第26話 もう一つの罪
「俺は・・・賛成かな」
ずっと黙って話を聞いていたやっさんがポツリと呟く。
「事情が事情だけに、俺が一番健志を近くで見てきたから、わかるんだ。こいつ、本当に死人みたいな顔で、息しているのかもわからないような、全てを諦めてるかのような生き方をしてたのに、ここ最近の顔は本当に幸せそうなんだよ。
見た事ない笑顔まで見せて、毎日生き生きしてんだよ。それはきっと瞬くんのおかげだろ?幸か不幸か、出会いは最悪だったけど、こうして2人は今、一緒にいる。
運命だって言っても過言じゃないと思うぞ?」
「・・・・」
「やっさん・・・」
「ただよ、建志。お前の兄さんの気持ちもわかる。心配なんだよ。またお前が苦しむ事になるんじゃないかって・・・。お前も辛い日々を過ごしてきたが、お前をずっと思って、心配し続けた日々を何年も送ってきたお母さんや、兄さんの気持ちもわかってやれ。それに・・・お前には黙っていたが、お前のご両親、離婚したぞ」
「え・・・・?」
思いもよらないやっさんの言葉に、俺は絶句する。
そんなに仲がいいとは言えない夫婦ではあったが、それでも2人の間に愛情は感じられた。
「屋城さん、それは言わない約束でしよね?」
慌てる兄、俯く母に、その言葉が真実だと悟る。
「いつまで隠すつもりだ。いずれバレる事だろ?」
「そうですが・・・」
頭が真っ白になり、黙り込んだ俺の名を母が呼ぶ。
「建志・・・あなたのせいじゃないわ。確かにきっかけはそうだったけど、それだけじゃないのよ。あの人、他に好きな人がいてね。前から気付いてはいたけど、あなた達もまだ手のかかる年頃だったし、家庭を優先していたから私も何も言わずにいたの。きっと、それがいけなかったんだわ。あの事があってから次第に帰ってこなくなってね。お兄ちゃんが自立してからすぐに、離婚の話が出たの」
淡々と話す母を見て、父の不貞とはいえ、きっかけを作ってしまった事が申し訳なくて、膝に置いてた手を握りしめる。
そんな俺を、瞬が見つめているのがわかるが、俺は顔を上げれず俯いたままでいた。
「健志、そんなに思い詰めないで。私ね、悔しくて、お兄ちゃんと手を組んであの人にたっぷり慰謝料をもらってやったわ」
その言葉に俺はゆっくりと顔を上げた。
「だって、あの人、離婚の理由が健志だって子供のせいにしたのよ!自分の不貞は認めないでね!私、本当に腹が立っちゃって・・・あぁ、この人は本当に私達家族の事なんて何とも思ってなかったんだって。家庭を優先にしていたのは、外見的に悪く見られない為だけだったんだって思ったの。それに、自分の子供のせいにして、自分を正当化する卑怯者なんだって気付いたのよ。だから、お兄ちゃんと不貞の証拠を揃えて追い出してやったわ。お兄ちゃんには本当に助けられた」
そう言って微笑みながら兄を見る。兄もドヤ顔で母を見ていた。
その姿を見て、俺はポロリと涙を溢した。
「ごめん・・・本当にごめん。2人が辛い思いをしてた時に、俺は独りよがりで殻に篭ってた。母さんに会いにも、連絡もしなかった。兄さんにも沢山心配させた。本当にごめん」
ポタポタと涙を流しながら謝る俺に、兄が手を伸ばし、頭をくしゃくしゃに撫でる。
「お前は母さんにとって自慢の息子で、俺にとって可愛い弟だ。そんなお前が辛い時にちゃんと支えてあげれなかった事がもどかしかった。屋城さんが言うようにお前が笑顔を見せてくれるようになった事を嬉しく思ってる。でも、それでも心配なんだ」
兄は本当に心配そうな表情で俺を見つめる。
俺は乱暴に涙を拭うと、真っ直ぐに兄を見つめた。
「もう兄さんが心配するような事は起きないよ。約束する」
俺はそう言って、いつの間にか泣いている瞬の肩を抱きよせる。
「瞬と一緒にそれを証明して見せる。俺が瞬といる事でどれだけ幸せなのか、ちゃんと前を向けているのか、これからはそんな姿を見せていくから、今度は兄さんと母さんの幸せを見守らせて欲しい」
真っ直ぐにはっきりと言葉にする俺を、兄は眉を下げながら微笑んだ。
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