第21話 急変

「今年は雪が降るみたいね」

瞬の母親が、病室の窓の外を見つめながらポツリと呟く。

俺もつられて窓の外をぼんやりと見つめた。

瞬が消えてもう三ヶ月以上が経った。

いつの間にか冬が訪れ、あの日を明日に迎えていた。

窓へ向けた視線を瞬に向け、髪を撫でる。

「瞬、今年は一緒にクリスマスしような。去年は俺が倒れちまったから、約束守れなかったけど、今年は一緒に過ごせそうだ。不思議と心が穏やかなんだ。きっと、お母さんが俺を許してくれて、こうしてお前と会えたから俺は明日が怖くなくなった」

俺は瞬の手を取り、もう片方の手で摩りながら微笑む。

「明日は仕事も休みだ。やっさん、まだ俺の事が心配みたいで休みをくれたんだ。だから、明日は朝から一緒に過ごせる。瞬にプレゼントも用意した。絶対喜んでくれるはずだ」

そう語りかけている俺の肩に、母親が手を置き、ありがとうと呟いた。

俺は母親に視線を向け、大丈夫ですと言葉を返しながら微笑む。

それからまた瞬へと視線を戻す。

「瞬、俺達はここで待ってるからな。だから、時間がかかってもいいからここに帰ってこい。信じて帰ってこい」

瞬に言い聞かせるように、そして自分に言い聞かせるように言葉をかける。

瞬が消えた事が何を意味するのかがわからなかった。

それが一ヶ月、二ヶ月と続けば不安が片隅でじわりじわりと滲み出てくる。

それを必死に拭おうともがく。

ただただ信じて待つしかない時間が怖くてたまらなかった。


面会時間が終わり、自宅へ戻った俺は適当にご飯を済ませて風呂に入る。

それから、忘れないようにと瞬へのプレゼントをリュックにしまう。

いつも面会時間に合わせて家を出るが、明日は少し遅れていく予定だった。

ケーキを予約していたが、そのケーキ屋の受け取り時間と面会開始時間が被るからだ。

そのことを母親に伝えたら、ただありがとうと微笑んでくれた。

瞬が消えた事は母親にも伝えてあった。

だが、目覚めない瞬を見て、俺の事を心配しているのだろう。

あの日から頻繁にお礼を言うようになった。

そして心配そうに微笑む様にもなった。その度に俺は大丈夫だと答える。

本当は大丈夫ではないのが本音だったが、俺は信じていたかった。

俺と生きたいと言ってくれた瞬の言葉を・・・・。


ピリリリ・・・・

携帯の呼び出し音に目が覚める。部屋はまだ暗いままだ。

深夜に誰だ?と携帯を覗き込み、表示された名前に息を呑む。

瞬の母親だ・・・。

端に表示された時刻は深夜2時半・・・急に鼓動が激しくなる。

震える手で電話を取ると、向こう側から震えた声が聞こる。

(健志くん・・・今から病院に来れるかしら?瞬の・・瞬の容態が急変したって病院から連絡があって・・・わ、私も今、病院に向かってる途中なの)

震える声は次第に涙声に変わり、それでも必死に俺に伝えようと言葉を繋ぐ。

俺は途中から頭が真っ白になる。

母親が何を言っているのかわからなかった。

(健志くん・・・・大丈夫?来るのが怖いなら無理しなくていいのよ。私、もうすぐ着くから、状況がわかったらまた連絡するわ)

その言葉に我に返った俺は、すぐに向かうと答え電話を切る。

そして、リュックとジャケットを掴むと部屋を飛び出す。

通りでタクシーを捕まえ、病院名を告げ、急いで欲しいと伝える。

病院へ向かう間、俺は震えが止まらなかった。

ただひたすら瞬の名前を呼び続けた。


病院に着くと、処置室の前に座っている母親を見つけた。

涙を流しがら祈るように座っている母親の側に行き、俺は黙ったまま肩を寄せる。

急にガタガタと痙攣を起こした瞬を、同室の人がナースコールをして知らせ、すぐに処置室へ運ばれた。

今まで静かに眠っているだけの瞬が、急に痙攣を起こした事で処置をしながら原因の元を見つける為に色々と検査をしている段階だった。

パタパタと出入りする看護師達を見ながら、俺と母親は互いに大丈夫だと慰め合う様に互いの手を握りしめていた。



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