第27話 これから先の事
しんみりとした雰囲気を割くように、やっさんが声を上げる。
「ほら、冷めないうちに飯を食おう。今日は健志の奢りらしいからな。今まで苦労させられた分、たらふく食べてやろうぜ」
そう言って、運ばれてきた肉を頬張る。
その言葉に場の雰囲気も和らぎ、俺達は互いに微笑み合う。
そして、いつまでも泣き止まない瞬を抱きしめ、背中を摩ってやる。
「瞬、俺と一緒に幸せになろうな」
そう耳元で囁くと、瞬は何度も小さく頷いた。
そろそろお開きにしようかと時計を見た時、やっさんがまた声をかけてくる。
「ところで瞬くん」
「は、はいっ」
「君はこの先を考えているのか?」
「え・・・?」
急な問いかけに、瞬は固まったまま戸惑いの表情をする。
「起きたばかりだから、そう急ぐもんじゃないけど、もう一度学校に行く気はないか?」
「・・・・・」
「やっさん、それは・・・・」
「中卒でも仕事はできる。特に俺らの会社にはそんな人間がゴロゴロいる。だが、可能性を広げてくれるのは、やっぱり勉強だ。君は、その機会を得れなかった。学んでいて損はない」
やっさんの話に、瞬は俯いて黙ってしまう。
「通信という手もあるが、夜間もある。実際、バイトのやつにも何人か通ってる奴もいるんだ。最初は戸惑うだろうが、意外と楽しいみたいだぞ?」
「僕・・・・僕、学校が怖いです」
「怖い?」
「瞬・・・・」
前に一度学校に行ってきたと話してはいたが、心についた傷はそうそう治る物じゃない。俺は、そっと瞬の手を握る。
「僕・・・実はずっとイジメを受けてたんです。嫌がらせや、暴言、時には暴力もありました。だから・・・」
途中まで言いかけて言葉を詰まらせる瞬に、俺は話さなくていいと言うように手を指で摩る。瞬は不安そうな表情で俺を見上げるが、俺はこくりと頷いて微笑んだ。
「そういう事情なら無理強いはしないが・・・今はこうだが、俺も昔はヤンチャで、勉強が大嫌いだったんだ。それでも学校が嫌いになれなかったのは、仲間がいたからだ。そいつらとバカやってるのが楽しかった。まぁ、未だにつるんでるがな」
やっさんは、何かを思い出したようにふふッと笑うと、また瞬へと視線を戻す。
「瞬くん」
「・・・・はい」
「君は、言わば第二の人生を得た。だから、辛かった思い出を塗り替えて生きてみるのもいいんじゃないか?」
「塗り替える・・・」
「そう。もう一度学校に行って、たった1人いい。友達を作るんだ。そうすれば、学校なんて怖くない。その友達と楽しい思い出を作るんだ。友達と過ごす時間は、人生の宝物になる。もちろん、社会に出た後にでも友達を作る事はできる。だが、学生時代に苦楽を共にした友達より深くは繋がれない。だから、学校に行くんだ。行って、いろんな経験を積んで、自分の好きな事を見つけるんだ」
「好きな事・・・・」
「建志、お前にも言ってるんだぞ?志半ばで大学を辞めた。お前も前を向くなら、それに向き合ってみろ」
「俺は・・・特にやりたい事はなくて、父が公務員だったから、何となくで公務員の道を選んだだけだから・・・今の仕事は気に入ってるし、やりがいも感じてる。
だから、このまま仕事を続けるよ」
「そうか・・・まぁ、雇っている側からしたら、その言葉はありがたいがな」
やっさんは笑いながら、最後のビールを飲み干した。
瞬は俯いたまま、やっさんの言葉を考えているようだった。
それを見たやっさんは、ビールを一口飲むと、優しく瞬に声をかける。
「今すぐにじゃなくてもいい。不運で失った時間も、クソ野郎共のせいで本来はいい思い出になったかもしれない時間を取り返すんだ。それが出来たら、きっとこの先の力になる。だから、頭の片隅にでも置いといてくれ」
やっさんの言葉に瞬は小さく頷き、俺を見上げる。
俺は瞬の手を握りながら微笑むが、俺の頭の中でもやっさんの言葉がぐるぐると駆け巡っていた。
失った時間の分だけ、この先は俺との時間を紡いでいけばいいと思っていた。
でも、取り戻す事が瞬にとっていい事なのかもしれない。
学校に通う事は考えなかったわけではないが、瞬の辛い過去を思い出させるのでは無いかと口に出せないでいた。
やっさんはきっと瞬が前に進みやすいように助言しているのと同時に、俺と瞬、加害者と被害者としての罪の壁を無くそうと思っているのかもしれない。
この関係がこれからの俺達の隔たりになりゆるかもしれないからだ。
瞬が取り戻す事で、俺が奥底に持っている罪悪感も薄れる。
やっさんは、そこを見越しているのかもしれない。
でも、それは俺が楽になるだけで、瞬にとってはいい事で無いのかもしれない。
いろんな思いが湧き上がる中、その日は静かに終わった。
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