第24話 始まりを迎える準備

早々と新居へ荷物を移し、そこで待っていた瞬と一緒に街へと買い出しに出かける。

家電は今まで使っていた物や、瞬の家から持って来る物で事足りるので、食器や細々した物を買い揃えていく。

楽しそうに選んでいる瞬の姿を見ながら、ふと退院前の母親の顔を思い出す。


瞬が看護師に連れられて、退院前の検査をしている間、俺と母親は色々話しながら少しづつ荷物を片付けていた。

そんなに多くはない荷物をバックに詰め終えた後、母親から封筒を渡された。

それは、俺が今までに送ってきたお金の中から入院費を出し、残りを貯めていたというお金だった。

「実を言うとね、最初の頃は怪我もあったから色々とお金はかかったけど、怪我も治ってただ眠っているだけになってからは、そんなにお金がかからなかったの。

だって、心電機に繋がれて、栄養を取る点滴以外に何も処置は施されなかったから・・・定期的に検査はあったけど、特に異常はなくて、本当にただ眠っているだけだったのよ・・・」

そう言って、ベットを指でなぞる母親の表情は、とても悲しそうだった。

処置がなかった・・・それは、処理をする術がなかったのであって、ただ眠り続ける瞬を見守る事しかできなかったという事だ。

そんな時間を、何年も母親は1人耐えてきた・・・それが、俺の胸を苦しめた。

「本当にすみませんでした・・・」

ポツリと呟いた俺に、母親は首を振り、にこりと微笑む。

「あなたのせいだけではないわ。それに、あなたのおかげで瞬は目を覚ましてくれた。そして、瞬に幸せをくれた。あの笑顔をまた見れただけでも、私は幸せよ」

その笑顔からは、本心だと言っているように聞こえた。

それが、俺の心を掬い上げてくれる。

怖がらずにもっと早く来るべきだった・・・そんな後悔もあったが、今は三人での再出発を俺が守ろうと心から誓った。それが、俺の新たな役目だと思えた。


「三人分のお揃いの食器、見つかって良かったね。僕ね、最初の食事はハンバーグがいい」

瞬はそう言いながら、俺の手を握る。

最初は恥ずかしがっていた手も、病院にいる間にすっかり慣れたのか、外でもこうして手を絡めてくれる。

俺はそれが嬉しくて、繋がれた手をぎゅっと握り返す。

時折、すれ違う人が物珍しそうにその手を見たり、ヒソヒソと話す声が聞こえ、瞬が気まずそうに手を離そうとするが、俺は大丈夫だと言うようにわざと手を引き寄せ、瞬の髪にキスをする。

瞬が真っ赤になってやめてと懇願するが、俺はそれを見て微笑む。

「だったら、手を離すな」

そう意地悪を込めた言葉を言うと、瞬はぶつぶつと呟きながら手を握り返してくれた。

いつの間にか敬語もなくなり、こうして反抗までしてくる瞬が愛おしくてたまらなかった。

「瞬、やっさんの奥さんが教えてくれたんだが、この先に有名なクレープ屋さんがあるんだと。お前の好きなチョコクレープ、食べてくか?」

俺の問いかけに目を輝かせて、行くと即答する瞬が可愛くて、また唇を寄せると瞬はすかさず頭に手を乗せて、俺を睨む。

そんな瞬を見ながら俺は声を出して笑った。


その夜は、久しぶりに瞬と一緒に眠った。

隣にある温もりが愛おしくて、俺は瞬を抱きしめる。

瞬も同じ気持ちでいてくれるのか、俺の背中に手を回し、胸に顔を埋め、頬擦りする。

「健志さん・・・ずっと僕の名前、呼んでくれてありがとう」

「なんのことだ?」

「僕が体に戻ってから、毎日、何回も名前呼んでくれたよね?僕、ちゃんと聞こえてたよ。すごく嬉しかった」

「・・・聞こえていたなら、良かった・・・」

「僕ね、暗いところでその声を聞いて、ずっと目覚めたいって祈ってたんだ。健志さんとお母さんの声を聞きながら、ずっと生きたいと願ってた。もう命を無駄にするような事は考えないから、一所懸命生きるから、僕を目覚めさせてって祈ってた」

ぽつりぽつりと呟く瞬を、俺はぎゅっと強く抱きしめる。

「戻ってきてくれてありがとう。瞬、愛してる」

「僕も・・・僕も健志さんが大好き。僕もあ・・愛してます」

小さいながらもそう返してくれる瞬が心から愛おしい。

俺は体を少し離して、瞬に何度もキスをする。

触れるだけのキスを、そして少し熱の混じった深いキスをする。

うっとりする瞬を見て、腰が疼くのを感じるが、俺はグッと堪えてまた抱きしめる。

「今日はこうやって寝よう。互いの温もりを感じながら、朝まで寝よう」

そう自分にも瞬にも言い聞かせながら、その夜はずっと羊を数えていた。

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