第28話 瞬の決意

あの日から、時折ぼんやりしている瞬の姿があった。

俺はあえて何も言わず、ただ側にいて、普段の日常を過ごしていた。

瞬が負担に思わないように、プレッシャーにならないように、ぼんやりと考え事をしている時は体を寄せ合うように隣に座り、瞬の頭を撫でながら本を開く。

その本はやっさんがくれた建設関係の資格の本だった。

この先の事を見据えて何か資格を取れと言いながら渡してきた本には、建築業のノウハウが書かれていた。

建築業といっても、会社で役割があるように細かく分類されている。

設計する人、指示をする監督、地盤を作る業者、内装を専門にする業者、作る者がいれば解体する者もいる。

昔と違って、鳶や大工などと大まかに分類されていないのだ。

その細かい業種、その業種に必要な資格などが本には書かれていて、やっさんの会社はそのすべての業種を賄っているが、どこの業種に携わるかによって仕事体制も給料も異なってくる。

今までの俺は、とにかく給料がいい現場を選び、率先するのではなく補助として、いろんな業種をしてきた。

ただ必死に稼いでいただけなのだが、真面目で努力家だと会社内で俺の評価が上がっていたのもあり、これを機に一つの業種を専門にしないかとの打診でもあった。


「健志さん・・・・」

俯いていた瞬が俺を見上げ、声をかける。

「どうした?」

俺は本を閉じ、微笑みながら瞬を見つめる。

「屋城さんの事務所のバイト、しようかと思います」

「・・・・そうか」

「それから・・・・」

言葉をつぐむ瞬に、俺は安心させるかのように頭を撫でてやる。

「それから、通信の学校へ行こうと思います」

「・・・・」

「夜間も考えたんですが、やっぱり僕はまだ勇気が出ません。通信なら定期的に学校に行けばいいだけだし、今はネットで受講もできるから・・・・」

「そうか・・・わかった」

「・・・・ごめんなさい」

「なんで謝る?」

「だって、金銭的にも負担になるし、もしかしたら定期的な登校も僕には無理かもしれない」

「そうだな。でも、やってみたいんだろ?俺にまた敬語を使う位、勇気を出して言葉にしたんだ。その勇気を俺は信じて支える。もちろん、無理強いはしないけどな」

「健志さん・・・・」

「俺は別に今のままでもいいが、やっさんが言う様に、これは瞬の人生で、瞬が決める事だ。だから、わがままでもなんでもない。瞬には、自分の人生を好きな様に生きて笑ってて欲しいんだ。笑顔でいる瞬の隣に俺はいたい」

「・・・・・」

「それから・・・俺の為だとかも思わないで欲しい。確かに俺にはまだ拭えない罪悪感はある。それは俺の問題であって、瞬のせいじゃない。きっとこの罪悪感は、この先ずっと拭えないのかもしれない。それでも、瞬が俺がそばにいることを許してくれる限り、それは少しずつ薄れていくと思うんだ。だから、これは俺のわがままで切実な願いだが、瞬、ずっと俺をそばに置いてくれないか?俺はずっと瞬の側で生きていきたい」

真っ直ぐに瞬の目を捉え、そう言葉をかけると、瞬は目を潤ませ抱きついてくる。

「僕も、僕も健志さんの隣で生きていきたい。もし、健志さんが僕の弱さにうんざりしても、僕は離れてあげないからね!」

必死にぎゅっとしがみついてくる瞬の言葉に、俺はつい吹き出してしまう。

何故笑うのかと不思議そうに俺へと顔を向ける瞬の頬を両手で包み、リップ音を鳴らしながら何度もキスをする。

「俺が呆れるわけないだろ。どんな瞬でもこんなに愛おしいんだから・・・」

「本当に?」

「あぁ。本当だ。何度も言うが、俺はお前に心底惚れてる。大好きだ、瞬」

「僕も・・・僕も大好き」

少し顔を赤らめそう告げる瞬に、愛おしさが込み上げ、またキスを落とす。

今度は深く長いキスを・・・言葉でも体でも瞬を愛していると伝える為に・・・

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