第23話 新しい出発
退院の日が決まったと嬉しそうに戻ってきた母親に、瞬は嬉しそうに俺からもらった指輪を見せた。
一瞬、驚いた表情を見せた母親だったが、すぐに良かったねと喜んでくれた。
そして、今後の話を始めた途端、母親は戸惑った表情を見せた。
「2人が住む事には反対しないけど、そこに私がいてもいいのかしら・・・?」
「俺は、瞬が安心して再出発できるように、瞬と瞬のお母さんと三人で暮らしたいんです。これは俺と、お母さんの再出発でもあるんです。一緒に暮らして、一緒に再出発の一歩を踏み出しませんか?」
「健志くん・・・ありがとう・・・」
目に涙を溜めてそう答える母親に、瞬も目に涙を浮かべて母親の手を取る。
「僕も、頑張って回復したら、これからはお母さんを支えるからね。ごめんね、ずっと心配させて・・・それから、お母さん・・・」
「・・・何?」
「これからはお母さんも、自分の幸せを考えてね」
「え・・・?」
「今すぐにじゃないんだ。僕達と歩き始めて、少しだけでもいいから自分に余裕ができたら、あの人の事、考えてあげて」
「・・・・瞬」
「あの人、本当にいい人だったよ。今だに、お母さんを想ってる。だから、もう大丈夫だと思ったら、お母さんも自分の幸せを考えてほしいな。きっと、お父さんも許してくれるよ」
瞬の言葉に、ポロポロと涙を落とし始めた母親は、そうねと小さく答えた。
瞬の話だと、だいぶ前から同じ職場の人から好意を持たれていたらしい。
頑なに瞬が優先だから、今は考えられないと断っていたが、その人はそんな事情も踏まえて、決して無理強いする事なく、根気よく母親を支えていたそうだ。
母親も少しは思う事はあったらしいが、まだ、俺と和解する前だったから自分だけ幸せになる事はいけない事だと、言い聞かせていたらしい。
瞬はそんな母親を思って、しばらくの間、その人をつけ回していたらしいが、本当に裏表がなく、誰でも優しく真面目で、少しだけ不器用な人だったと話してくれた。
それから、二週間ほど経った頃、瞬は退院した。
何とか引っ越し先は決まったものの、退院まで荷造りが間に合わず、しばらくは瞬は実家に戻り、俺だけ先に引っ越しへと漕ぎ着けていた。
そもそも、俺の荷物は少ない。
ただ寝る為に借りていた場所だったと言っても過言ではないくらい、家具といえばベットとテーブルのみで、今まで節約していた分、服も少ない。
そんな俺の荷造りはほんの2時間程度で終わっていた。
やっさんに手伝ってもらいながら、借りたトラックに荷物を詰め込んで、部屋の掃除を始める。
何もなかった部屋だったからか、本当に片付けも楽だ。
家を追い出され、大学も退学して、1人ここへ移り住んだ。
元の家から運んだのは、使っていたベットと小さなテーブル、そして数枚の服だけだった。
それからは、ひたすらに働いた。
クタクタになるまで働いて、暗く静かな部屋に戻り、ひたすら寝てまた仕事へと向かう。もう、何年もそんな暮らしだった。
街の景色がいつ変わって、すれ違う人達が笑いながら通り過ぎても、俺の耳には入らず、景色も目に映る事はなかった。
ずっと足元を見て歩いていたから・・・
だけど・・・・あの日は本当に不思議だった。
通い慣れた道、いつものように俯き加減で歩いていたのに、何故かふと前が気になり顔を上げた。
そこには、俺が気づいているとも知らずに、俺を悲しそうに見つめる瞬の姿があった。
その表情が凄く気になって、口から溢れたんだ。
もしかしたら、俺はあの日から瞬に・・・あの悲しげな瞳に囚われていたのかもしれない。
そう思うとフッと笑みが溢れる。
そして、俺はゆっくりと靴を履き、小さく行ってきますと言葉を残し、部屋を出た。
俺の孤独と寂しさを守る要塞のような部屋・・・・空虚だった部屋に差した小さな光・・・その光が今は俺へと注がれている・・・その暖かさが俺を導いてくれる・・・早く会いたい・・・そんな思いが胸を駆け巡る。
そして、トラックでタバコを吹かしながら待っているやっさんの元へ、足早に駆け寄り、早く行こうと声をかけた。
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