第22話 懐かしい眼差し

どのくらい経ったのか、処置室から出てきた瞬の体には点滴と機械が繋がれていた。

一通り検査をしたが、発作の原因はわからなかったそうだ。

容態は安定したが、念の為、ナースセンターの近くの部屋に移動になった。

そこは4人部屋で、機械に繋がれた人達ばかりだった。

それが俺達をより一層不安にさせる。


「お母さん、瞬の荷物、これで全部です」

俺は元の部屋から荷物を運び、棚に閉まっていく。

母親は力無い声でありがとうと返し、瞬の髪を撫でていた。

いつの間にか部屋が明るみ始め、もうそんな時間なのかと気付く。

外へ視線をやれば、天気予報通り雪が降り始めていた。

ふと、7年前を思い出す。

あの日も日が登りきらない早朝だった。

こんな風に雪が降ってて、静かな朝だった。

俺は母親とは反対側に座り、瞬の手を見つめながらそっと握る。

その瞬間だった。

弱弱しい力で握り返す感覚があった。それと同時に母親が俺の名前を呼ぶ。

「・・・か・・・さん・・・け・・・じさ・・・」

か細い声に俺は立ち上がり、瞬の顔を覗き込む。

開けきれない細めの目だったが、その目は俺と母親をしっかりと見つめていた。

「た・・・いま・・・」

その言葉に、俺も母親も大粒の涙を落としながら微笑んだ。

「おかえり、瞬」

同時に言葉を返す俺達に瞬は力なく微笑んだ。


あれからまた眠りについたが、数時間後には目を覚まし、今度は目をちゃんと開き、俺達に微笑んでくれた。

医者達もびっくりしていたが、再度検査し、異常が見られなかった事に更に驚いていた。

長い年月を眠ったまま過ごした瞬の筋力は全てが弱っており、そのせいか喋る事もままならなかった。

だが、少しつづリハビリと食事で体力を付けていけば元通りになると言われ、俺は仕事が終わると毎日の様に病院へ通い、母親と一緒にリハビリの手伝いをした。

眠っていた時間が長かった分、それを取り戻すのは瞬にとってはとても辛い日々だった。

それでも、瞬は投げ出す事なく懸命に耐えた。

最初は辿々しかった会話もだんだんとスムーズになり、食事の量も少しずつ増えていった。


「瞬、ただいま」

「健志さん!おかえりなさい!」

俺の姿を見るなり、ベットの上から満面の笑みで迎えてくれる。

目が覚めてからもう半年が経とうとしていた。

今ではゆっくりではあるが、1人で歩けるまでになっていた。

回復の速さに周りが驚くほどだった。

俺はベットのそばに行き、母親に挨拶しながら椅子に腰を下ろす。

それから瞬の頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んだ。

「全く・・・母親が来た時より嬉しそうな顔をするのね」

母親が呆れた顔をしながらそういうと、瞬はそんな事ないよと慌てて言葉を返した。

「お母さんが来るのもすごく嬉しいよ!」

「はい、はい。健志くん、私、お医者さんに呼ばれてるから少しの間、お願いしていい?」

「はい。もちろんです」

俺がすぐに返事を返すと、聞くのは野暮ねと笑いながら部屋を出て行った。

「きっと、退院の事だよ」

「退院できるのか?」

「うん!午前中の回診の時にね、そろそろだって言ってた」

「そうか・・・」

「嬉しくないの?」

「違う。嬉しいに決まっている。ただ・・・」

「ただ・・・?」

「瞬、俺、ずっと考えていたんだが、一緒に暮らさないか?」

「え・・・?」

「もう少し広い部屋を借りて、お母さんも一緒に暮らさないか?」

「・・・・・」

「嫌か?」

「・・・ううん。僕、嬉しい。僕もまた一緒に暮らしたいと思ってた。でも、ずっと1人にさせてたお母さんも心配で・・・」

「あぁ。きっと瞬なら心配するだろうなと思ってた。だから、瞬に先に聞いてOKして貰えたら、一緒にお母さんに話しようと思ってたんだ。部屋は俺が探しておく。あ、でも退院日が近いなら急がないといけないな」

「健志さん・・・本当にいいの?」

心配そうに見つめる瞬に俺は微笑みながら、リュックから小さな小箱を取り出し目の前に差し出す。

きょとんとそれを見つめる瞬に箱の中身を見せると、驚いた表情で中身と俺を交互に見つめる。

「瞬、目にみえる形がこれしか思いつかなかったが、受け取ってくれるか?俺と結婚しよう。もちろん日本ではちゃんと籍を入れる事はできないが、結婚はできる。だから、俺と結婚してくれ。俺はこの先もずっとお前といたい。老いて果てるまでお前の隣にいたい。愛してるんだ。お前に心底惚れてる」

そう言いながら箱からリングを取って差し出すと、瞬は涙を流しながら何度も頷き、そっと手を差し出した。

俺はそれに安堵しながら、リングを指にはめる。

そして、そっとキスをした。

互いに温もりを感じるキスはこれが初めてだった。

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