」
「あぁ。それで、クリスマスが何だって?」
「母さんが、今年は予定があるから2人で過ごしてって・・・」
「そうか・・・交際は順調なんだな」
俺は安堵のため息を吐きながら、瞬へと笑顔を向ける。
俺の笑顔に安堵したのか、瞬も笑顔を返してくれた。
瞬が高校へ行くと決めた頃、瞬の母親も自分も前に進んでみると言い、瞬が以前、話していた男性と交際を始める事にしたようだった。
きっとそれは少なからず、俺達の為だったかもしれない。
自分にパートナーができれば、この先、年老いても俺達の邪魔にはならないと思ったんだろう。
それからは、順調にデートを繰り返しているようだった。
「僕ね、ずっと気になってたの」
「何をだ?」
「健志さんと出会ってから、クリスマス一緒に過ごそうって約束をまだ果たせてなかったから・・・」
瞬の言葉にそう言えば・・・と俺も思い出す。
出会った年のクリスマスは、俺が倒れてしまって叶わなかった。
2度目のクリスマスは、瞬が眠りから覚めたばかりで、それどころじゃなかった。
「やっと一緒にクリスマスを過ごせる。僕、一緒に過ごす事で、互いにあの事故の日を乗り越えられる気がしてたんだ。でも、ずっとそれが叶わなかったから、僕が罪から逃れられるなんてないんだと思ってた。それに、健志さんの悲しみもなくならないのだと思うと、それが悲しかった」
「瞬・・・・」
「だから僕、ずっと祈ってるんだ。今年こそは一緒に過ごせますようにって」
「そうだな。絶対に一緒に過ごそう。きっと大丈夫だ」
俺の言葉に小さく頷き、瞬は俺の胸に身を任す。
俺はそんな瞬が愛おしくて、大丈夫だと言い聞かせるように強く抱きしめた。
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